3時のおやつに悲喜劇を

「リビングとキッチンと部屋の掃除オッケー……!」


今日は2月14日。バレンタインデー。

クリスマスから一か月以上経って、私と丸井くんでどうしようかなんて話をしていたら、丸井くんがケーキを食べに行きたいって言いだした。
バレンタインデーの代わりをクリスマスにしたから、ホワイトデーの代わりをバレンタインにしようというのも兼ねてだ。
携帯でいい感じのお店を検索していた私に、更に丸井くんが一言。



“鏡花が作ったケーキがいい”



なんて言い出すものだから、なりゆきで一緒にケーキを作ることになった。
丸井くんもケーキ作りが得意みたいだし、私一人で作るよりは一緒に作った方が楽しいよねってことで。


そう決まってからは親に丸井くん……つまり彼氏を家に呼ぶ許可を取り、作業をするキッチンを綺麗にして、食べるであろうリビングを綺麗にして、念のために自分の部屋も綺麗にして。
大掃除の日より家を綺麗にすることに意欲を注いだ気がする。お母さんにはとてもニヤつかれた。


事前に丸井くんには家までの行き方を教えたけれど、近くなったら電話をくれるみたいなのであとはそれを待つだけ。他に片付ける場所はないだろうかと部屋を見渡していると、テーブルの上に置いておいた携帯からタイミングよく着信音が鳴る。



「もしもし?」
『おぅ。そろそろ着くぜ。もう家見えてる』
「わかった。玄関にいるね」


多分家の前の通りを歩いてるんだろう。私もソファーから離れ玄関へと向かう。


「遠かった?」
『駅から? まぁまぁの距離じゃね?』


区で言えば丸井くんと正反対の所に私は住んでいるから、丸井くんは基本この辺に来るのが初めてらしい。近くにいるというのが通話口のズレでわかる。そして家中にインターホンが響いた。



「いらっしゃい!」


携帯を耳から話してドアを開ければ、丸井くんも同じようにして立っていた。ようやく通話を切って、玄関へと招き入れる。


「お邪魔しまーす」
「お邪魔されまーす」



家の中に丸井くんがいる奇跡。見慣れた景色に好きな人がいる破壊力は想像以上だ。
丸井くんが買ってきてくれた材料を受け取って袋から出していく。苺や他のフルーツなんかもちょっと高そうで丸井くんのお菓子作りに対する本気度を感じた。








「私たちってお菓子作りとか初心者じゃなかったよね.....?」
「そのはずだぜぃ」



おかしいな。何を間違えたんだろう。
漫画のドジっ子みたいに派手に、とは言わないけれど、丸井くんは粉を入れる時手が滑って粉を零していて、私自身も慣れてるはずのホイップを泡立てる際にホイップを飛ばしてしまった。エプロン着けててほんとよかったと心から思う。


オーブンがスポンジを焼き上げてくれている間に、もう使わない食器を片付けたり、粉だったりが舞ってしまった床を掃除する。先に洗い物の方が終わったので、床を綺麗にする為しゃがんだ体勢でいる丸井くんの元に私もしゃがみこんだ。


「ごめんね、やってもらっちゃって」
「気にすんなって。まぁ、俺も鏡花の家に緊張してんだよ.....」
「丸井くんも、緊張してたんだ?」
「そりゃもちろん.....」



あんなにかっこよく見えていた丸井くんが、今日は可愛く見える。私も緊張していたけど、それは丸井くんもなんだって思うと気持ちを共有できているみたいで嬉しい。同い年だから分かるよ、やっぱり緊張するよね。



「まだそこまで大人にはなれないよね」
「いくら背伸びしても届かねえもんだな。いいこと言ってる体だけど周り悲惨だし」



かき集めた粉を小袋に入れればある程度原状回復したように見える。あとは水拭きすれば元通りだよ丸井くん。


「あ、でもこれはこれで楽しいよ! ただ作って美味しかったねー。で終わらなくて、あの時こうなったよねって笑い話にできる!」
「確かに。いい考え方するじゃん」



徐々にオーブンからスポンジのいい匂いが漂ってきて、タイマーの時間通りに取り出せば、ドタバタした割には生地が綺麗に焼きあがっていてハイタッチをした。ほら、結果オーライだ。

慎重にクリームを塗って、2人で相談をしながらフルーツを盛り付けていく。丸井くんが沢山買ってきてくれたフルーツのお陰で華やかになった。


「普通に美味しそう!」
「普通にって何だよぃ」
「いや楽しかったけど正直ダメかと思ってたから」
「言うようになったな?」



3号くらいの小さめなケーキを切り分けて、紅茶を淹れて丸井くんと一緒に食べる。時計も3時を指していて、午後のおやつにはちょうどいい。
大きな口いっぱいにケーキを頬張る丸井くんの幸せそうな表情が見れただけでもお腹いっぱいになりそう。


「丸井くん」
「ん?」
「これからも、よろしくね」

「おうよ!」



3時のおやつに、悲劇と喜劇をありがとう。