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そしてゆるやかに眠れ


じりじりじり……


みーんみーんみーん


じゅわじゅわじゅわ……



この季節特有の、蝉の音が、体感温度をさらに高めている気がする。


暑い。たまらなく暑かった。


特に、部活をしていたせいだろう。疲れもあいまってこのうえなく暑い気がした。


日が容赦なく照りつける。日本特有の、暑くて、湿っぽい夏。



花宮はこの「夏」という季節が嫌いだった。体力を必要以上に消耗する。部活にも支障が出るし、体調も崩しやすくなる。


彼は比較的体が弱かった。頻繁にとまではいかないが、特に季節の変わり目やこのように蒸し暑い日には、体を壊しやすかった。


このごろ、異常気象や例年より気温が高い、とニュースでは良く報道される。それがよりこの夏を熱く感じさせているのではないか?

考えてもそれでこの暑さが変わるわけではない。花宮は、消耗していく体力と、どうしようもないいらだちから、空を見上げちっと舌打ちをした。


どうせ、誰も見てはいないだろう。


いや、この暑さだ。どうせ自分の小さい舌打ちなんて、聞いていはいまい。



ふいに花宮は誰かとぶつかった。


黒い服に身をつつみ、黒い日傘を差していた女性だった。

女は振り向きもせず歩いていった。


(あやまりもしねえのかよ)


花宮はさらに舌打ちをした。


道で空を見上げ、突っ立っていた自分も確かに悪い。が、ぶつかってきたのは相手のほうだ。せめて誤る事くらいしてもよくはないだろうか?


体力の消耗と、この暑さが花宮をさらに苛立たせた。


ここにいても疲れるだけだ。そう考え花宮は帰宅するために歩を進めようとした。

_____?


足元を見ると、そこに、お菓子を入れる缶が落ちていた。


(こんなもん、さっきあったか? いや……)


良く見るとそれはかなり古かった。かわいらしい女の子の絵が描いてあるラベルが張ってあるが、絵柄からして昭和くらいのものらしい。缶やラベルもずいぶん茶色くなっている。


その割には、外傷はほとんど見られなかった。誰かが使用しているらしい。


花宮は、それを拾って振ってみた。何かが入っている。


とたん、それは激しく動いた。きいきいと鳴き声のようなものもする。花宮はびっくりしてそれを落としそうになった。


……生き物……か?


直感が頭をよぎったが、嫌な予感がして、考えるのを止めた。


さて、ここで新たな問題が浮かんできた。この缶は一体誰のだろうか?

きょろきょろとあたりを見渡す。該当しそうな人物はいない。


(もしかして、あの女が落としたのか?)


ふと、そう考えた。

いや、だが、ぶつかったときに缶が落ちる音はしなかった。缶が落ちるときは派手に音がする。普通は気づくのではないか?


少し考えて、いや、女に気を取られ、ましてこんなに暑いのだ。気づかなかったことも考えられる。


缶の中身は、もう動かなくなった。


(………………)


花宮は、しばらくその缶を見つめ、女が歩いていった方向に走った。

いや、走らなければいけない気がした。

あの女に、彼女に、これを渡さなければ。否、会わなければ。



街は、暑さのためか蜃気楼ができていた。

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