違う世界の物語 診察を受け終えたわたしは、クロッカスさんから薬が入った茶色い紙袋を受け取って、一緒に皆さんが待っている外へと向かおうとしたけれど、途中で足が竦んで進めなくなってしまった。 今、自分がどんな顔をしているか分からない。この期に及んでわたしは皆さんの仲間になることを渋ってしまっている。なあなあにしようとしている。ルフィくん達の仲間になるということに心を惹かれているけれど、わたしは元の世界が、元の世界が──。 「大丈夫か?」 外に繋がる扉のノブを持ちながら、クロッカスさんが顔色を窺うようにしてわたしを見ていた。 「すみません。大丈夫です」 押し潰されそうな罪悪感を胸の奥に押しとどめながら、クロッカスさんの横に向かうが、いつまで経ってもクロッカスさんは扉を開けない。 「クロッカスさん?」 扉を見つめながら何も言わないクロッカスさんを見上げる。 「私や他のクルーもそうだが、最後まで違う世界から来たイッセンの気持ちは分からなかった」 「え?」 おもむろに昔を思い出すような、古い引き出しを感慨深げな気持ちで開けているような、懐かしむような口調で話し始めたクロッカスさんに、疑問の声を上げたけれど、そんなわたしなど気にもせず、クロッカスさんは話し続ける。その目はどこか、存在しない遠い場所を見つめているようで、何も言う事ができなかった。 「全員違う人間なんだ、気持ちなんて分からなくて当然だ。だがその中でも、特にイッセンは分からなかった。あの浮世離れした、この世の者でもないような、存在しているのかしていないのか……あの独特すぎる雰囲気のせいか……。とにかく、イッセンがこの世界に来たことを内心どう思っているのかは最後まで分からなかった」 お祖父ちゃんの事を思い出しているのか、クロッカスさんのどこか、遠い景色を映しているような目が、わたしを見つめていた。 「きっとイッセンも君も、私たちとは違うものが見えているんだろうな。そしてそれはきっと一生私たちには分からない物だろう、違う世界に行くなんてものは私たちとは無縁だから。イッセンや君が居た世界がどういうものかは完全には分からないが、こことは比べ物にならないくらい平和だったんだろう」 「……はい」 「まあ、それを抜きにしても……違う世界に来るというのは、辛いだろうな。価値観も文化も歴史も在り方も法律も何もかもが一から百まで全部違うんだからな」 何も言うことが出来なかった。実際この世界は元の世界と空気感すら違っている気がするから。 「だからこそ、色々考えることも多いだろうし、元の世界の事も忘れられないことは分かる。むしろそれが当たり前だ。あいつらとの事だが、イッセンを超えたいという夢の事も、仲間に誘われてうれしいということも、本心だろう。板挟みになる気持ちは分かる。だが今すぐに答えを出さなくても良いんじゃないか?」 「え?」 驚いて、クロッカスさんが何を考えてそんなことを言ったのか分からなくて、本心を知ろうと、瞳の奥を覗きこまんとばかりに見つめるけれど、クロッカスさんは優しく笑っているだけだった。 「帰る方法がいつ見つかるかなんて分からないんだ。元の世界の事も気がかりだろうが、そればかり考えていては精神が病んでしまうぞ」 「それは、そうですけど……。でも、仲間に誘われて、一緒に旅をしてみたいって思っても、一緒に進水式をして夢を誓ったのに、元の世界に帰ることを考えてしまうんです。最低なことしているって分かっているのに……それなのに皆さんと一緒に居て、守られて、あんなにやさしい人たちに秘密ばかり作って……裏切ってる」 言い終えて、自分への嫌悪感を塞ぎ止めるように唇を嚙み締める。仲間と言われて喜んでいる自分が一番憎い。 「それは当たり前の事だろう。人間みんな色んなものを抱えている。そして君の場合それが大きくて根深い問題なだけだ。それでいいんだ、突然違う世界に訳も分からず身一つで来て、突然色んな物が変貌したんだ、悩むのも苦しむのも当然だ。だがな、逆に考えれば、違う世界に来るという他の者には成し得ない偉業を成しているんだ。暗いことばかり考えていても勿体無いぞ」 「それはそうなんですけど……時間が、無いんです」 「どういう事だ?」 