繋がれる絆という名の糸 魚人達がうろついている可能性も考えて、村のメイン通りではなく、人通りが少ない裏道を進みながら、アーロンパークに乗り込むと言って病院から出て行ったトウシンさんを追うが、夏特有の肌をじりじりと焦がすような日差しと、茹だるような暑さは、ただでさえ満身創痍のわたしの体から体力と気力を奪っていった。 (体が重い……意識を保っているだけでもこんなに辛いなんて) 鎮痛剤は打ってくれているのかもしれないけど、それでもすべての痛みが消えるわけではない。この世界の医学がどのレベルなのかは分からない。そもそもわたしの体にこの世界の薬が本当に効くのかもわからない。気を抜けば意識は今にも宇宙の彼方へと吹っ飛びそうだ。 夏の暑さ以外にも、自分自身の体の内側から危険信号のように発せられる熱のせいで、毛穴から汗は吹き出てくるというのに、なぜか体は少しだけ寒さを感じている。とうとう体温調節も出来なくなっちゃったのかな。なんて思って、乾いた笑いがこぼれる。 震える足と、陽炎を見ているかのように揺れる意識を叱咤しながら、歩いているのと遜色ないスピードで走っていると、徐々にアーロンパークの裏口が見えてくる。同時に様々な村の人たちの声が聞こえてきた。中には叫び声も混ざっていて、自然と鼓動は早くなり、早く早くと足は急かされるように、スピードを上げる。 やっとの思いでアーロンパークの裏側から覗いたメインストリートにそびえ立つ建物は、地震でもあったかのように所々が崩れ落ち、気を失っているのか、数多くの魚人の人達が地面に倒れ伏し、そして――、 「うそ……」 アーロンさんたちの前に、二人の男性が倒れていた。あまりの光景に、咄嗟に壁の陰に姿を隠す。わたしの記憶が正しければ、あの二人はこの村の人じゃない。あんな目立つ金髪の人と、緑色の髪の人なら覚えているだろうし。だから多分あの人達は村の外から来た人達だ。 あまりに現実離れした残酷極まりない光景に、体が勝手に震えだす。なんて情けないんだろう。あの時助けると決めたのに。決めたのに。 助けに入らなくちゃいけないという気持ちと、怖くて出ていきたくない気持ちが体の中でせめぎ合う中、金髪の男の人がよろよろと立ち上がる。医者じゃないわたしなんかでも分かる……きっと立つだけでも相当辛いはずだ。 戦わなくちゃいけない、そう思うのに思うように足は地面に縫いつられているみたいに動いてくれない。だけど恐怖に体が竦む中でも、金髪の男の人への攻撃の手は止まることはない。アーロンさんの手が少しだけ掌で水を救う。あれは知っている、わたしも一度牢屋でされたことがある。まるで散弾銃でも打たれたかのような痛みだった。あんな傷だらけの体で攻撃を受けたら。 「だめッ!!」 思わず建物の陰から飛び出して、両手を前に翳していた。 お願い、あの人を守って! そう願いながら、血液に全神経を集中させると、私の意志に応えてくれたのか、傷のついた手の平から、一気に血が噴き出る。自分で使っている能力とはいえ、血が噴き出る様は見ていて心臓に良いものじゃない。それでも今はこの力しかわたしに戦える方法は無い。 外界に溢れ出した血液は遺伝子一つ一つ、一滴一滴が意志を持ち、わたしの気持ちに応えるように、金髪の男性とアーロンさんの間に割って入るように向かっていった。血液は水滴の銃弾を弾こうと、海水のような透き通るような液体ではなく、赤い血の渦潮を巻きながらアーロンさんの攻撃を相殺した。ただの鉄の盾なら、攻撃が海水である以上、下手をしたら守り切れなくて盾を貫通していたかもしれない。成功した事と、男性を守りきれた事に安堵の息を漏らした。牢屋の中でもしもの時の為にと使い方を練習はしていたけれど、まさかこんな重大な場面で使うことになるとは。 ひとまず、無事の能力を発動させることが出来た事に心臓は落ち着きを取り戻したけれど、いつまでも安心している時間をアーロンさんが与えてくれるはずがなかった。 「おお、これはこれはおれ達専属の刀鍛冶じゃないか、牢屋から抜け出したと思っていたが……殺されにでも来たか?」 今にもわたしに襲い掛からんとも言うべき目つきでわたしを睨むアーロンさんに、自然と足は体力や体の不調とは別に、恐怖で震え始める。