キャンディーあげる

梅雨が終わったばかりだというのに、蝉はもう暑い外でお得意の合唱を始めている。クーラーが効いて涼しい音楽室にいる私とは違う。


別に、音楽が嫌いではない。電車に乗るときはイヤホンと音楽プレーヤーは必須アイテムだし、仲のいい友達ともカラオケにだって行くし。
それでも私は、合唱という行為が苦手であった。


大勢で一つの曲をパート分けして、完璧に歌い上げるという事が苦手だったのだ。大きく歌わないと指摘されるし、歌っている間、音楽係も務めている指揮者の子にはこちらの顔がモロに見えているなんて考えたら、恥ずかしくてたまらない。


男女に分かれて、右側に男子、左側に女子の形で並ぶ。背の順で、という先生の指示通りに並ぶと、男女の境目になってしまった。
男子かぁ、音外さないように気を付けないと。
ふざけあっていて女子より遅く並び終わった男子陣の境目は、テニス部で有名な丸井ブン太くんだった。話したことはないけれど、相変わらず夏のような、燃える赤髪が眩しい。
授業が終わる前の一回、これを通せば終わるんだとやけに堅くなってしまう肩の力を抜こうと息を吐いた。






歌い終わったと同時にチャイムが鳴って、授業は終わりだから教室に戻っていいと先生の号令が響く。
多分、音は外さなかった。授業内の合唱でしかないのに、緊張やらなんやらでカラカラの喉を潤そうとスカートのポケットに入れておいたハチミツ味の飴を取り出す。



「お、良いな飴」



真横から突然、丸井くんの声がする。恐る恐る視線を彼に向けると、私の手の中にある飴を物欲しそうに見つめていた。



「いる……?」
「本当か!」
「丸井くん、甘い物すきでしょ」
「さんきゅー!」



ポケットから同じ飴をもう一つ取り出して、丸井くんの掌に載せる。
掌に飴の存在を確認した瞬間、彼は即座に包を開けた。音楽の授業中は口になにか含むことは出来ないから、いつもガムを噛んでいるらしい彼には待ち望んだ甘い物タイムだったのかもしれない。


「ん.....? これハチミツだけじゃないな」
「あ、そうみたい。レモンも入ってるみたいで喉に良さそうだよね」


パッケージには控えめな文字でレモンエキス配合!と書かれているのを確認する。ほんのりとした甘さの中に酸味が効くのだろう。


「そう言えばお前、さっきの合唱の時肩に力入りすぎてなかったか?」
「えっ、そんなことないよ」
「いや隣で見ててもガチガチしてたぜ? 歌苦手か?」



丸井くん、何てことを言い出すんだ。そりゃ大勢で歌うのは苦手だけど、隣が人気者の丸井くんだったから余計に緊張していたんだよ……。とは本人を目の前にしては言えない。音は外さなかったけれど、そんな所を見られるとは思わなかった。



「うーん。緊張は、してたかなぁ」
「音楽で緊張とかするんだな。俺得意教科だからそういうのわかんねえぜ」



音楽、得意なんだ。でも明るいテンションとか、性格的にも納得できる。



「あれじゃないかな、急に数学の答え求められた時の緊張に似てる気がする」
「あー、俺数学苦手だからすげえわかるぜ」
「数学苦手なんだね、私はそれなりに好きだからなぁ」
「まじか、羨ましいな。じゃ、俺先に教室戻るぜ。飴サンキューな!」



元気な背中を見送ると、仁王くんと合流して何だか話し込んでいるようだった。なんだろう。テニス部の事かな。私も自分の教科書と筆箱をまとめて、教室に戻る用意をしていると、友達に囲まれた。




「鏡花、今丸井と喋ってたね」
「飴欲しいって言うから分けてあげた」
「びっくりだよ! 鏡花が男子と話すとこはじめて見た気がする!」
「自分から関わりに行かないからねぇ」





教室に戻ると、普段なら気にしていないのに、ふと丸井くんの方を見てしまう。きっとさっき喋ったからだろうなぁ。なんて思っていると丸井くんが私を見て手を振ってきた。手を振り返していいのかわからなくて、何故か会釈を返せば、「なんだそれ」と小さく笑った彼に胸が暖かくなった。




またこの飴、あげてみようかな。
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