青の破軍
2
目が覚めたのは、チャドにギリギリで半ば叩き起こされてからだった。
結局昨日は部屋に戻っても寝れなくて、よくあるように「あと5分〜」とか言ってたら「15分置きに起こしにきてこれで8回目なんだが」と疲れた声で言われてようやく起き上がった。
あっ、チャドって黒い人のことね。始めてチャドの名前聞いたときは某死神マンガの某人物を思い出したわ私。
ところであの死神マンガはいつ完結するんだろうね。くいんしーだかなんだか知らないけど、パワーバランス崩れすぎだしなにがなんだかさっぱりだったよ! まあ買うけどさ!!
あっと話が脱線してしまった。戻すとして……。チャドに起こされてから、私は遅めの朝食を取りに行った。
朝食といっても、周りは既に昼食を取り始めていたから、どちらかというと朝食抜きの昼食をということになる。
食堂? は期待と緊張が入り交じって不思議な活気を帯びていた。全員が胸の中に留めることのできない興奮を言葉にしている。
宇宙の仕事はいくつかやっているのを見たことがあったけど、ここまで活気づいているのは見たことがなかった。というか、参番隊のここまで無邪気な顔を見るのが始めてな気がする。
年相応、と言えばそうなんだけど、以前の彼らは常に顔のどこかにアザがあったり、笑ったかと思えばびくついてそそくさと物陰に隠れたりということがほとんどだったから。
オルガがクーデターを起こしたのもわかる気がする。
私はそんな彼らの様子を見ながら、まだ気だるい体に鞭打ってなんとか食事を取っていた。
これから宇宙にあがる、そしていつ戦闘が起こってもおかしくはない。それなのにパイロットとして、睡眠不足のうえに空腹なんてありえない。ちょっとキツいけど、元々朝からカツ丼とか平気でいけてたから、なんとかリバースする気配もなく食事を進められそうだ。
……ああ、そういえば、
「ねえタカキくん」
「はい」
「トドって誰かわかる?」
昨日の夜、オルガがトドがどうのこうの言ってたけど、その、誰か思い浮かばなかったんだよな〜。
私が覚えているのは、社長とハエダ、出っ歯、それにぎりぎりデクスターさんくらいだったし。あとは、顔と名前が微妙に一致しない人達ばかりで。
一軍がいるときはほとんど社長としか話す機会なかったから、仕方ないって言えば仕方ないんだけどね。
「トドさんは、ヤマギの隣にいる人ですよ」
私はヤマギの隣にいる人物を見た。
3〜40代くらいだろうか? 元々1軍だったのだろう、冴えない顔にはちょっとだけひげが蓄えられていて、病気かと思うくらいビールっ腹が飛び出ていた。
私は思わず「あー……」となんとも言えない言葉をもらした。顔はちょいちょい見たことある。
ざわつく元参番隊の中で、ひとり細々と食事を取っている。あのクーデターの後、自らの意思でここに残ることを決めた辺り、どうやら長いものに巻かれるタイプの人間なんだと認識した。
なるほど、ああいう人間なら小細工のひとつやふたつ行いそうだ。1軍なら、なおさら。
スクランブルエッグをつくじりながら考えを巡らせていると、タカキくんがじっと私を見つめていることに気がついた。
「どうしたのタカキくん」
タカキくんは一瞬しまった、という顔をして、少しだけ目を泳がせて、それから観念したように恐る恐る私に問いかけた。
「あの、アイリンさんは、宇宙で戦闘になったとき、あの羽根つきのMSで出撃するんですよね」
私はうんと答え、それからそれがどうしたの? と聞いた。するとタカキくんは、少しだけ照れたように笑って、「いえ、ただ、楽しみなんです」と言った。
「戦わないことに越したことはないんですけど、アイリン凄く強いから見てみたいなあって。そりゃあ、ギャラルホルンはおっかないですけど、でも、三日月さんとアイリンさんがいれば、なんとかなるんじゃないかって」
一口スープをすすった後、タカキくんは「もちろん団長さんにおやっさん、昭弘さんとか、頼れる人はもっともっといるんですけどね」と付け加えた。
「タカキくんはMS乗りに憧れてるの?」
「はい! かっこいいし、みんなを守れるようになるじゃないですか」
タカキくんは元気に頷いた。
男って、みんなそういうの好きだよね。特にタカキくんくらいだと、憧れる年齢なのかなあ。
