目指すはウイスキーピーク

 恐ろしい事実に気づいてしまった手前、うまく表情を取り繕えてるかどうか、鏡で確認することなんてことも出来るはずもなくて、上手く表情を取り繕えてることだけを祈りながら、未だに天に向かって吠え続けるラブーンを見つめた。
 全員で聞いたラブーンと海賊団の話は、わたしの心に暗い影を落とし続けていた。

「ニ、三年で戻るっつった奴らが、五十年帰らねェんだ……もう答えは出てる。死んでんだよ。いつまで待とうが帰って来やしねェ……!!」

 サンジさんの無情とも言える言葉は、その無情さとは裏腹に五十年という確固たる事実を突きつける。ウソップくんがラブーンと海賊団との美しい物語だと反論しているけれど、わたしもラブーンの事は可哀相だとは思うけれど、サンジさんと同意見だ。この世界の無情さも非常さも、ここ数ヶ月で嫌と言うほど味わった。アーロン達に捕まる前ならウソップくんと同意見だったかもしれない。だけど今はもう、そう言うロマンも理想も持てない。それくらいにはこの世界を知ってしまった。

「彼らは逃げ出したのだ。この“偉大なる航路 グランドライン"からな。確かな筋の情報で確認済みだ」
「な……なにィィ……!!?」
「……このクジラを置いて……!? まさか。……でも逃げるには凪の帯カームベルトを通らなきゃ……!!」
「あ……」

 完全に頭から抜け落ちていたナミの言った言葉に、声が漏れた。言われてみたらこの世界はわたしの世界とは海の構造が違うんだ。国同士の領海のような境界線は存在しないのかもしれないけど、その代わり、この世界は四つに分かれている海は、カームベルトやレッドラインがあるから、元の世界以上に自由に行き来するどころか、違う島に行くこと自体難しくて、ましてやグランドラインから出るなんて……それこそ命がけなんだ。
 逃げ出したんだグランドラインから。まだわたしはグランドラインに入ったばっかりだから、よくは分からないけれど、入るだけでこの危険度なんだ。中はどんなことになっているのか考えたくもない。
 クロッカスさんの言うように、この海は……いや、わたしからしたらこの世界は、一切の常識が通用しない。弱い心を支配してしまう場所なんだ、今のわたしのように。

「見捨てやがったのかこの鯨を!! そいつらを信じてこいつはここで、三十年もずっと待ち続けてんのに……!! ヒドいぞ、そりゃあ!!!」
「ウソップくん気持ちは分かるけど、落ち着いて」
「そうだけど、こんなのねェよ!! 約束したのに、それを裏切って逃げ出したんだぞ!!」
「そうかもしれないけど……」

 逃げ出したと思われる海賊団の人達の気持ちが分かるだけに、責めきれない。もちろん、仲間を一人残して約束したにも関わらず、怖いからと、逃げだすのは最低だとは思う。でもそれを上回るだけの恐怖が、きっと心を支配したんだと思う。わたしだって今は元の世界に帰りたい一心で立っていられてるけど、その思いが無かったら多分わたしは、この世界では立っていられない。

「ラブーンには約束の海賊たちがもう来ないことは教えた。……それ以来だ……リヴァース・マウンテンに向かって吠え始めたのも赤い土の大陸レッドラインに自分の体をぶつけ始めたのも──まるで今にも彼らはあの壁・・・の向こうから帰ってくるんだと、主張するかのように……!!」

 待ってるんだずっと。五十年間ずっと。

「何てクジラだよ……裏切られてなお待つか」
「待つ意味もねェのに……!!」
「意味は、あると思うよ……」
「意味ってなんだよ」

 誰よりも憤りを感じているんだろうウソップくんの、言葉に返事に詰まってしまう。

「いや、だって……立っていられなくなっちゃうよ」
「立っていられなくなる?」
「うん……。あの、なんていうのかな。希望があるから頑張れることとか、踏ん張れる事もあるでしょ? それが無くなったって分かったら、立っていられないよ」

 同じ状況にもし、わたしがなったらきっと……もう動けなくなってしまう。立ち上がれなくなってしまう。

「──ヒノデの言うとおりだ、意味をなくすから、私の言葉を拒む。待つ意味を失うことが何より怖いのだ。こいつの故郷は赤い土の大陸レッドラインの向こう側の西の海ウエストブルー、すでに帰り道はない。──だからここへ一緒にやってきた彼らだけが、仲間であり、希望だったのだ」