トウシンさんや村の人達――今の今まで戦っていた二人の男性も、突然戦場という血なまぐさい舞台に上がり込んできた小娘に驚きを隠せないようだった。 でも一番驚いているのは、勝てる自信もないのにここまで来て、しかもアーロンさんの怒りを買うことを進んでしている自分自身に一番驚いていた。 「なぜ来たヒノデ!! ナミと一緒に逃げろと言っただろう!」 アーロンさんと男性二人の更に奥にあるアーロンパークの入り口から、トウシンさんの懇願ともいうべき叫び声が、わたしの耳を小さく震わせた。 トウシンさんわたし……逃げろと言われて、おとなしく逃げようとするような女の子ではなかったみたいなんです。自分でも本当に吃驚です、死ぬかもしれないのに。 恐怖も、後悔も不安も、吐き出すように大きく息を吐く。 「すみません、わたし自分で思ってた以上に馬鹿だったみたいです。それに今のわたしにこの島以上の安全な場所はありません。逃げろと言われても困りますよ」 「ヒノデ……」 そうなんだ。逃げろと言われてもわたしに逃げられる場所なんかない。逃げられる場所なんかないんだ。ならわたしがやるべきことは一つ、ここでトウシンさんや村の人達と一緒に戦って、自由を勝ち取ることだけだ。 再び決意を固め、なけなしの勇気を奮い起こすためにポケットの中に入っているお父さんとお母さんの形見の指輪を握りしめる。見つめた先には、この場で最も強大な力を持ち、腕を一振りするだけで、赤子の首をひねるように簡単にわたしを殺せるアーロンさんが立ちはだかっている。 「愚かとしか言いようがないな。自分から死に来たとは」 確かにアーロンさん達から見たらわたしはひどく愚かなんだろう。見た目や、服装だって十八歳の女の子にはあるまじき姿だろうし、なによりわたしを監禁していた張本人だ。わたしの体が立っているだけでも辛いことくらいお見通しだろう。 これから訪れるかもしれない痛みへの恐怖を飲み込むように、大きく息を吸い込む。 「死にに来たんじゃありません……みんなと生きるために戦いに来たんですっ!」 傷だらけで、ミイラ男のように包帯が巻かれた左手を右へと振りかざす。左手の動きと呼応するように、ふよふよと、所在なさげにアーロンさん達の周りを浮いていた血液が、一斉にアーロンさんへと向かっていく。銃弾よりも大きく、砲弾よりも小さい鉄へと変化した血液で出来た鉄球は、アーロンさんを倒すという明確な意思をもって突進していく。 あと少し――もう少し。アーロンさんに突進していった球体が当たると思った瞬間。 「下等生物がッ!!」 おおよそ人ではありえない速さで鉄球による攻撃を躱されてしまう。まずいと思ったのもつかの間、地面がひび割れるほどの強さで地を蹴ったアーロンさんが、目の前まで迫っていた。 「逃げろッ!!!」 緑髪の男性の声が耳を貫く。殆ど反射的に顔と頭だけは守らないと思い、両腕を顔の前でクロスさせる。 「そんな傷ついた細腕で防げると思うなッッ!!」 巨腕が風を切る音が聞こえた後、突風のような風と共に、強大な力を放つ拳が迫ってくる。わたしの腕なんかじゃ盾にもならない。奥歯を食いしばり、自分の体の中へと意識を集中させる。お願いわたしを守って! 願いが通じたのか、それともわたしの能力の使い方が、このギリギリの状況下で無理矢理開花させられたのか、クロスされた腕から、包帯を通り越して血液が漏れ始めると、わたし達の間に渦を巻きながら毒々しい赤色を咲かせる。硬化までは間に合わなかったみたいだけれど、衝撃を吸収するクッション代わりには十分なってくれた。 「ッグゥ――!!」 人の命を一瞬で奪い去る死神の鎌のような形で振り上げられた拳は、血液のクッションに当たっても止まることなく、180度わたしの体を旋回する形で、最後にわたしの体を投げ飛ばした。 景色が新幹線にでも乗っているかのような速さで横切っていく。例え、今のような速さじゃなくても受け身は取れないだろうけど、それでもこの速さで地面に叩き付けられたら、骨の一本や二本じゃ済まないだろう。来るべき衝撃に覚悟するように強く目を瞑ったけれど、わたしを襲ったのは、固いけれど地面とは違う温かさと、微かな柔らかさを持った緑髪の男性の腕の中だった。 わたしを受け止めてくれたことにも驚いたけど、それ以上に感じたのは抱き留められている事への強い既視感と、不思議なほどの安心感だけだった。 