クロッカスさんは手にかけていたドアノブから手を外して、扉に背を預けなおし、体全てをこちらに向けながら、訝しげに見つめてきた。 この事を言っていいのか、不安が胸の内を支配して、緊張で乾いた唇を湿らせてから続けた。 「年月が、合わないんです……」 「年月が合わない? どういうことだ?」 口の中がカラカラに乾いて、声が掠れた。 「わたしの世界でお祖父ちゃんがいなくなっていた期間は約半年です。でもこの世界では約二年、もしくは三年いかないくらいですよね? そしてこちらの世界にお祖父ちゃんが居たのが約二十五年以上前、でもわたしは今、十八歳なんです。でも、お祖父ちゃんはわたしが産まれた後にこちらの世界に来ています。おかしいんです、時間の進み方が。今こうしている間にも、元の世界がどうなっているのか分からないんです。お祖父ちゃんの時は、元の世界の方の時間の進み方が遅かったから、まだ救いがありました。でもわたしは? わたしも同じとは限りません。どうなっているのかわからない。もしかしたら、今こうしている間にも、十年以上時間が経っている可能性だってあるんです」 捲し立てるように告げた言葉は、ずしんと重く、わたしの体にまとわりつく様にのしかかった。口に出せば出すほど、早く帰らなければという気持ちが大きくなる。お祖父ちゃんみたいなパターンならまだ救いはある……。でも、もしこちらの時間の方が進みが遅くて、元の世界の時間の方は進みが早かったら? こちらでの半年が、向こうでは二年か三年だったら? 元の世界の時間がどう進んでいるかわたしには一切わからない。 わたしの話を聞いたクロッカスさんは、まさに絶句というような、血の気の失せた顔をしていた。 「なるほど、そうか……君が焦る理由がよくわかった。時間の経過が違うのか……。君たちの世界で半年のあいだ人が居なくなるという事が、どういうものに該当するか分からんから何とも言えんが、でも今回もイッセンの時と同じになるとは限らない。逆転していて、こちらでの半年が、君たちの世界では二年か三年の可能性がある」 額を押さえながら考え込むクロッカスさんに、改めて現実を叩きつけられたような気がして、額から突き抜けるようにして頭の芯がじんじんと痛む。 「すまなかった、時間の経過のズレがあるとは思わなかった。いや……そうだな、考えもしなかったが、違う世界同士なんだ、何かしらズレがあって当然か」 一人、情報を整理する様に呟いたクロッカスさんは、額からゆっくり手を外し、強い光を目に宿しながら続けた。 「一刻も早く君が帰らなければならない事はわかった。だが現状、その事ばかり考えているのは、やはり精神的に良くないと思うぞ」 「でも考えないわけにはいきません」 思わず食い気味に反論してしまった。なんだったら苛立ちさえ滲んでしまっていたかもしれない。精神的に良くないと言われても、考えずにはいられない。ましてや、お祖父ちゃんを追っていた人もいて、ローグタウンでの男の人の件もある。考える事も、謎も増えるばかりで、何もかもがわたしの手に負えないものになっていている気がして、不安と苛立ちばかりが無限に増え続ける。 クロッカスさんに当たるなと、頭の中の冷静なもう一人の自分が言うけれど、一番現実に近いところにいるわたしは、眉間に力が入るのを止められなかった。 「すみません……」 「いや、私の方こそ悪かった。だがずっとそれだけを考え続けるのか? 焦ったり、元の世界のことばかり考えて帰れるならそれで良い。だが、そうではないだろう? 焦るばかりでは見落とすことも多い、なら、あいつらと楽しむのも一興だと思うぞ」 「それは……そうですけど……」 「もちろん、焦るなとは言わん。けれどその事ばかり考えていては心が疲弊する。きっとあいつらと旅を続ければ、イッセンがどんな冒険をしたか分かるはずだ」 昔を思い出すように、感慨深げに言うクロッカスさんに小首を傾げる。 「ルフィくん達とですか?」 「ああ、きっと分かる。あの麦わらの小僧、よく似てる」 ますます言ってる意味がわからなくて、首を傾げてしまう。似てる……誰に似てるんだろう。 「似てるって……誰にですか?」 