 言いながら、意味深げにクロッカスさんの目がわたしを見る。元の世界に帰るという希望を持っている、持ちすぎてしまっているわたしを心配してくれているのかもしれない。

「……でもよ、確かにこいつは可哀相な奴なんだが、言ってみりゃ、あんただって裏切られてんだぜ? ……もう放っといてもいいんじゃねェのか?」
「サンジさん、そんな事……」
「でも事実だぜヒノデちゃん。裏切られてるのはどっちも同じなんだ。それを五十年待ってるんだ……義理は果たしてると思うよ」

 何も言い返す言葉が見つからない。一緒なんだ、クロッカスさんだって五十年間一緒に待ってあげてるんだ。人間の五十年と、ラブーンの五十年はきっと違う。

「すみません……。軽率でした」
「おれの方こそ、きつい言い方してごめんね」

 眉尻を下げて、申し訳なさそうに小さく笑みを浮かべるサンジさんに、恥ずかしくなる。考えなしにもほどがある。表面上のことしか見てなかった。クロッカスさんだって五十年、ここに居るんだ。

「言い争うようなことはやめてくれ。ラブーンも私もそんな事は望んではいない。まずは……こいつの額の傷を見ろ……」

 クロッカスさんに促されて、ラブーンの傷だらけの頭を見る。
 ……ひどい傷跡だ。頭と言うのか顔と言うのか、かさぶたの様な物が張り付いている新しそうな傷から、既に塞がっているのか、遠目からでもわかるくらい溝ができている古い傷もある。皮膚の黒い部分を探すのが難しいくらい白く変色している傷跡が、頭全体を覆っている。クロッカスさんの言うようにこのまま頭をぶつけ続けたらラブーンは死んでしまう。
 消えてしまった約束と、存在しない希望を持ち続けたまま。

「妙な付き合いだが、五十年近くもいこいつとは一緒に居るんだ。今さら見殺しに出来るか……」

 他人事。そう言って切り捨てるには、あまりにも一緒に居すぎたんだと思う。人生の大半を一緒に過ごしているんだ、クロッカスさんにとっても、仲間や、家族同然なのかもしれない。
 しんみりと、クロッカスさんの話を聞いて、静かな気持ちでいたら。

「うおおおおお」
「え?」

 雄叫びを上げながら、自分の体の何倍もあるゴーイングメリー号のマストをもって、ラブーンの背中を駆け上がっていた。待って、マスト? マストって取り外せるの?
 ガーデンテーブルに座って、和やかにルフィくんを見ているゾロさん達を見たけれど、全然焦っていない。もしかして気付いてない? それとも本当にマストって玩具みたいにつけたり、外せたり出来るの。

「あの、あれって……」

 よく分からないけれど、言った方がいい。そう思って声をかけた時。

「ゴムゴムのォオオオオ!!!」

 ラブーンの頭に辿り着いていたらしいルフィくんの大声に、もう一度ラブーンに視線を向けた時には「“生け花”!!!!」と言う、ルフィくんの渾身の大声と共に、ラブーンの頭にマストが突き刺さっていた。わー……挿しちゃったルフィくん。動物虐待だよね、これ。

「……ありゃマストじゃねェか?」

 あ、やっと気づいたんですね。良かった。……嘘です。全然よくない。この後どうなるかも含めて。
 何かが頭に刺さったマストによる痛みが、ようやく体を襲い始めたんだろう。ラブーンの悲鳴にも似た鳴き声が、ラブーンの暴れる体が発する音共に、あたり一面に響き渡る。大きな体をゆすっているからか、ラブーンの怒りに呼応するように、海の波も大きく唸って、水しぶきが飛んでくる。

「何やっとんじゃ、お前〜〜〜〜っ!!!!」
「何てことするの!!! ルフィくん!!!!」
「船壊すなァ!!」

 三者三様の叫び声を上げる中、ルフィくんの声も聞こえてくるけれど、自分でやったんでしょ!! そりゃ暴れるよ! 絶対痛いもん!!!