「ッ大丈夫か?」 「はいっ……だいじょうぶです、それよりあなたの方がッ!」 「おれの方は大丈夫だ」 ゆっくりと労わるようにわたしを地面に下してくれると、一通りわたしの体を見始めた。横に居た男性もわたしの方を見ている。何てみすぼらしい服装と体をしているんだろうとか思われているかもしれない。そう思ったのに、お二人から出てきた言葉は、わたしが考えていたものとは全く逆のものだった。 「このクソ野郎! こんな傷だらけのレディーに庇われて助けられるなんてクソコック!」 「まさかあの体の状態で戦いに来るとかお前は馬鹿か!」 金髪の方はひたすら自分を責め立てていて、緑髪の方はわたしを怒鳴りつけていた。わたしからすればお二人の傷の方が心配です。わたしよりもよっぽど酷い傷を負っているのが一目見ただけでも分かる。それなのにわたしの心配をしてくれる目の前の人達は本当に海賊なんだろうか。 海賊というのはアーロンさん達みたいに一般人を虐げて、人を人とも思わないような人の事を言うんじゃないの? わたしの想像していた海賊とは全然違うわたしを気遣う言葉に驚いていると、アーロンパークの入り口から今最も守りたいと思っている人の声が聞こえてきた。 「アーロンッ!!!!」 「ナミさん……!!」 聞こえてきた声の持ち主は想像していた通り、片手に三節根を持っているナミさんだった。なんで、どうしてと、単語ばかりの意味もない疑問ばかりが浮かんでくるけれど、きっとナミさんもわたしと同じ気持ちでここに来たはずだ。 わたしの視線に気づいたのか、ナミさんも導かれるようにわたしを見る。まるでわたしがここに居る事は分かっていたかのように、わたしを見ても驚いた様子は見せない。 「ヒノデ……」 申し訳なさそうな、酷く傷ついた表情をしているナミさんに、森の木が葉音を立てるように心がざわつく。そんな顔をさせたくてここに来たわけじゃない。ナミさんを安心させなくちゃ、わたしも同じ気持ちだと言わなくちゃいけない。 「大丈夫です。わたしもナミさんと同じ気持ちですから、だからここに居ます」 「……本当馬鹿な子ね」 泣きそうな顔をしながらも嬉しそうに笑っているナミさんに安心するけれど、穏やかな時間はすぐにアーロンさんの言葉に消し去られる。 「今ちょうどどこぞの海賊どもと――」 一度言葉を切り、アーロンさんはわたしを見た。 「裏切り者をブチ殺そうとしてたとこだ。何しにここへ?」 「あんたを殺しに……!!!」 よっぽどの覚悟を持ってきたんだろう。ナミさんの口から明確な殺意を聞いたのは初めてだった。強い強い思いの宿った言葉だった。だけどアーロンさんは独特の笑い声をあげてナミさんの決意をあざ笑う。 「いいか…おれはお前を殺さねェし…お前はおれから逃げられん……!!! お前は永久にウチの“測量士”でいてもらう」 絶対的な自信を持った言葉に、悪寒が背中から腰にかけて駆け巡った。ここまで言い切るという事はそれだけ自分の力を信じ、わたし達を皆殺しにする自信があるという事だ。――なによりも人の心を操るのに長けている。ナミさんが選べないのを分かっていてナミさんがアーロン一味に戻ればわたしとココヤシ村の人達を助けるという。その代わりにナミさんの為に戦っているお二人を殺すという。きっとわたしはまたあの牢獄に逆戻りだ。でもわたしは良い、元々この世界においてイレギュラーな存在だ。一度死ぬことを受け入れて、でもやっぱり生きいと思ったけど、状況はどんどん悪い方向に転がっている。わたしは居ない方が、独りぼっちがお似合いなんだ。――だけどココヤシ村の人達を出されたりなんかしたら……。 選べるわけがない……優しいナミさんにそんな事。絶対にどちらか一つを選ぶなんてそんな事出来るはずがない。 「ナミ……!!! お前はおれの仲間か? それともこいつらの仲間か……?」 「酷いッ……!!」 こんなの、こんなの選べるわけがない。ましてやナミさんがどっちを選んでもナミさんを逃がす気がなんかないじゃない。 麦わら帽子を深く被っていてナミさんの顔は見えない。けど、しわが寄るほど強く麦わら帽子を握っている両手を見れば、今ナミさんの心の中では荒れ狂う海のように様々な感情が渦を巻いているんだろうか。想像することすら出来ない。わたしだったらどっちを選ぶんだろう。