希望を瞼に焼き付けて

 金髪の男性が海の中に助けに行ったあと、わたしは緑髪の男性と共にアーロンさんに向き直る。金髪の男性が助けに行った悪魔の実の能力者の人を助け出すまでの時間を稼げれば、この不利な戦況もひっくり返すことができる。どっちにしろ勝負の結末を見るためには、わたしの体が最後まで持つという条件が必要だけれど。
 さっきから心臓が嫌というほど音を立て、息が切れはじめる。最初から体調は酷かったけれど、それにプラスアルファしてもっと違う何かがわたしの体調を悪化させている。原因もなんとなくは分かっている。

(わたしの能力多分長時間戦えない……!!)

 悪魔の実に関してそんなに詳しいわけじゃない。わたしが知っているのは海に嫌われている事、そして悪魔の実は二個目は食べたら死んでしまうこと、そして様々な能力が存在している事。だけど、わたしの能力は自身の血液を操るという能力。人間は体内の血液の半分を失うと死んでしまうという。今こうして戦っている感じを見て分かることは、わたしは能力のおかげで多分体内の血液の半分以上を体の外に出しても、残った血液が無くなった血液の分を補おうとしてくれるんだろうけど、それでも恐らく限界があって、戦いが長引けば長引くほど、どんどん貧血の一種『出血性貧血』の症状を引き起こし始めるのかもしれない。ましてやわたしの体調のコンディションは、能力を使う前から最悪と言っていい。本当にあと数分持つか持たないかくらいだろう。早く、早く決着をつけなくちゃいけない。
 どんどん狭まる視界と、糸人形の糸が切れて動かなくなってしまう寸前のような体で、どこまで戦えるのか……自分でもわからない。

「悪魔の実の能力者は海中じゃあ、その能力はもちろん、もがく力すら海に奪われるはずだ。そいつがまだ生きてるとすりゃあ、誰かがこの戦いに水を差してるってことになる!!!」

 確かに、悪魔の実の能力者の弱点なら身をもって知っている。だからこそ、アーロンさんもこうやって焦っていて、みなさんも希望を捨ててない。そしてわたしも同じように希望を捨ててはいけないし、こんなところで倒れるわけにはいかない。
 冷や汗の止まらない体も、どんどん浅くなる呼吸も今は無視ししてでも戰わなくちゃいけない。
 何よりこれから起こる激しい戦いにも覚悟しなければならない。恐怖で震えるこぶしを握り締め、前を見据える。背後からなぜか鼻の長い男性――技名から考えてウソップさんと言う人が輪ゴムで攻撃してきたのは、この際気にしている暇はなかった。

「おれの前に立ちはだかるってことァ、まずはてめェらから死にてェらしいなロロノア・ゾロ!!! アカツキ・ヒノデ!!」

 名指して指名されて、肩が震えるのを抑えることは出来なかった。だけど緑髪の男性もといロロノアさんは恐怖を感じているのか、いないのか、果敢にもアーロンさんに向かっていった。

「ロロノアさんッ!!」

 自慢の鼻をへし折ってやるやと言って、アーロンさんのギザギザに尖った長い鼻めがけて刀を振り下ろしたロロノアさんだったけど、アーロンさんの鼻は切り落とされるどころか、刀で受け止めているにもかかわらず、ビクともしなかった。

「お前がもし!! 万全だったならば……!! ……あるいは傷くらい残せたかもな!!!!」

 押し負けそうになっているロロノアさんを助けようと、一歩踏み出そうとした時、さっきまで倒れていたタコの魚人のハチさんが起き上がっていた。なぜか何かから身を守るように顔を隠していたが、どうやらウソップさんの輪ゴムの攻撃が飛んでくると思ったらしい。たとえ飛んできたとしても大した攻撃にはならないと思うんだけど……。
 素で言っているんだろうけど、あまりにも拍子抜けしてしまう言葉に、いまここが戦場であることを忘れてしまう。だけど、すぐにそれが間違いだったと思い知らされた。例え相手がどれだけ戦場には似つかないセリフを吐こうとも、戦場は戦場なのだ。
 こっちが呆気にとられている間に、ハチさんはあろうことか海に入った金髪の方と、今海中で必死に最後の切り札となる人物を助けようとしている人達を殺しに海の中へと入って行こうとしていた。