「こっちへ来たァ!!!」

 多分、頭に居るルフィくんを叩き潰そうと思ったんだと思う。一度動きを止めたかと思うと、勢いをつけてわたし達が居る岩場に突っ込んできた。あんな巨体、押しつぶされただけで死んじゃう。
 慌ててガーデンテーブルから全員逃げ出す。何とかわたしも足をもつれさせながら逃げ出した瞬間、背後で鼓膜が破れそうなくらい大きな破裂音が鳴り響き、同時に地面から地響きと地面の揺れが岩場を襲う。

「ルフィくん!!!」

 ラブーンはマストが刺さった頭ごと岩場に頭突きしたせいか、深く突き刺さった痛みで、さっき以上の悲鳴を上げる。体すら振るわせられそうなほどの悲鳴に、急いで両手で耳を覆う。耳を覆えたとしても、手を貫いて聞こえてくる鳴き声と、音波のようなものは体を襲い続ける。
 体がゴムだというルフィくんは、ラブーンに潰されても砂埃の汚れがついているだけで、怪我らしい怪我はしていないみたいだけれど、なぜか未だに口元に笑みを浮かべながら、ラブーンを殴ったり、ラブーンにやり返されて飛ばされたりしている。
 まるで──喧嘩してるみたいだ。

「ルフィくん何考えて」

 怒りの咆哮を上げるラブーンに灯台の側面に叩きつけられたルフィくんは、ようやくラブーンに立ち向かっていくのを止めてくれた。よかった、これ以上はラブーンもルフィくんも、そのうち取り返しのつかない大けがをしちゃうところだった。
 慌ててルフィくんの所に走り寄ろうとしたとき、ルフィくんの通る声が辺りに響き渡る。

「引き分けだ!!!!」

 その言葉に、ルフィくんに更に攻撃を仕掛けようとしていたラブーンの動きが止まる。

「おれは強いだろうが!!!!」

 ルフィくん……一体なにをするつもりなの。引き分けって、どういう意味で。

「おれとお前の勝負は、まだついてないから、おれ達は、また戦わなきゃならないんだ!!」

 ルフィくんもしかして……。そんな考えが思い浮かぶ。

お前の仲間は死んだけど ・・・・・・・・・・・ 、おれはお前のライバルだ」

 やっぱりルフィくんは凄い。多分、ラブーンが一番欲しい言葉を渡そうとしている。

「おれ達が偉大なる航路グランドラインを一周したら、また、お前に会いに来るから」

 ラブーンの目に溜まった涙が太陽の光を受けて、キラキラと宝石のように輝いてた。

「そしたら、またケンカしよう!!!!」

 ルフィくんの言葉に返事をするように、天に向かって吠えるラブーンを見て、心の底から良かったと思えた。きっとラブーンはこれからも立っていられる。ルフィくんとの約束が、ラブーンにとっての新しい約束であり、希望なんだ。希望があるなら、頑張れる、踏ん張れる。
 きっとラブーンはもう大丈夫だ。

◇◇◇

「んん!!! よいよ!!! これがおれとお前の“戦いの約束”だっ!!!」
「おお〜!!!」

 自分の体くらいの大きな筆をもって、絵具まみれになりながら、ルフィくんがラブーンの頭の傷の上に描いてあげた。なんと言うか、あの、すごく独創的な……麦わらの一味のマークのジョリーロジャーを。描いた本人は腕を組みながらやり切った雰囲気を出していて、その隣で、わたしは何とも言えな気持ちになりながらも、拍手していた。すごい、すごく……別の意味で恐怖を感じるジョリーロジャーだ。

「おれ達が、またここへ帰って来る時まで、頭ぶつけてそのマーク消したりすんじゃねェぞ!!」

 ルフィくんの言葉に返事をするように「ブオ」と返事をしたラブーンに、わたしも笑顔になってしまう。良かった、この約束のマークもあれば、これ以上頭をぶつけるなんて、自傷行為は免れる。

「よし!」
「良かったね、ラブーン」

 わたしの言葉にも返事をするように「ブオ」と答えてくれたラブーンに、口角が上がる。本当に良かった。これ以上心も体も傷つくようなことにならないみたいで。
 ほっこりとした気分でいたいけれど、隣で満足気に笑みを浮かべているルフィくんに目を向けた。

「ルフィくん」
「何だヒノデ?」
「今回はラブーンの為だったとは思うけど、動物の頭に……動物の頭じゃなくても、マストを刺すなんて動物虐待だよ。ラブーンがひときわ頑丈で、状況が状況だったから良いけど」

