青の破軍

3


とうとうこのときがやって来た。

宇宙に、地球に、向かうときが来たんだ。

私はウキウキしながらシャトルに乗り込んだ。

やっぱり、違う世界でも、故郷に帰るのはなんとなく体が疼くものだよ。

シャトル自体は商業用というか、比較的安いものを選んでるから、乗り心地はあまり良さそうとは言えないけど。

とにかく人をたくさん乗せることを考えて作ってある。だから、シャトルの至るところに席がずらりと並んでいた。これ、たぶん後からつけ足されたやつなんだろうなあ。

今回宇宙に上がるのは80人ちょい。私やオルガ、お嬢さん達は少しだけちゃんとした場所に座ることになっている。中は……格安飛行機みたいな感じ?

席は一人ずつしかなかった。入ってきた順に、それぞれ自由な場所へ座る。私はテキトーに空いた前の方を選んだ。


「あ、隣だねユージン」

「てめえさっきはよくもやってくれたな」

ユージンは恨めしそうにぎろりとこちらを見た。

「やったのはハロだもん。ねーっ」

『ハロハロハロハロ』

「お前が指示したんだろうが! おんなじことして仕返してやる!」

「やっだあー、そんなことしたらセクハラで訴えてやるから」

「あんだと!?」

「うるさいぞそこ。もうすぐ動くからな」


オルガに軽ーく注意されて、私はあわててシートベルトを着けた。そして、ハロが漂わないようにしっかり抱き締める。

しばらくするとパイロットがカウントダウンを始め、シャトルがゆっくり動き出した。

キィィィ……とエンジン音がだんだんと大きくなり、シャトルは大きく傾いて地上を離れた。ここまでくれば宇宙へはすぐだ。大地が小さくなり、雲を抜け、青い空がだんだんと黒くなってゆく。

