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蝶は薔薇の香りに惹かれる 2


「そう、道に迷ったの。それは大変だったわねぇ。」


女性は、黒子を家に入れた後、客室に案内してお茶を出していたところだった。
部屋はとてもきれいだった。豪華なソファーに黒を基調とした家具、アンティークなティーセットが自分のイメージにぴったりだった。


こういうお屋敷には紳士的な老人か、こういう女性が住んでいるんだよな……と、黒子はひそかに想像していた。彼女にはなんとなく気恥ずかしいから言わないけど。


「駅ならここを南に進むとあるわよ。地図、渡しましょうか?」

「ありがとうございます。そうしてもらえるとありがたいです。携帯の電池が切れて、電話もできなくて……」


黒子はぺこりとお辞儀をした後、出された紅茶をすすった。

砂糖は入れていない、というか出されなかった。彼女が嫌いなのだろうか。それでも砂糖じゃない、ほのかな甘みが口のなかいっぱいに広がる。不思議な味だ。


「………おいしいですね、紅茶。」

「あら、ありがとう。うれしいわ」


クスクスと女性が笑う。ホントにきれいな人だなあと、黒子は紅茶を飲むのも忘れて見とれてしまった。


「そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわね。なんて言うの?」

「黒子です。黒子テツヤ」

「そう、黒子君。私はスイというの。」

「スイさん。素敵な名前ですね。」


スイと名乗った女性は紅茶を艶のある口に運んだ。黒子ははっとしたように、彼女に習って紅茶をすすった。一口飲んだのだから残すのは失礼だろう。



……あれ?なんだかくらくらしてきた……



この部屋の明かりが薄暗いせいだろうか?それとも練習のしすぎだろうか。


「……ねえ、黒子君。彼女とかいるの?」

「え?」


突然、彼女がそんなことを尋ねてきた。黒子は一瞬、不振に思ったが意識が朦朧としてたので特に注意もせず口を滑らした。というかそんな情報がなんになるというのか。


「いえ、いません。彼女とか、そんなことより部活の方が忙しくて……」

「部活、なにやっているの?」

「バスケです。」

「そう、バスケ。だからそんなに汗が臭うのね。」


臭う?服は下着まで全部着替えたし、スプレーもちゃんとしてきたはず……
ちゃんと考える前に、黒子はがたんと崩れ落ちた。


体の自由が効かない、指の一本も動かせない。意識もさっきよりもはっきり薄れてきた。もう目を開けてるのすらきつい。いったい何故?そう考えるも、頭がしっかり働いてくれない。


「クスクス……効いてきたみたいね……」


遠くでそんな声を聞きながら、黒子は意識を失った。





















あ、れ……



ここは……



重い頭を動かしながら、黒子は目を開けた。


体を起こそうとしたが、なぜか起き上がれない。

なぜだろうと思い始めたとき、黒子はようやく自分が縛られていることに気がついた。

因みに縛られている、といってもロープなんかで縛られているわけではなく、両腕に手錠ががっちりしてある。


(あれ?なんで僕、縛られて……)


きょろきょろとあたりを見渡す。
少し暗くてあまりわからないが、おそらくベージュの壁、赤いカーペット。自分のいる部屋にはそれ以外何も確認できなかった。


また、異様な臭いも感知していた。獣のような、少しつんと来る臭いと、ついさっきかいだ甘い匂い。


黒子はおかしいのは手錠だけではないことにも気がついた。

足には太ももまであるタイツ、腕にも肩までありそうな黒い手袋?が身についてるだけで、他には何も着ていないのだ。
つまり、半ば裸状態である。


「あら、ようやく気がついたの。」


どこからか、さっきの女性が現れた。



「なかなか良い格好してるわよ、とっても、とってもね。」

「スイさん……」

「今、何が起こってるのかわからないって顔してるわね。ああ、その顔いいわ、ぞくぞくする。」


くすくすとスイが笑った。黒子は、わけがわからなかった。


この人が僕をこんな格好に?何故?それに、こんな格好、正直はずかしくてたまらない。手錠でもされてなければ大急ぎで逃げ帰りたいくらいはずかしい。


……もしかして彼女がこの格好を?


黒子の考えを悟ったのか、スイその薄い唇をねっとりと開いた。


「紅茶にちょっとイタズラしちゃったの。眠る薬と……まあ、もうひとつは後で教えてあげる。」

「なんで……」


ふふっと笑いながら、スイは黒子に近づいた。近づき、自分の顔を黒子の顔に近づける。


「私ね、実は妖怪なの。若い男を喰らう妖怪。」


予想外の返答に、黒子は悪寒が走った。
妖怪?いや、それ以前に喰らう?ということは食べられるのか?
さっと、血の気が引いた。


「あら、勘違いしないでね。喰らうといっても、食べるわけじゃないのよ?人間の肉なんて食べないし、牛や鳥の方がよっぽど味が良いし。」


くすくすとスイが笑った。


牛や鳥の方が味がいいってことは、食べたことがあるのだろうか?


「これでも貴方の30倍くらいは長く生きてるのよ?50年くらい前まではヨーロッパあたりを色々旅してたんだけどね、あきちゃって。それでたまたまここを見つけて住み着いちゃったってわけ。」 

「じゃあ……」

「貴方をどうするかって?」


くいと、スイは黒子のあごを持ち上げた。


「こうするのよ」


スイと黒子の唇が重なった。

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