 本当はよくないけど。

「するわけねェだろ。変なこと言うなーヒノデは」
「変なこととかじゃないと思うんだけど」

 絵具が入ってるバケツだけでも持ちたかったんだけれど、バケツの大きさがあまりにも大きくて持てなかった。だってルフィくんの腰くらいまでの大きさある。無理、持ち上げることすらきっとできない。ましてや中身まで入ってるし。
 軽々と筆やバケツを持ちながら、前を歩くルフィくんに尊敬とも、呆れともとれる感情を抱きながら、ナミ達のところに向かう。
 わたしはナミのように航海術があるわけでもないから、役に立たないし、サンジさんの料理のお手伝いは流石に出来ない。プロの料理人さんに対して失礼に値すると思うし、役に立てるとは思えない。むしろ邪魔だと思う。せめて船の修理だけでも手伝おうと、ウソップくんに声をかけたけれど、怪我してる奴に手伝わさせられるかと言われて、何もできなかった。役に立ってない、絶望的に。
 自分の不甲斐なさや役立たずさに、小さく溜息を吐きながら、胸の底に降り積もり続ける暗い想いに蓋するように、一度目をつむった。その時。

「あーーーーっ!!!」

 突然聞こえてきたナミの叫び声に、肩が震えた。次から次へと、目まぐるしく状況が変わるせいか、また何かあったのか思って慌ててナミのもとへと向かった。

「どうしたのナミ!!」

 ガーデンテーブルに向かうと、こちらに気づいたナミは、震えた手でテーブルの上に置いてあるコンパスを指さした。

羅針盤コンパスが壊れちゃった……!!! 方角を示さない!!!」
「あ、本当だ。凄い回ってる。こんなに回ってるの初めて見た。凄いね。でも良かった……何かあったかと思ったよ」
「何暢気なこと言ってるのよ! 羅針盤コンパスが壊れちゃったのよ、これからの旅どうやって目的地を目指す気!?」
「そうだね、ごめん……」

 だってあまりに見ないくらいの速さでぐるぐる回ってるから、凄いっていう感想が先に出ちゃった。確かにナミの言う通りコンパスが壊れるなんて一大事だ。この世界にはグーグ〇マッ〇なんか無いんだから、地図とコンパスだけが頼りなんだ。
 ナミに叱られて、自業自得とは言え、肩を落としていると、呆れたような表情と声色でクロッカスさんが話に混ざってきた。

「お前たちは……何も知らずにここ・・へ来たらしいな。呆れたもんだ。命を捨てに来たのか? 言ったはずだ。この海では一切の常識が通用しない。その羅針盤コンパスが壊れているわけではないのだ」
「……じゃあ、まさか地場が!?」

 いまいち二人の言っていることが分からなくて、多分わたしの表情は傍目に見ても、凄く情けない表情をしていると思う。磁場……。磁場っていう意味は分かるんだけど、詳しいことは分からない。
 分からないなりに、注意深く二人の会話を聞いていて分かったのは、グランラインでは島の一つ一つが鉱物を多く含むことが原因で、磁気が狂っているらしく、普通のコンパスでは進めない上、海流や風にも恒常性がないせいで、端的に言えば、常識が通じない言うことらしい。鉱物を多く含むから磁気が狂うというのは、うん、よく分からないけれど。科学とか得意じゃないんだよね……。

「し……知らなかった」
「ナミにも知らない事ってあるんだ……」
「当たり前でしょ」
「でも、ナミ凄いしっかりしてるし、頭も良いから、何でも知ってるんだと思ってたから」
「確かに私は、可愛いし、しっかりしてるけど」
「可愛いとは言ってねェだろ! それよりマズイだろ、そりゃ、大丈夫か!!?」
「知らないナミさんも素敵で可憐だ!!」
「ちょっとあんたら黙っててよ!!!」

 思い思い、好き勝手話すわたし達に、ナミの雷が落ちたのに、謝りながらクロッカスさんの話の続きを聞く。

偉大なる航路グランドラインを航海するには『記録指針ログポース』が必要だ」
「ログポース? 聞いたことないわ。ヒノデは?」
「ううん、わたしも無い」

 首を横に振りながら否定しつつ、心の中でナミが知らなくてわたしが知っているということは、よっぽどでない限りないと思う。この世界の常識とか未だによく分かってないところ多いし。