確かにパイロットは設計士やオペレーターなんかと比べて、派手な仕事だ。活躍によってはここの皆を守ることだけじゃなく、火星を死の星に帰ることだってできるかもしれない。
そのぶんリスクも大きいけど、年の近いミカちゃんなんかがあれだけ上手くMSやMW扱ってたら、いつか自分もと思うのは当然なのかも。
それに、タカキくんはちびっこ達のリーダーだから、守らなきゃって使命感もあるのかな。
「そうだ。宇宙に出たら、MSの操縦教えてあげよっか? 機体のことはよくわかんないけど、戦い方のことは色々教えることはできると思うから」
「ほんとですか!?」
タカキくんは椅子から勢いよく立った。
「ぜひ、お願いしますっ。 俺、一日でも早く上手くなりたいんです!」
「三日月じゃなくて悪いけど」
「全然構いませんっ。 教えて貰えるだけで、ありがたいですから!!」
よっしゃあーっ、とタカキくんはとても嬉しそうににガッツポーズした。そして、丸っこい目をキラキラさせて、よろしくお願いします! と頭を下げた。
……前々から思ってたけど、タカキくんって、すっごいかわいいよね。なんだか弟ができたみたい。なんだか、こっちまで顔が綻びそう。
「おいおい、そんな安承けしていいのかよ」
隣にいたユージンが面倒くさそうに呟いた。あまり機嫌がよくないらしい。ギャラルホルンのことが、気がかりでしょうがないんだろう。
「これから何があるかわかんないんだし、乗り手は多い方がいいもん」
私はにこにこしながら答えた。
誰かに教えることってなかったもんなあ。上手く教えられるかな? なんか、ちょっとだけ楽しみになってきた。
みんなのテンションとは裏腹に、むすっとした顔で肉をつつくユージンに世間話でもしようかを口を開いたとき、ふいに、いつやってきたのだろうか、アトラの声が食堂中に響いた。
「わ、私をっ! 鉄華団の炊事係として雇ってください!」
突然何を言い出すのかと、全員の視線がアトラに向いた。
アトラは大きいリュックを背負って、必死なんだろう、顔を真っ赤にして叫んだ。
「女将さんには事情を話してお店は辞めてきましたっ」
私はぴんときた。
ははあ、三日月だな。
まあ、わかる奴なら一発でわかるだろうけどさ。今回の仕事は長旅だろうしねえ。
「いいんじゃねえの。なあ?」
きっと大体のことはわかってるオルガがミカちゃんに振った。オルガの顔がにやけてる。
「アトラのご飯は美味しいもんね」
ミカちゃんに褒められたのがよほど嬉しかったのだろう、アトラは顔をぱっと輝かせた。
「ありがとうございますっ、一生懸命、頑張ります!」
「よおしっお前ら! 地球行きは鉄華団初の大仕事だ! 気ぃ引き締めて行こう!!」
「おーっ!」
オルガの鼓舞で、全員が一斉に拳を突き上げた。
うーん、こういうのいいね。好きよ私。
それに、ミカちゃん言ってたけど、アトラのご飯美味しいもん。ご飯があったかくて美味しいってだけで、モチベーションが違ってくるもん。ていうか逆に毎日冷たくてまっずいご飯食べてたら死ぬ。気分的に死ぬ。
女の子が増えるっていうのも単純に嬉しいし、アトラが来てくれてよかった。
……まあ、ぜーんぜんノリにノってくれない奴も隣にいらっしゃるけどね。
「ちっ! 調子に乗りやがって。俺たちはギャラルホルンに目を付けられてんだぞ」
「まあまあ、いいじゃんこれくらい。ユージンももっとテンションあげていこーよ。笑って笑って」
ユージンはわざとらしくため息をついた。
「この状況でどうやってテンション上げてくんだよ」
「よっしゃ行けハロ」
「ちょっ、まっ、ぶははははははは!!」
料理をつついていたユージンの手が止まった。というのも、ハロが手を伸ばしてくすぐり攻撃をかけているから。
ユージンってくすぐり攻撃めちゃくちゃ効きそうな顔してるよね。
想像通りというか、予想以上に効いたらしい。ユージンは今までにないくらいお腹を押さえて爆笑していた。
「こいつ、手が伸っ……ひゃはははっ! やめろってこのっ」
「止めなくていいから思う存分やっちゃえ」
『認メタクナイモノダナ〜』
「出る! 食ったもの出るからっ! ぶはははははははっ!!!」
ユージンの爆笑具合を見て、食堂にいたほとんどのメンバーが一斉に笑った。
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