「待って……ッ!!」

 ここで易々とハチさんを海の中へと行かせるような事があれば、今わたしがここに居る理由はなくなってしまう。わたしはここにナミさんを、トウシンさん達を助けに来たんだから。
 右手の平に意識を集中させると、渦を巻くようにして血液が掌で球体を作る。行かせるわけにはいかない。静かに息を吐き出し頭の中でイメージを作る。殺しはしない、止めるだけ、捕まえるだけ。
 掌の中で出来た球体を握りつぶすように強く握りしめると、掌の中で一度はじけ飛ぶ。だけど次の瞬間にはわたしが頭の中でイメージしてる通りに動いてくれるだろう確信が持てて、勢いよく右手を横一線に振り切ると、一本の鞭となって勢いよく右手から飛び出た。
 捕らえられる! そう思ったのに、ロロノアさんのわたしを呼ぶ声に意識をそっちに向けると、ロロノアさんの刀を受け止めたまま、アーロンさんがわたしへと例の水の散弾銃の攻撃を仕掛けようとしていた。ハチさんを止めるべきか、それとも自分の身を守るべきか――考えるまでもなくハチさんを止めるべきだ。今の状態でアーロンさんの攻撃を体に受けて無事でいられる保証がないとしても。
 来るべき攻撃に恐怖を感じながらも、ハチさんを止めようと能力を使い続けようとした時、ナミさんのわたしの身を案じる静止の声が聞こえてきた。

「ダメよヒノデっ!!」

 驚いてナミさんの方を向くと、わたしの事を心配し、今にも泣きだしそう顔をしたナミさんが見えて、一瞬の迷いの後、自分の身を守る事を優先するべきだと考え直して、ハチさんの方に飛ばそうとした能力を戻して、血で出来た渦の盾を展開させた。

「ッあぁっ……!!」

 発動が一歩間に合わなかったのか、背中からアーロンパークの柱へと叩き付けられた。全弾直撃は避けることは出来たけれど、銃弾とかした水滴を全て防ぎきるには能力を発動する時間が短かったらしく、半数の水滴が私を襲った。同時に柱に叩き付けられた衝撃も徐々に体を侵食し始める。体の前面は水の銃弾を受けたせいで、電気回路がショートしているような熱い痛みに襲われ、背中側は柱に叩き付けられたせいで、うまく息をすることも出来ず、ただでさえ靄がかかり始め、狭まっていた視界が更に眼としての機能を失い始めていた。
 目を開けていなくちゃいけない、体を動かさなくちゃいけない。戦わなくちゃいけない……そう思えば思うほど、瞼は重くなっていって、意識がどんどん深い泥の中に沈んでいくような感覚に、必死に抗おうとする。

(こんな所で意識を失うわけにはいかない……!! こんな所で意識を失うなんてそんなの……ッ!)

 そこまで離れていない筈なのに、ナミさん達の声が水の中で聞いてるように、遠くから聞こえてくる感覚に襲われる。。手足も少しずつ熱を失って、指先から氷漬けにされて動かなくなっていくようだった。度の合わない眼鏡をしているような霞む視界の中では、辛うじてロロノアさんとアーロンさんが戦っている影だけが見える。
 なんて情けないんだろう……戦いにきておいて、さっきロロノアさん達に護るなんて大口を叩いておいて結局この様だ。昔からわたしはこんなのばっかりだ。お祖父ちゃんの後を継ぎたいと言っておきながら、現実的な道を選んで、護ると言っておきながら護ってもらうばかりで本当になんて――

「情けない……」

 零れ落ちるように自分の口から出てきた言葉に笑いが漏れる。本当に情けなくて笑っちゃう。笑っちゃうよ。
 何とか能力だけでも発動させてロロノアさんの援護を……とも思ったけど、こんな不明瞭な視界と、今にもこと切れそうな意識の中で使い慣れていない――特に下手したらロロノアさんを傷つけかねないわたしの能力は使えない。ましてや今のわたしの体と意識でどこまで能力を思った通りに扱えるかもわからない。はっきり言って今からわたしが戦場に戻るなんて足を引っ張る以外に想像がつかない。
 事を起こしても起こさなくても変わりそうにない戦況に、足を引っ張るくらいなこのまま意識を手放してしまった方が精神的にも楽になってしまうんじゃないか……そんな自分勝手なことを考え始めた時。