磁気・・記録・・することのできる特殊な羅針盤コンパスのことだ」
「変な羅針盤コンパスか」
「まあかたちは異質だな」

 うん? お二人の会話に、さっきルフィくんと一緒に見た、スノードームのような球体の中にコンパスの針が付いているブレスレットが頭の中に浮かんだ。

「ねえ、ルフィくんもしかしてさっきの」
「おお」

 サンジさんが料理してくれたエレファント・ホンマグロと言う、多分わたしの世界で言うマグロの亜種みたいなものに、素手で豪快に齧り付きながら、ルフィくんがポケットからさっきの落とし物を引っ張り出して、クロッカスさんに見せた。

「こういうのか?」
「そう、それだ」

 あっさりし過ぎじゃないですか。
 あまりにあっさりと世間話でもするような、そんな軽さで話が進んでいくのを、見守っていたら、ナミが会話を止めるように両手で制した後、ナミの拳がエレファント・ホンマグロに夢中のルフィくんの頬に叩き込まれた。

「何であんたがそれを持ってんのよ!!!」
「ルフィくん!!?」

 殴られて尚、エレファント・ホンマグロを口から零すことなく、椅子の上から転げ落ちたルフィくんの傍に駆け寄った。そんなに美味しいのかな、エレファント・ホンマグロ。

「……これは、さっきの変な二人組が船に落としていったんだよ」
「そ、そうだよナミ。だからルフィくんの事殴らないであげて」
「あいつらが?」
「そうだよ」
「そうだぞ。ヒノデの言う通り、何でおれを殴る」
「ノリよ」
「ノリか」
「納得しちゃだめだよ! ノリでもダメだよ!」
「大丈夫よ。ルフィはゴム人間だから殴っても効かないもの」
「効かないなら良いってわけじゃないよ!?」

 ノリだとしても、ルフィくんに打撃が効かないとしても、激しすぎる。
 椅子から転げ落ちたルフィくんの横に座り込みながら抗議しても、ナミはどこ吹く風だし、ルフィくんはもう気にしていないのか、それともエレファント・ホンマグロの方が大事なのか、何の抵抗もなくログポースをナミに渡して、再び食べ始めながらガーデンテーブルに向かう背中を追った。
 椅子に座ってもなお、衰えない気持ちの良すぎる食べっぷりと、心底おいしそうに食べる姿に、ますますエレファント・ホンマグロが気になって、ごくりと喉が鳴った。

「ヒノデも食いたいのか?」
「え!?」

 見過ぎていたのかも。気付かれたのが恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じた。

「食うか?」
「えっと……」
「食わねェのか? うめェぞ!」
「美味しそうなのは分かるんだけど、わたしその……食事制限みたいなのあるから」
「ふーん……それって一口も食べたらダメなのか?」
「うーん……どうだろう」

 わたしの事を考えてか、大きな切り身をフォークに挿して差し出しだしてくれたルフィくんは、不思議そうな表情している。自分でもどこまで食べていいか分からなくて、首を傾げたけれど、次の瞬間には口の中にエレファント・ホンマグロが押し込まれていた。
 押し込まれたものを食べないわけにもいかず、にこにこと笑みを浮かべるルフィくんの顔を見ながら、舌の上へと運ぶと、厚く切られた脂の乗った身の部分は、噛み締めるたびに口の中で解れて、旨みが広がった。逆に焼かれた表面の皮のぱりぱりとした触感は、ほくほくと口の中で解れる身とは正反対の食感と、香ばしさで、二つの食感と味はお互いを邪魔するどころか、逆に手を取り合っていて、とても美味しくて、表情がほころんでいくのが鏡を見なくても分かった。

「……おいしい!!」
「だろ! もっと食え!!」
「うん!」

 残りの身が残っているフォークを差し出されて、頭の中では食べちゃいけないんじゃ……とは思いながらも、あまりの美味しさに、少しならいいかと、フォークに刺さっている絶対一口の量ではないエレファント・ホンマグロの残りをお皿に移しながら、一口サイズに切り分けて、残りを少しずつ口に運んだ。
 皆さんが真剣に話をしているのを、エレファント・ホンマグロの美味しさに舌鼓を打ちながら、耳はクロッカスさんの話に集中する。

