『本日の花火大会は大雨の影響で中止となります』


先程から流れるアナウンスに朝から予想していたとはいえ、溜息が何度もこぼれてしまった。
空を恨めし気に見上げても、暗い雲から落ちる雨の勢いは変わらない。

私のように、もしかしたらと会場近くに来ていた人達も引き揚げはじめている。
中原さんとの待ち合わせ場所も、通り過ぎる人ばかりで、私以外もう誰かを待つような人は見当たらない。


けれど、私の元に車で乗り付けてきた中原さんは
この空模様なんて見えていないかのようにニッと晴れたような笑みで迎えにきた。
先程の中止のアナウンスが聞こえていなかったにしても、この雨で決行されるとは考えていないだろう。
念の為、車に乗るように促す中原さんに花火大会の中止を告げても、その笑みが曇ることはなかった。


それどころか、「何処へ行く心算ですか」と行き先を問う私に、中原さんは悪戯っ子のような笑みで答える。


「花火を見に行くに決まってんだろ」


そう云った中原さんの車は、十数分程走った場所で停止した。外は確認するまでもなく雨が降り続いて、とても花火が打ち上げられるとは思えない。


車から降りると、そこは橋の下にある河川敷だった。


横目に見える川は雨の影響で水位が高いが、簡易的な柵が設けられている為、危険はなさそうだ。
頭上にある橋は横幅が広く、風もないので、雨は降りかかってきていない。けれど、湿った空気と時間帯の所為で、薄気味悪い暗闇が広がっていた。

中原さんは特に気にした様子もなく、ランタンと荷物を持って、車から離れ進んでいく。それに遅れまいと足を進めれば、すぐに橋下の中程に辿り着いた。
車から運んだ荷物を覗き込めば、小さなバケツと小分けにされた箱がいくつか入っていた。


「それ、もしかして手持ち花火ですか?」

「それ以外の何に見えんだよ」

箱から取り出された花火はあまりに綺麗な和紙で装飾されている為、花火に見えにくい。
手に持ってよく見ると、私が知っているコンビニで買うような花火と違って、それぞれが美しいより糸のようだ。

彼はレトロなケースから、マッチ棒を取り出して擦ると、私が持つ花火に火をつける。
しばらくすると、シャーと音を上げて、光が飛び出してきた。

あまりの鮮やかな火花に、わっと声がもれる。
先端を動かすと、暗闇の中に光の軌跡が残った。
それが面白くて、くるくると振り、その光線を描いていく。さっきまで薄気味悪かった暗闇は黒いキャンパスになったようだ。

気をつけろよ、と注意する中原さんの言葉も話半分に見入ってしまう。
手持ち花火をするのは何年ぶりだろう。懐かしさで童心にかえったように心が弾みはじめる。

次に火をつけた花火は、火の玉が広がるように跳ねて散らばり、川辺に寄るとまるで蛍が舞っているように見えた。

白い火花がふわっと瞬くものや、光の色が次々と変わっていくもの。

火をつける度に一つ覚えのように「きれい」しか口にしない私に、中原さんは呆れることもなく、花火を取り出していく。

言葉少なに、流れていく沈黙が心地よかった。


最後の線香花火は、二人で並んでしゃがみこみ、火花を見つめ続ける。
だんだんと弱まっていく光が無性にさびしくて、切ない。

まだ終わらないでと願いながら、
ちらりと横目で中原さんを見ると、花火ではなく私を見つめていた。


目が合ったその一瞬。

輝く花火よりも、

私を見つめる、彼の優しい瞳に、目が眩むような錯覚がした。


―― ぽとり。

思わずはねた手が最後の火花を落としてしまう。終わりをつげる花火に無意識に惜しむような声をあげた。それが可笑しかったのか中原さんは笑いながら、私の頭に手を置く。


「来年もまた来ようぜ。次はこれだけじゃなく、大空に咲く花火だって見られるだろ」

『来年』 ―― その言葉に、急に夢から引き戻されたように、胸が苦しくなる。


「そうですね、来年も。…また一緒に、来ましょう」


嘘だ、約束なんてできないくせに。
内心で自分を詰る。
だって私には、来年も、この世界にいる心積もりなんてない。

嘘なんて吐かないで、いくらでも誤魔化せたのに、できなかった。
遠い先の約束を、彼としたかった。

――― だから、気づいてしまった。

私が今嘘を吐いたのは。
嘘でも来年も傍にいたい、と願ってしまったのは。


私は、中原さんが好きなのだ。

――― 気づきたくも、なかったのに。


あたりに漂う火薬の臭いが、つんとくる。
水底に沈んでいく花火が重なって、まだ降りやまない雨音がひどく耳障りに聞こえた。




嘘が暴いたもの



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