「……私が海賊船に乗っていた時の仲間にだ」 海賊船と言うことは、なるほど、そのお仲間の方に似てたのかな? 話を切り替えるように、一つ咳払いしたクロッカスさんは、更に続ける。 「この旅は君にとって、きっとかけがえのない物になると思う。イッセンはここに来れて良かったと、そう言っていたよ。勿論それだけが本心ではないとは思う、苦労や困難も多かっただろうしな。それにイッセンを超えたいと言うことは、少なからず君にとってイッセンは憧れの存在のはずだ。その憧れの相手が進んだ道と同じ道を進むなんてことは、きっとこれが最後の機会だ。それをただただ苦しい気持ちで終わらせるのはもったいないぞ」 わたしよりも辛そうな表情で言葉を紡ぐクロッカスさんに、何も言えなくなってしまう。言っている意味は分かる。元の世界ではきっと、こんなチャンス二度とないとも思う。だとしても……だとしても、納得できない。 「よく考えなさい。まだまだ時間はあるはずだたっぷりあるはずだ」 黙り込むわたしに小さく笑みを浮かべだクロッカスさんは、ドアノブを右手でひねると、外へと繋がる扉を開けてしまった。 外から差し込んできた、彩度の高い、目を焼かんばかりのまばゆい陽の光に、手で目元に影を作りながら、瞼を細めて前を見据える。視線の先には、岩の上に設置してあるガーデンテーブルに集まっているルフィくん達が、扉が開いた音に気づいたのか、全員の視線がこちらを向いた。 「ヒノデ!! クロッカスさん!!」 真っ先に気づいたナミが、慌てた様子でこちらに走ってきた。さっきのクロッカスさんのやり取りで、なんとなく今、皆さんと顔を合わせるのが気まずくて、視線を斜め下に逸らしてしまった。 「傷の方は、新しいのも含めて明日までには塞がるから安心しろ。ただ、左肩の傷は跡は残らないとは思うが、他の傷は無理だ。大なり小なりな傷跡は残る。それと、骨折に関しても、体の内部を見たわけではないから確信をもっては言えんが、外側から触ってみた感じ、体の中で直接血が固定している状態だろうから、外から固定するのはむしろ傷の治りを遅くしかねん。ましてやお前達、船医がいないんだろう? なら尚更だ」 不安げにクロッカスさんの話を聞いていたナミは、ほっとしたように胸に手を当てて小さく息を吐いていた。なのにその後すぐに、何かに傷つけられたようにとても苦しそうに顔を歪めて、わたしを見つめていた。 「ごめん、ヒノデ……傷が」 「ナミ……そんな、気にしないで。ナミのせいじゃないよ」 「でも……」 まるで自分に傷跡が残るかのように、凄く傷ついた、泣きそうな表情で謝ってくるナミを少しでも安心させるたくて、両手でナミの手を握る。 「大丈夫だよ、わたし気にしてないから。それに、ナミにそんな悲しそうな顔される方が辛いよ。だからそんなに気にしないでよ」 今にも雨が降り出しそうな、曇り空みたいな表情をしているナミに、胸に氷のように冷たい針がチクチクと突き刺さる。ナミを悲しませているのはわたしだ。悲しませたいわけじゃないのに、悲しませてしまう現状に、握っているナミの手に力が入ってしまった。 わたしの言葉にナミはまだ納得できないのか、辛そうに表情を歪めていたけれど、最後はわたしが握っている両手を優しく解いて、今度は逆に握り返されてしまった。 「悲しそうな顔くらい、するに決まってるでしょ……。ヒノデが全く気にしないんだから」 「それは、でも……仕方ないことだし」 「仕方ないことなんかじゃないっ!!」 悲痛さを含んだ、叫び声とも怒鳴り声ともとれる大きな声に、肩が大きく震えた。でも、だって、本当にしかたのない事だと思うの……命があって良かったという方が大きくて、傷が残ると言われても、どんな感情を抱けばいいのか分からない。 「ナミ落ち着けって、ヒノデが驚いてんぞ」 「ウソップくん……」 肩で辛そうに息をしているナミを落ち着かせるように、ウソップくんの手がナミの両肩に置かれた。 「ヒノデも、ナミは本当にヒノデの事心配してんだよ。傷の事もさ、ヒノデの事が大事だから怒ってんだよ。それに流石にちょっとお前気にしなさすぎだぞ」 「それは、そうだけど…………そうだね。