わたしは――。 立てるはずもないのに、同じ立場に立った時の事を考えて答えを出そうとした時、ナミさんの力強い声が鼓膜を大きく揺らした。 「ごめんみんな!!!」 「ナミさん……?」 ココヤシ村の人達の方を向いて謝ったナミさんが出した答えは――、 「私と一緒に死んで!!!」 ああ、そっちを選んだんですねナミさん。 きっと辛い選択だっただろう。でもナミさんはわたしと違って答えを出せたんだ。ナミさんの決意の籠った言葉に応えるように、強く雄々しい返事が村人の人達からも返ってくる。 「ぃよしきたァ!!!!」 何の躊躇もなく、一緒に死んでという言葉に同意し、勝つかどうか分からない戦いに賭けた皆さんは、やっぱりナミさんの事を心の底から愛しているんだろう。 (羨ましい) 浅はかにもそんなことを思ってしまった。別の世界から来たイレギュラーなわたしにはトウシンさんが居るだけでも贅沢なのに、それ以上に多くの物を望んでしまう。わたしにも心を通わせられる人が、ナミさんにとってのココヤシ村の人達や、今ナミさんの為に戦っている人達のような人がわたしにも欲しい。 あまりにも自分勝手な気持ちに、ナミさん達を見ることが出来なくて、俯くことしか出来ない。ナミさんを守りたいという気持ちに嘘偽りはない。だけど――本当にわたしはここで戦ったとして残る物なんて――。 「ヒノデ!!!」 「ッ!?」 現実に引き戻すように呼ばれた名前に、醜くて自分勝手な気持ちを見透かされてしまったのかと思って、恐る恐る顔を上げた先に居たのは、勿論ナミさんだった。 「ごめんねヒノデ……やっと外に出れたのにこんな事頼んで」 一息吐いて、微かに笑みを浮かべながら紡いだ言葉が音となってわたしの心を貫いた。 「一緒に死んでくれる?」 「――ナミさん」 聞いてくれるんだ。わたしにも。皆さんの事を騙して、一線を引いて、今まさに自分のしている行いを棚に上げて自分勝手な思いを抱いているわたしに、村の人達と同じことを聞いてくれるんだ。 トウシンさんとしか繋がっていないと思っていた絆という名の糸が、初めてナミさんと繋がった気がした。十分だ、今はそれだけで十分だ。 精一杯の笑みを浮かべてナミさんを見つめる。 「勿論ですよッ……!」 包帯がぐるぐるに巻かれた手を握りしめる。握りしめた衝撃で包帯に血が滲み始めるけど、今はそんなこと気にもならなかった。こんなにも嬉しいことはない。こんなにも幸せなことはない。 零れ落ちそうになった涙を拭おうとした時、アーロンパークの海へとつながるプールの更に奥、壁の向こうからクジラの噴水のように、水が噴きだした。同時に人の息を大きく吐き出す音と、吸う音が聞こえてくる。場の状況を吹き飛ばすような情景に、みんなの目がプールの方へと向く。 「きたか! 後は足枷をはずすだけだ!!」 「……何だ。そういうことか……」 「いったい何が……」 起きているんだろう。わたしとアーロンさん以外は状況を分かっているようで、驚いてはいるけれど、同じくらい希望に満ちた声をあげていた。状況はまだ分からない……だけど、少なくともわたし達にとってとても大きな希望がやってくるのかもしれない。 「30秒!! それ以上はもたねェ」 何の事までかは分からないけれど、突然時間を指定した緑髪の男性を訳も分からず見ていると、わたしの方に目を向けた。 「30秒、村の奴らと自分の身、守れるな?」 鋭い眼光の奥から覗く力強い目に怯みそうになるけど、ここで目を反らすわけにはいかない。確かにこの世界の人間じゃないわたしがここで戦ったとしても残る物なんて何もない。でも……わたしと繋がりを持ってくれたトウシンさんを、絆を築こうとしてくれてるナミさんを裏切るような事だけはしたくない。 「守り切って見せます。ナミさん達もわたしも――勿論お二人も」 まさか自分達も守るとまで言われるとは思わなかったんだろう。鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をした後、口元に微かに笑みを浮かべた。 「流石ナミの親友なだけあるな」 「え?」 「あ? 何だよナミの親友なんだろ? ナミが言ってたぞ」 親友――そう思ってくれてたんだ。嘘と虚構で塗り固められているわたしなんかを。 滲み出てきた涙を慌てて腕に巻かれた包帯で拭う。