「『ラフテル』“偉大なる航路グランドライン"の最終地点であり、歴史上にも、その島を確認したのは、海賊王の一団だけだ。伝説の島なのだ」
「じゃ……そこにあんのか!? "ひとつなぎの大秘宝ワンピース"は!!!」

 興奮と歓喜のようなものが入り混じったウソップくんの言葉に、そう言えば漫画の名前もワンピースだったな、なんて思いながら、凄さがいまいちよく分からなくて、同じようなリアクションも取れないわたしは、目の前のエレファント・ホンマグロにフォークを刺す。この世界から居なくなる──居なくならなければならないわたしにはきっと、関係ない、いや、関わってはいけない話だ。タイトルになるくらいなんだから、この世界の根幹に関わる話なんだろう。

「さァな。その説がもっとも有力だが、誰もそこにたどり着けずにいる」

 もぐもぐと口を動かしながら、淡々とした口調で海の方を見ながら話し終えたクロッカスさんの背中を見つめていたら、食事を終えたらしいルフィくんが挑戦的な目をしながら笑った。

「そんなもん、行ってみりゃわかるさ!!!」

 よく分からなけれど、きっとその『ラフテル』と言う所に辿り着くのは、この世界ではとても大変な事、奇跡的な事なんだろう。にも関わらず、そんな事には一切臆しもしないで、むしろとても楽しそうな様子なルフィくんの凄さに、もはや嫉妬すら浮かばなかった。凄い……きっとわたしなんかとは違うものがルフィくんには見えているんだろうな。

「さー行くかっ!! メシも食ったし」
「お前一人で食ったのかっ!!」
「うおっ!! 骨までねェし!!!」
「ご、ごめんなさい! わたしも食べちゃいました……」

 骨すら無くなった皿の上を見て、サンジさんとウソップくんが驚愕の声を上げた。どうしよう……わたしもルフィくんほどではないけど、食べちゃった。というより、ルフィくん骨まで食べたの? 喉に刺さったりしないのかな? 喉に刺さるどころか、骨の太さや大きさ的に喉に刺さるどころでは済まないと思うんだけど。
 ルフィくんの胃の中を心配しつつ、おずおずと、まだ少しだけ身が残ってるお皿を差し出す。

「ヒノデも食ってたのかよ! というか食べて大丈夫なのか?」
「お、おいしくて……少しならいいかなと」
「ヒノデちゃんに美味しいって言ってもらえるのは光栄だけど、まだ胃腸も調子じゃないだろうからあんまり食べちゃダメだよ。特にエレファント・ホンマグロは脂ものってるし」
「……すみません」
「謝ってほしいわけじゃないから大丈夫だよ。まあ、ヒノデちゃんの自己治癒力の高さなら、あんまり支障はないともうけどね、食べても。それより……」

 微笑みを浮かべていたサンジさんの表情は、テレビ番組が切り替わるように、ガラッと様相を変えて、鬼の形相になる。

「おのれクソゴム!!! おれはナミさんにもっと!! ナミさんにもっと」

 サンジさんの足が地面を蹴ったのがわかった。

「サンジさん落ち着いて!」
「食って欲しかったんだぞコラァ!!!」

 渾身の怒りを込めた蹴りがルフィくんに直撃するけど、ルフィくんの飛んでいった場所が悪かった。ぱりんと言うガラスの割れる音と共に、ナミが手首に時計のように巻かれていたログポースに、ルフィくんが直撃して割れてしまったのだ。

「あ……」

 ぱらぱらと無情にもログポースが割れて、地面に雨のように降り注ぐのをみながら、ちらりとナミを見ると、目元にカーテンのように影を落としていて、怒っているのがいやでも分かった。

「あの、ナミ……怪我はない?」
「大丈夫よ」

 そう言いながらナミは立ち上がって、何が起こったのか分かっていないサンジさんとルフィくんの元へ向かうと。

「お前ら二人とも頭冷やして来ォーーい!!!」

 お二人を蹴り上げて、海に突き落としてしまった。

「何やってるのナミ! ルフィくんカナヅチだよ!?」
「二度と同じ過ちをさせないためにもこれくらいは必要よ」
「だとしてもだよ! ルフィくん死んじゃうよ!?」
「サンジ君がついてるから大丈夫。それより今は記録指針ログポースの方よ」