「ゾロォ!!!!」

 ロロノアさんを呼ぶ緊迫した声が聞こえてきた。あまりにも切羽詰まった声に沈みかけていた意識を繋ぎ留め、なんとかぶれる視界を定めようと目を細めると、一瞬だけアーロンさんに首を掴まれ、胸に巻いていた包帯を取られて大量の血を流すロロノアさんの姿が見えた。
 その後は無我夢中だった。近場に落ちていた先の尖った鋭利な柱の欠片を右手で力いっぱい握って、欠片で傷ついた痛みで意識を無理矢理繋ぎ留めた。現実へと意識を繋ぎ止めたら、少しでも気を抜いたら崩れ落ちてしまいそうな足を必死に動かして、ロロノアさんに止めを刺そうと右腕を上げたアーロンさんの腕にしがみ付いた。

「このッ!!?」
「お前!!」

 死にかけの女――いや、もしかしたらもう死んだと思っていたわたしがいきなり腕にしがみ付いてきて二人とも驚いたのか、動きが一度止まるが、直ぐにアーロンさんはわたしを引き離そうと、腕を振り回す。だけどわたしだって簡単に引き剥がされるわけにはいかない。ここで腕を離したらロロノアさんが殺されてしまう。
 アーロンさんの大木のような腕に必死にしがみつく。正直自分でも何をしているんだろうとは思うけれど、それでもここで手を離すわけにはいかない。

(これだけ至近距離なら能力もうまく使えるかもしれない……!!)

 さっきは遠めなのと意識が散漫していたのもあって、発動の射程距離が掴めなかったけど、これだけ近くに居るならいくら意識がハッキリしなくてもアーロンさんだけを攻撃できるかもしれない。
 だけど、いくら自分の体の中にある悪魔の実の能力を意識して使おうとしても、能力は応えてくれようとしない。

(何で発動しないの!!?)

 いつまで経っても唯一のわたしの武器『悪魔の実』の能力は発動しない。どうしようと焦りばかりが頭の中を支配する。いつまでもアーロンさんの腕にしがみ付いているわけにもいかない。なにより既に腕は限界で、痺れて感覚がなくなってきている。
 何で、何で発動しないの……カナヅチになるのと引き換えに得た能力でしょ、こんな時に、ここ一番って時に発動しないで何が悪魔の実の能力だ――こんな時に役に立たないなんて冗談じゃない……!! 

「――――発動しろッ!!!!」

 あらん限りの声と意識を集中させて、体の奥底に命令すると、傷口、そして地面に散乱していた血が一気に宙へと浮き出て集まった後、数個の球体へと姿を変化させて、針のような物を突き出してアーロンさんを襲った。

「ぐ、ぁッ!!!」

 だけどわたしの能力はアーロンさんの体の表面をかするくらいの攻撃しか出来ず、戦闘不能にする程の傷を与えることは出来なかった。多分戦闘不能にするまでにわたしの攻撃が当たらなかったのは、きっとわたしの覚悟が足りなかったせいだ。

「あ……」

 同時に、たとえアーロンさんにダメージを与えられなかったかもしれないけど、攻撃を仕掛けたわたしをアーロンさんが許すわけがない。未だに腕にしがみ付いているわたしを鬼の形相で睨みつけると、さっきの比ではないくらいの勢いで腕を振り下ろし、わたしを地面に叩き付けた。骨のきしむ嫌な音が聴覚にまで届く。だけどこれで終わりになるくらいなら、この島の人達が虐げられているわけがないんだ。

「クソ……ッ!! この下等生物ごときがッ!!!」

 地面に叩き付けられたわたしに吐き捨てるように憎悪まみれの怒りをぶつけると、おもむろに私の右前腕を掴み、ロロノアさんを掴んでいる高さと同じくらいまで私を引き上げる。
 眼前に怒り狂った目をしたアーロンさんが迫り、体を恐怖がじわじわと支配し始める。体が震え、喉が震える。蛇に噛まれた蛙どころの話じゃない。そんな表現では生ぬるい……さしずめ、鬼に食われそうになっている非力な子供という所だろう。

「お前ごときの下等生物がよくも……おれに傷を与えてくれたな……ッ!!!」
「っ……やめろ!!!」

 アーロンさんのどす黒い感情をこめた、うねり声にも聞こえる怒声と、ゾロさんの悲痛な声が聞こえてきた。次の瞬間――

 ボギッという音とともに、アーロンさんが掴んでいた私の右前腕が握りつぶされていた。

 今までに感じたことのないような、この世の終わりなのではないかと錯覚するほどの激痛が、右腕下から全身へと雷がおちるように神経という神経を通って全身へと駆け巡った。
 同時に自分の不様な絶叫が広場に響き渡る。