ここまで言われたら意地でも守らなくちゃいけない。守りきらないと。 「任せてください……!」 絶対に守ってみせる。絶対に。 「30秒あれば充分だ! お前もそのレディーにそれ以上傷つけさせるなよ!」 「お前にいちいち言われなくても、守られるだけのつもりはねェよ」 憎まれ口を叩き合うと、血だらけの傷ついた体で金髪の男性が海へと綺麗なフォームで飛び込んだ。身を投げた――というよりも何か目的があって海中の中へと飛び込んだ男性の意図がいまだに掴めなくて、後を追うように視線だけを海中へと投げかけていると、わたしよりも先にアーロンさんが壁の向こうで起こった噴水の原因に気づいたらしい。 「まさか、あのゴム野郎か!!?」 (ゴムって……もしかして悪魔の実の能力者の事?) ゴム野郎という言葉を額面通りに受け取るなら、本当に何かしらゴム的な能力を持っている悪魔の実の能力者が居るのかもしれない。元の世界に居た時なら、ゴム野郎という言葉を聞いても、誰かを差した揶揄的な単語としか思えなかったけど、今、わたしが人外の能力を持っていることが何よりもゴム野郎という言葉を疑わせなかった。 そして例のゴム野郎という人は、アーロンさんにとって何よりも脅威となりえる存在だという事だけは、わたしにも安易に想像がついた。逆に言えば、わたし達にとっては救世主になりえる人だという事も同じくらい想像するに容易かった。実際今、緑髪の男性の刀が、アーロンさんの左頬の薄皮一枚を切り裂いた。 「気にすんな。何でもねェよ半魚野郎」 「その言葉は二度と口にするなと言ったはずだぜ。瀕死のロロノア・ゾロよ……」 腹部から流れ出る血などものともしない様に、三本もの刀を携えて立つ緑髪の男性の姿は、独りでも強く生きることの出来る気高い獣のように思えて、わたしの心を奮いあがらせた。 体の奥深い部分に意識を集中させて、三つほどの血の鉄球で動きを牽制するように、アーロンさんの体を中心としてゆっくり回らせる。 「邪魔はさせません……」 「死にぞこないが」 悪鬼のような恐ろしい目つきに腰が引けそうになるけれど、ここで怯むわけにはいかない。ぐっと奥歯をかみしめた時、ナミさん達村の人達の方から何かが飛んでくる。 「“卵星”っ!!!」 飛んできたのは銃弾でも、はたまた砲弾でもなく、なぜか卵だった。なんで銃弾ではなく攻撃方法が卵なのか、そもそも卵は武器という種類なのか、ツッコみたい事は沢山あるけれど、攻撃が来た方向を見てみると、卵攻撃をしてきた人はナミさん達の数メートル横に居た。ゴーグルを付け、頭にバンダナを巻いた、不思議なほど鼻が長い男性だった。どうやら丸く穴の開いた外壁から攻撃してきたみたいだ。緑髪の男性の名前を呼んでいるあたり、あの人も海賊なんだろうけど――、 「聞けナミ!!! おれ様が幹部を一人幹部を一人幹部を一人仕留めたぜ!!!」 あんなに傷だらけになってもナミさんの為に戦って、そして今もアーロンさんに攻撃を仕掛けた。今横に居る男性だって、海に潜った男性だってそうだ。 その姿は三人とも海賊には見えない。 「あの、皆さん海賊なんですよね……?」 海賊というには、余りにもわたしの考えていた海賊とはかけ離れているどころか、真逆すぎて、こんな状況なのに横の男性に質問してしまう。わたしの意図した質問が最初は分からなかったのか、男性の鋭かった気配が一瞬消え、直ぐにニヤリとした不適だけれど、どこか幼さを残した子供っぽい笑みを口元に浮かべた。 「ああ、海賊だ。それもアホの船長についてきちまった、な」 『アホの船長』言葉だけ聞けば、馬鹿にしているように聞こえるけど、声色からは絶対的な信用、そして真っ直ぐな信頼が伝わってきた。この人達から一点の曇りもない信用も信頼も向けられているのはどんな人なんだろう。なぜか無性に気になった。 「あと少しだけ踏ん張れよ。その後はルフィに任せときゃいい」 ルフィさん。その人がどんな人なのかは分からない。けど――ナミさんやこの人達が信じている人、ならわたしもその人に賭けてみたい。 男性の力強い、芯の強い瞳を見つめ返す。 「はい……っ!」 海賊なんだろう。だけど、きっとそんなこと関係ないくらいに、賭けずにはいられない人なんだろう。わたしもここの戦場を生き抜いて会ってみたい。そう思った。 top |