ごめんね、ナミ」 下を向いたまま、わたしの両手を握り締めているナミの顔を覗き込むようにして声をかけるけれど、ナミは何も言葉を発しないまま、どこか疲れた表情をしてわたしの目を見つめてくる。 「心配なの、ヒノデは……傷跡の事もそうだけど、自分の事にまるで興味がないみたいで、心配なのよ」 「いや、そんな事はないと思うけど……」 何、その破滅的なわたしのイメージ。そんなこと言われたの初めてだし、自分の事に興味ないなんて、そんな思考は持ってない。 あまりにも後ろ向きなナミの言葉に、さっきのクロッカスさんとのやり取りもあって、苦笑いを浮かべてしまう。わたしよりもよっぽど今のナミの方が後ろ向きだと思う。 ナミの言葉に困って、苦笑いを浮かべていると、ナミは更に泣き出しそうな表情をしながら、わたしの両手からゆっくり手を離した。 「ナミ?」 様子のおかしいナミに、不安になって、なるべく優しい声を意識して声をかけたけれど、ナミは小さく首を横に振った後、聞き取れないくらいの声量で何かを小さく呟いた後、何か、隠すような……作られた笑顔を浮かべて言った。 「急に怒鳴ってごめんね、ヒノデ」 「そんな、それは大丈夫だけど……ナミあの……」 何を最後に言ったのか聞き取れなくて、聞いていいのか迷いながらも口から声がこぼれたけれど、ナミはわたしの言葉を振り切るようにして、ルフィくんとサンジさんの方に向かってしまった。 「ナミ……!!」 もしかして何か気に障ることをしちゃったのかもしれない。慌ててナミの背中に伸ばそうとした手は、横から伸びてきた大きな手に腕を掴まれたことで、届くことは無かった。 「やめとけ」 「ゾロさん……」 掴まれた腕の先には、眉間に皺をよせて、なんだろう……憐れ? いや、哀しいもの見るような目をしてわたしを見ているゾロさんが居た。なんでそんな目をしてるんですか……そんな、哀しいものをみるような目をされるような事はしていないはずなのに。 いつの間にかウソップくんも、ゾロさんにあとは任せるとでも言うように頷くと、黙って話を聞いていたクロッカスさんと共に、ナミ達の所に向かってしまった。 「あの、ゾロさん、わたしナミのところに」 「今はやめろ」 「でも……ナミが心配です。放してください」 「……ナミもヒノデの事を心配してんだぞ」 そんなことは分かっているのに、まるでわたしが分かっていないみたいに言うゾロさんに、苛立ちで頬がひきつったのが自分でも分かった。ナミがわたしの事を心配してくれていることは、心配をかけているわたしが一番分かってる。 「そんな事は、わたしが一番分かってます」 「分かってねェから言ってんだろ」 「分かってないって……何がですか?」 本当に何を言っているのかが分からなくて、ゾロさんの表情を言葉を見逃さないように見つめるけれど、ゾロさんは何か、得体のしれない物でも見るように、静かに目を細めた。 「お前、死ぬつもりはないよな」 「え?」 なんでそんなこと聞くの? ココヤシ村で聞かれたことと同じことを、また言われるとは思ってなかったから、多分今すごく困惑した表情をしていると思う。そんなわたしをゾロさんは静かに見つめながら、なおも話を続ける。 「いや、違うな。死ぬつもりはないとは聞いたけど、お前、生きるつもりもないんじゃねェか」 まさかの言葉に、冷たいこわばりが額から顔全体へと広がった。 なにを、そんなこと、わたし、どうして。 いろんな感情や言葉がないまぜとなって、駆け巡るけれど、はくはくと口が何かを発しようと動くだけで、何も言葉を発することは出来なかった。指先が氷水につけられたかのように、じんわりとした嫌な寒気が全身へと立ち上ってくる。 「お前、自分に興味がなさすぎるんだよ。傷の事も含めてだが……アーロン達から助け出した時、自分がなんて言ったか覚えてるか?」 「いや、あの……覚えて、ない、です」 やっと絞り出した声は震えていて、ひどく情けなかった。 そんなわたしの様子に気付いているのか、気付いていないのか、気付いていて無視しているのか……更に話を続けるゾロさんに、喉が渇いて仕方ない。ゾロさんの背中越しに見えるナミ達が、一向に自分たちの所に来ないわたし達を不審そうに見つめている。 