「てめェッ!!」

 わたしの腕が折られるのを、真横で同じようにアーロンさんに拘束されながら見ていたロロノアさんの怒号が、わたしの絶叫の後に続くように、空気を奮わせるほどに響き渡る。傷だらけの体にもかかわらずアーロンさんを見らみつけるロロノアさんの姿は、とても今わたしと一緒に命の危険にさらされているようには見えなかった。

「ひっ……ふぅ、ッく……!!」

 燃え盛るような腕の痛みに、意識が持っていかれそうになる。元の世界ではもちろん、この世界でも骨を折る程の怪我――ましてや悪意をもって誰かに骨を折られるという経験をしたことのないわたしの頭の中は、恐怖と苦痛に苛まれ、嵐で荒れ狂う海の上に浮かぶ小舟のようだった。
 せめてこの人の前では涙は見せまいと、唇を噛みしめ、瞼に力を入れるだけで精いっぱいだった。噛みしめたせいで切れた唇から流れ出た血を、口から洩れる嗚咽を血と一緒に飲み込む。
 そんな腕を折られた痛みで歪むわたしの顔を見て、アーロンさん心底嬉しそうに、恍惚とした表情を浮かべていた。

「ちょっと力を入れただけで骨が折れる! 戦意を折られる! おれ達魚人族逆らうからこうなるんだ!!」

 さながら歴史の授業で習った旧時代の独裁者のように、自分に逆らった愚かな反逆者を十字架に磔にして民衆に見せつけるかのごとく、わたしの折った腕を高々と上にあげて村の人達に見せつけると、一片の躊躇もなく、わたしを折れた右前腕を軸に、横へと振り切った。
 当然わたしの体は車にでも撥ねられたような速さで真横へと吹っ飛び、幸いというべきなのかなんなのか、丁度唯一外壁の中で穴の開いていた場所を潜り抜け、外壁の外に生えているヤシの木の幹へと叩き付けられた。叩き付けられた衝撃で、ヤシの木の葉が激しく揺れる。
 背中から叩き付けられたせいで一気に肺が伸縮し、うまく呼吸をすることが出来ず、同時に口から大量の血を地面へと吐き出して、更に呼吸が出来なくなるという二重苦がわたしを待っていた。もう既に体の骨、神経、器官という器官全てが獣のような悲鳴を上げ、わたしを気絶という場所へと引きずり込もうと手を伸ばしていた。

(まだだ、まだ……わたしは何もしてない……ッ)

 ここで意識を失ってはいけないと、体を動かそうとするけれど、既に指一本すら動かすことが出来ず、着実に気絶という二文字の意思を持った手が、わたしへと迫っていた。更に薄ぼやけてきている視界の中で、アーロンさんが再びロロノアさんへと止めを刺そうとしている姿が見えた。

「やめて……」

 早く早く助けに行かなくちゃ、そう思うのに体はいう事を聞かず、頼みの悪魔の実の力も全く発動する様子すら見せなかった。なのに意識だけはどんどん薄れていく。もう声を出す事すら出来ず、このままロロノアさんが殺される所を何も出来ずに見ていなくりゃいけないのかと絶望に体を霧のように覆われ始めていたとき――――

「戻ったァーーっ!!!!」

 大地をも揺らしそうな大きく力強い声と共に、海中から黒髪の赤いタンクトップと青い半ズボンを穿いたわたしとそう年の変わらない男の子が飛び出してきた。初めて見る男の子だったけど、場の空気が一気に変わる事が肌で感じられた。
 ああ、そうか……みんなが希望を見出していたのは。

(あの男の子だったんだ……)

 男の子の腕が伸びて、アーロンさんからロロノアさんを引き離したのを見届けて、ついに私の意識は気絶という意思を持った腕に捕らえられたのか、徐々に世界から色や音が無くなっていく。だけど、不思議とすっきりとした後悔も絶望もない気持ちだった。
だって、

「“銃乱打”っ!!!!」

 男の子がアーロンさんを圧倒する姿が見れたから。きっとあの男の子ならアーロンさんを倒して、村の人達をトウシンさんを、ナミさんを救い出してくれる。
 良かった。
 本当に良かった……。
 最後に何度もここ数か月感じた事のない安堵の気持ちに細胞を震わせ、この世界に来てから何度も味わっている自分の意志とは関係なく意識を奪われるという感覚を、初めて安心した気持ちで心と言うビンをいっぱいにしながら、腕を引かれるように意識は冷たい暗闇へと引きずり込まれたのだった。


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