 全くお二人の心配をしていないナミに、信頼してるんだろうけど……と思いながらもやっぱり心配で、数メートル下にある海とほぼ平面の岩場を覗き込んでから、岩場に打ち込むようにかけてある梯子を使って慌てて下に降りる。

「ルフィくーん! サンジさーん!!」

 両手をメガホンのようにして、大声でお二人の名前を呼ぶけど、返事は全くなくて、かと言ってわたしも悪魔の実を食べているし、いや食べてなくても泳げないんだけども。焦る気持ちとは裏腹に、助けにいけないことがとても歯痒くて、その場でそわそわと歩き回っていると、海の方で何かが爆ぜるような大きな音が聞こえてきて、吃驚して音の方をすぐさま見ると、高い波飛沫が上がっていて、ぞっと血の気が引いた。

「ルフィくーん!! サンジさーん!!! 返事してくださーい!!」

 さっきよりも大きな声でお二人を探していると、海面がゆらりと揺れて、海の中から手が飛び出してきて岩場を掴んだ。良かった、無事だった。と思ったらなぜか手にかけられた手は3人分あって。

「えーと……」

 無事で良かったと言う言葉は、ルフィ君とサンジさんのように海の中から飛び出してきた人たちの姿を見て続かなかった。だって海の中からルフィくんとサンジさんと一緒に海面へと姿を現したのは、さっきまで一緒にラブーンの胃の中に居た謎のお二人だったから。
 これはどうしたら良いんだろう。そう考えている間に、サンジさんは瞬間移動でもしたのかという速さで、海の中にいるミス・ウェンズデーさんに王子様のように手を差し伸べていた。
 いついかなる時も女性への優しさを持ち合わせているサンジさんの姿に尊敬の念を抱きつつ、とりあえずお二人の事は置いといて、今はルフィくんの事を助け出そうと、いまだに海に半分以上使ったままのルフィくんの腕を掴んで一生懸命引っ張る。

「ルフィくんしっかり!!」
「おお〜……」
「頑張ってー!!!」

 渾身の力を込めてルフィ君を岩場の上に引っ張り上げて、勢いをつけすげて固い岩場に尻餅をついた。

「いたた……」
「やっぱり海はダメだなー」
「分かってるなら、もっと気をつけて」
「ナミに蹴り落とされたんだぞ」
「だとしても!」
「理不尽だぞヒノデ!」

 だって気軽に海に落ちすぎなんだもんルフィくん。怖くてわたし海なんか近づけないよ! そもそも海賊なのに泳げないって言うのもだけど、海がわたしの世界より大半を支配するこの世界で泳げないって凄く致命的だよ。だからこそ『悪魔の実』なんてついてるのかもしれないけど。リスクが大きすぎる。
 尻餅をついたお尻を擦りながら立ち上がり、すでにミス・ウェンズデーさんの肩を抱きながら梯子に向かっているサンジさんを、ルフィくんと一緒に追いかけようとした時。

「おいっ!!!」

 未だに海に浸かっているMr.9さんに目を向ける。いつまで海に入ってるんだろう。助けるべきなのかもしれないけれど、ラブーンとクロッカスさんの件があるから、正直助ける気になれない。泳げるくらいだから悪魔の実の能力者でもないだろうし。ひどいとは思うけれど、自力で陸に上がってほしい。

「頼みがある」

 嫌な予感しかしない。

◇◇◇

 「ウイスキーピーク? 何だそれ」

 五人で崖のようになっている一段上の岩場に登ったわたし達は、床に座り込んで自分たちの故郷へ一緒に船に乗せてって欲しいと言うMr.9さんとミス・ウェンズデーさんの話を聞いていた。

「お前ら一体何者なんだ?」
「王様です」
「うそつけ」
「まあまあ、ナミ落ち着いて」
「だって絶対嘘じゃない」
「それはまあ、うん……絶対嘘だと思うけど」

 Mr.9さんの頬を片手で抓りながらこちらを睨みつけるナミに、苦笑いしながら嘘という部分には同意する。王様がただでさえこんな危険な海に乗り出して、捕鯨なんか信じられない。