「『助けないで』って言ったんだぞ」 口から小さく息が漏れた。自分が今どんな顔をしているのか分からなくて凄く怖い。 「状況が状況だったから、分からなくはねェが……それを抜きにしても、お前、自分に興味ないだろ」 「そ、そんなこと、ないです」 「そんなことない奴はもっと、自分の傷の事とか気にするだろうが。女なら尚更だ。なのにお前仕方ないって……」 がりがりと困ったように頭をかきながら、ゾロさんの鋭い瞳がわたしを貫く。 「でも、本当に仕方ないって思って、わたしの、せいなので……」 「お前のせいじゃないだろうが、アーロン達につけられた傷なんだから」 それは……そうだけど、そうじゃないんです。心の中でそう付け加えるけれど、口には出せなかった。 だって、本当はこの世界に居るはずがないわたしが居たことで、ナミを苦しめていたんだもの、本当だったらココヤシ村だけのことでよかったのに。それなのに、本来存在しないわたしの事まで背負わせた。だからこの傷はわたしの自業自得で、罰みたいなもので……。わたしが居なかったら、もっと、もっと、色んな事がスムーズに進んだかもしれないのに。なのに、わたしが居ることで状況を悪化させた。わたしが、わたしがこの世界に居なければ……わたしが。 そう思ったとき、すとんと、胸の底に何かが落ちるように、この世界にとって自分と言う存在がどんなものになりえるのかが、腑に落ちた感じがした。 「どうした?」 さっきまでのわたしの真意を暴くような雰囲気は鳴りを顰めて、ゾロさんの声色はいつもより柔らかいものだったけれど、今のわたしの心臓は、鼓動が壊れてしまいそうなほど大きな音を立てていて、答えられる余裕がなかった。 なんで今まで気づかなかったの? 本来ここに居るはずのないわたしが居るということが、どういう状況をもたらすのか……自分の事ばかりで考えてもいなかった。わたし、この世界に居るの別の意味でダメだ。だって異物が入り込んでいるようなものだ。だからきっと皆さん、わたしの雰囲気が浮いているとか、存在しているのかしていないのか、と言うんじゃないの。 「おい、本当に大丈夫か?」 冷や汗が額に浮き上がってこめかみを伝う。傍目から見ても異常な様子のわたしに気づいたんだろう、焦った様子でゾロさんの心地の良い低い声が聞こえてきたけれど、わたしを気遣うようなその声が、言葉がより一層わたしの心臓を締め付けた。 自分の中で出た答えを噛み締めるように、咀嚼するように、つばを飲み込んでから、わたしなりの、とびきりの笑顔を作ってゾロさんを見上げる。 「大丈夫です、すみません。そうですよね、気にするべきですよね。生きているのが実感できないくらいだったので、傷の方まで意識が向かなくて」 「……」 「だからまだ、傷跡が残る方まで意識を向けられる余裕がなくて。それに、ナミや他の皆さんがわたし以上に気にしているのもあって、余計冷静になってしまって」 不自然なくらい矢継ぎ早に話す自分を、もう一人の自分が空中から見つめているような気分だった。 「ですから、色々なことがありすぎて、傷跡まで意識を向けられなくて、すみません」 「……そうか」 納得はしていなさそうだったけれど、それ以上ゾロさんは何も言わず、わたしに背を向けて一言「行くぞ」と言うことだけ告げて、ナミ達のところに歩いて行ってしまった。 その背中を見つめながら、心の中でゾロさんに、ナミに、皆さんに、クロッカスさんに謝罪する。仲間になりたいなんて、この世界でお祖父ちゃんを超えたいなんて甘い夢を見るなんて、一緒に旅をするのは楽しそうだなんて、思っちゃいけなかった。早く帰らなくちゃいけないだなんて、そんな話じゃない。わたしはこの世界に居ちゃいけないんだ。ここはわたしの世界では『物語』なんだ。わたしが居ることで、その『物語』を壊す可能性がある。壊すというのが、わたしだけならいい。でも、それがナミや皆さん達に降りかかったら? クロッカスさん、楽しめと言いましたね。でも無理です、気づいちゃったから。わたしがこの世界に存在すること自体が、皆さんの旅の行く先に、何をもたらすかが分からないから。だから、わたしは──この世界から早くいなくならないといけない。 【 章一覧|TOP 】 |