マシュマロのようなキス

丸井くんから返事をもらってから、同じクラスの友達に報告した途端、その日のうちにほかのクラスの友達にまで話が広がっていた。
流石お相手がテニス部レギュラーメンバーだ。まだ報告できていない子もいたのに知っていたから、きっと部内皆の話題に上がってしまってるんだろう。

あの日は終業式だったから、一緒に帰っただけでそのまま冬休みに入ってしまった。
私も丸井くんも、部活を引退しているけれど冬休みは全く会えなかった。節目だから勉学面に集中しろという、私の親からの圧が主な原因なんだけど。


そうこうしてるうちに訪れた冬休み最終日。
メッセージのやりとりは毎日続いていたけど、今日一日我慢すれば明日学校で丸井くんに会える。そう思うと長期休みが終わってしまう事への残念な気持ちを抱くことは無かった。

勉強の息抜きにと携帯でレシピサイトを巡回する。
お菓子作りが趣味、というわけではなかったのに、偶然あげることになったスイートポテトからはじまり、クリスマスにチョコバーを渡してからというものの甘いものが好きな丸井くんを思い出してつい他のお菓子のレシピも見るようになってしまった。
作ってみたいと思うお菓子が沢山で見るだけでも楽しくなる。


暫く見ていると、携帯がメッセージを受信して揺れた。
送信者として表示されている“丸井くん”の文字に画面をスクロールしようとしていた指が止まった。


『今から出れる?』


急なお誘いだ。少し迷ったけれど、コンビニに行くとでも言えば平気だろうと指を滑らせる。



『出れるけど、どこに?』
『西公園』
『今俺座ってるから』


即返って来た二つの文章に慌てて鏡を見る。良かった、外に出られる格好だ。
大急ぎで髪をまとめてコートを着込む。外、風が冷たそう。
リビングにいた母に「ちょっとコンビニ出て来るね」と一声かけてから家を出た。



最寄り駅に行く手前辺りにある西公園は私の家から近いというわけではない。
丸井くんにしばらく会えていなかった所為もあってか、向かう足が速まって仕方がない。そもそもこんな寒空の下私を待っている丸井くんにも申し訳なくて。今だけでいいからもっと足が速くなりたい。前に、丸井くんが大阪のテニス部には足が異様に早い人がいるって呟いてたっけ。今だけでいいからその人の足になりたいや。



公園がもう見えるのに、手前の信号に引っかかる。後ろ姿だから気づいてないんだろうけど、ベンチに座っているのが丸井くんだってすぐにわかった。赤髪は目立つから、いつも丸井くんの姿は私の目に飛び込んで来てくれる。



青に変わった信号を渡って深呼吸をする。急いで来たから息が乱れて落ち着かない。
一歩ずつ、一歩ずつ赤髪に向かって歩みを進めると、足音に気付いたのか丸井くんが後ろを振り返ろうとしたので慌ててその背中に抱き着いた。



「ぅ、わっと」
「丸井くんつめたい」
「笠倉はなんかあったけぇや」


丸井くんの肩から前に自分の腕を回すと、私の両腕を丸井くんが抱きしめる。


「うん。急いで来たからちょっと暑いくらい。しばらくしたら寒くなちゃうけど」
「はは、隣座れよ」


確かにこのまま丸井くんに抱き着いていられるのはいいけど、まだ顔もちゃんと見えていない。
言われるように隣に座って、まずは新年の挨拶を交わした。



「エスカレーター組の試験、何日だった?」
「私は昨日だったよ。丸井くんはテニスやってたから少しは免除されるんだっけ」
「あーじゃあ二日違いか。そうそう、だから笠倉マジお疲れさん」
「ありがと。勉強地獄だったなぁ」


そのせいで折角の冬休みは丸井くんと過ごせずじまいだしね。今日会えてるのが奇跡みたいだ。
会話を交わせば交わす度に、白い息が漏れて空気に混ざっていく。雪が降りそうなくらい寒いのに、公園に着いて身体も冷えてきたのに、丸井くんと話せているからか気にならない。


「そういえば、今日はどうしたの」
「ただ単に笠倉に会いたくて仕方なかったんだよぃ。明日会えるとかもう1日なんて我慢してらんなくて」
「私も今日が登校日でいいのに! って思ってた。丸井くんに会えないのが嫌すぎて」
「まぁ、クリスマスの日以来会えてないしな」
「そうだよねぇ」



相槌を返すと、会話が途絶えてしまった。会話の選択肢を間違えたのかと不安に思って隣をみれば、こちらをじっと見つめていた丸井くんと目が合って、その瞬間、抱き寄せられる。
あぁ、あったかい。さっき後ろから抱き着いた時よりあったかい。向かい合っているからなんだろうか。


「クリスマスさ」
「……うん」
「本当にありがとな」
「こちらこそ」
「音楽室で最初に話したときは普通に、クラスメイトとして話してたのにな」


もはや懐かしいなぁ。私もそうだった。合唱の時隣で、人気者の隣は緊張するなぁなんて。それぐらいにしか思ってなかったのに。


「そういや話すきっかけになった飴あるだろ? 今でもたまに買って食べてるぜ俺」
「本当あの飴ありきだもんね、私たち」


飴を欲しいと丸井くんが言ってくれなかったら、今でもただのクラスメイトだったんだろうと思うと些細なきっかけで人生って変わるから不思議。いっそ飴の製造会社に御礼のお手紙でも書いた方がいいだろうか。


「あの頃からしたら信じらんねえんだけど、今はそれ以上に笠倉が好きだぜ」
「んんーー! 照れる! 私も好きだけどさぁ」



急な告白に照れていると、ひんやりとした指先が顎に触れた。
「わ、」なんて思った瞬間には目の前が丸井くんでいっぱいになって、どこからともなく熱が顔に集まる。



「顔真っ赤。かーわい」
「不意打ち良くないと思うんだけどなぁ……!?」
「じゃあ今からもう一回するか。言ったかんな」


まだ熱が引かない顔にまたひんやりとした指が触れる。今度はちゃんと目も閉じて、私も丸井くんの頬に手を添えた。
照れと顔の熱さでどうにかなりそう。甘くて、熱くて、焼きマシュマロみたいにとろけそうだった。