「何者かはいえません!!! しかし!!! 町へ帰りたいんです!!! 受けた恩は必ず返します!!」

 正直わざとらしいとも取れる演技で、地面に倒れ込みそうな勢いで地面にしだれ込む姿も、『謎の組織』と言うミス・ウェンズデーさんの言葉更に怪しさを増大させる。

「…………やめておけ。何を言おうとロクなもんじゃないぞ、そいつらは」

 わたしの方へちらりと視線を向けながら言うクロッカスさんに、申し訳なくて眉尻を下げて、小さく笑みを向けた。多分、お祖父ちゃんが狙われてた件もあって、謎の組織なんて言うお二人の事を警戒してくれいるんだろう。

「──ところで私達『記録指針ログポース』壊しちゃって持ってないのよ。それでも乗りたい?」
「わー……これは、直りそうにないね」

 ナミが掲げたログポースはガラスが砕け、指針が花のように首を垂れているような無残な有様で、内心引いていると、自分たちが置き忘れたログポースに気づいたお二人が抗議の声をあげていたけれど、次のナミの言葉にすぐに態度を改めていた。

「あ! でもそういえばクロッカスさんにもらったやつがあったか」
「え? クロッカスさんに新しいのもらったの?」
「ええ、クロッカスさん何個か持ってるみたいで譲ってくれたの」

 カマをかけられたお二人が土下座しているのを、失礼だけど胸の内で憐れんだ気持ちを抱きながら、新しくクロッカスさんがくれたらしいログポースに目を向けた。さっきもう一度詳しくログポースについて聞いたけれど、磁気をこのスノードームみたいなものがためてくれるって言うのが、いまいちよく分かってないんだよね。
 不思議な仕組みのログポースの事を思いつつ、お二人の処遇をどうするんだろうと、ルフィくんに目を向けたけれど、事も何気にルフィくんが言った。

「いいぞ、乗っても」

 海賊船だけど良いのかな? わたしが言うことでもないけれど。

◇◇◇

 ゴーイングメリー号に乗り込んだわたし達は、錨を上げたり、帆を張ったりなど、ログをためているナミ以外で出航の準備を進めた。正直元の世界の船ではお客さんとしてしか乗船した事しかなかったわたしは、出航の準備をしたことがなくて、渋るウソップくんやサンジさんを説得して、教えてもらいながら頑張って手伝ったけれど、殆ど役には立たなかった。

「いいのか? 小僧。こんな奴らのためにウイスキーピークを選んで。航路を選べるのは初めのこの場所だけなんなんだぞ」
「気に入らねェ時はもう一周するからいいよ」

 その一周するのが命懸けで、出来た人が海賊王のクルーしかいないんじゃなかったっけ?
 まるでコンビニでも行くようなノリのルフィくんに、その心情が理解できなくて内心で引きつつ、甲板の上から岩場に立つクロッカスさんを見下ろす。

「クロッカスさん、診療して下さってありがとうございました。でも本当に無償でいいんですか?」
「気にするな。それにお前が金を持ってるようにも思えないしな」
「流石に治療代払えるくらいは…………すみません。わたし持ってないです」
「素直でよろしい」

 そう言えばわたしお金持ってなかった。それにこの世界って多分保険証とか無いよね? わたしの世界で言うところの十割負担だろうし……怖いな、どれくらい治療代かかるのか。
 こう言うところでも元の世界との違いを感じて、とことん別の世界なのだと事実を叩きつけられる。
 違う世界で傷を作るということが、どんな事態を招くのか、その恐ろしさに鳥肌を立てていたら、ログポースがたまったのを確認したナミが軽い足取りで船に上がってきた。

「出航するわよ!」

 航海士のナミの言葉に、全員で思い思いの表情をして頷いた。わたし以外の皆さんは、期待と興奮が入り混じった表情をしていたけれど、わたしは多分不安そうな顔をしていたかもしれない。

「じゃあな、花のおっさん」
記録指針ログポースありがとう!!」
「クロッカスさん色々ありがとうございました。お元気で」

 ゴーイングメリー号を見上げるクロッカスさんへ、小さく片手で手を振りながら別れを告げ、ルフィくんが新たな約束をしたラブーンへと目を向ける。

「行ってくるぞクジラァ!!!!」

 ブオオオと言うラブーンの法螺貝のような返事を背に、ゴーイングメリー号はわたし達を乗せて、正真正銘、グランドラインへとウイスキーピークを目指して大海原へと乗り出した。
 わたしの暗い思いも乗せたまま。


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