大気圏を抜けると、そこはもう真っ黒な世界が広がっていた。

さっきまでとは違い重力を感じなくなってきた。足が地面につかないし、ハロも浮き上がろうとしてしっかり掴まないといけない。


「宇宙……!」


私は丸く小さな窓に顔を近づけた。

真っ黒な闇。後ろに赤い星があるだけで、ほかには何もない。星の生き物を拒絶した、完全なる無の世界。

なのに、どうしてこんなにも魅力的なんだろう。外に出れば、目玉が飛び出てあっという間に死んじゃうのに。

宇宙は、不思議な世界だ。

タカキくんやシノたちも、小さな窓から見える宇宙に興奮していた。

ふと、後ろで何かがせわしなく動いているのに気がついた。横目で見てみるとユージンがしきりに、手や足をあっちへやったりこっちへやったり。

緊張したような顔つきで、こちらをちらちら見てくる。しばらくすると目が合った。ユージンはしまった、という顔をしてすぐに目を反らした。


「どうしたのユージン、トイレ?」

「いや、そうじゃなくて、その」


ユージンは何かを言おうとして口を開き、あ、とか、う、とか動かしたと思ったら、目をそらして口を閉じてしまった。


「宇宙に上がるのが実は楽しみで仕方なかったとか?」

「……まあ、そういうことだ」


そう言って、ユージンはそっぽを向いてしまった。

なんか、はぐらかされちった。変なユージン。


「あっ! あれがオルクスの船じゃないですか? ほら、あそこあそこ!」


外をずっと見ていたんだろう、タカキくんが叫んだ。みんな一斉にタカキくんの近くの窓を見る。緑色をした戦艦が、まだ少し遠いけどしっかり見えた。


「予定より少し早いな……ん、あれは……」


緑の戦艦から、いくつかの星が光った。それはものすごい速さで動いて、

あれは……。


「ギャラルホルンのMS!」


ビスケットが叫んだ。

そう、あれはMSだ。

この状況でギャラルホルンのMSが数機出てくるとは。なるほどオルガが言っていたのはこのことか。トドのオッサンから商会へ通って、ギャラルホルンにチクったと。


「おい、スモークにもなんかいるぞ」

「はぁー? どうなってやがる!」


トドのオッサンが誰よりも大きな声を出した。演技が上手いな、まるで本当に驚いてるようだ。

……いや、違うな。この人そんな小細工ができるような、器用な人間じゃない。本当に驚いてるのか。

ははあ、きっと商会の奴らにオッサンごと売られたな。不憫な人。

緑の戦艦の奥でまたいくつか星が光った。


「奥のもギャラルホルンか?」


全部で1、2、4……? わからない。目のいいシノに聞いてみると、全部で3機いるらしい。


「トド、説明しろ!」

「俺が知るかっ、ギャラルホルンなんて聞いてねえっ。くそ! おい、退けっ、俺が直接オルクスと話をつける!」


オッサンは椅子を蹴ってコクピットへ向かった。その足でパイロット達の間に入り、機械を動かし始める。

オルガ、シノに続いてコクピット近くまで進んだ。トドのオッサンがあわてた様子で何かを言っているのが聞こえる。しばらく、向こうからのノイズが走り、そのあと男の声が流れた。


『会長から、我々の協力に感謝しているとのメッセージです』


トドのオッサンの顔から、さっと血の気が引いた。きっぱり商会の人から見切られたのだ。なんというか、本当に、かわいそうな人。

まあ、だからと言って慰める気はないけどね。


「協力ってのはどういう了見だ!お前、俺たちを売りやがったなっ」


オッサンはシノに首を締められ、一発がつんと殴られた。体格の良いシノに比べて、オッサンはひょろりといかにも不健康そうな体してるから、一発で簡単にダウンした。


「入港はいい、直進して振り切れ」

「ちっくしょーっ!お前ら許さねえぞ!」

「許さねえのはこっちだ!」


シノ、ユージンが二人がかりでオッサンを押さえる。顔はすでに何発か殴られてアザが出来ていた。

がくんとシャトルが大きく揺れた。みんな急なことでベルトを外していたから、バランスをくずし倒れたり、ふわふわと宙に浮いてしまった。私はとっさに、椅子をつかんでなんとか堪えた。両腕が使えなくなって、ハロは浮いてしまったけど。


「囲まれてる!」


パイロットの一人が、機械をいじり始めた。どうやら向こうのMSから連絡があったらしい。慌てた様子で叫んだ。


「MSから有線通信、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せとか言ってますけどぉ!?」

「さささ差し出せ! そうすりゃ命までは取らねえだろ!」

「お前は黙ってろっ」

「他に助かる方法があるってのかよお!」

「それは……」


オッサンを押さえていたユージンが口ごもった。


「どうすんだ、オルガ!」


シノがオルガを見る。オッサン以外の全員がオルガを見た。

オルガの一言で、ここにいる全員、いや、鉄華団のこれからがかかっていると言っても過言ではない。

差し出すか、戦うか。

オルガはただいつものように、毅然とした態度で前を見ている。

みんながオルガの一言を待っていると、お嬢さんが口を開いた。


「私を差し出してください!」

「わりぃがそれはナシだ」

「ですが!」

「俺たちの筋が通らねえ」


決まった。

鉄華団はギャラルホルンと戦う。

私は思わず口角があがった。そう来なくっちゃ。じゃなきゃ、私が来た意味がない。


「バカかお前っ、状況考え」

「うっせえ!!」


ユージンがまたもオッサンを殴った。


「ビスケット!」

「了解っ。いくよ三日月」

「何っ?」

「三日月!?」


ビスケットがモニター越しに三日月と言った。その場にいる全員が驚く。

がこん、と、頭上で音がした。何かが開く音だろうか。


「バルバトス?」


オルガに訪ねると、彼はなれた様子でウインクをした。


「そうだ。万一ってことがある、だろ」


オルガが手早く説明をした。みんなに内緒でシャトルにバルバトスを乗せたこと。そして、いつ何があってもいいように準備しておいて、ミカちゃんを待機させていたこと。

話を聞いたユージンがまた俺らに内緒で勝手なことを、と文句を言ったけど、状況が状況だから今は黙ってもらった。

とは言っても、敵のMSは全部で大体10機くらい。対してこっちは1機。どう考えても分が悪い。

オルガが昨日言ってた戦艦はまだ来ないの? あれには、私のガンダムがある。


「どいてくれ、俺がやるっ」


シノがパイロットの一人を半ば強引に押し退けた。パイロットの一人は半泣きで席から離れた。この状況がだいぶストレスだったらしい。

まあ、MSのパイロットってわけでもないし、一歩間違ったら自分もあの世行きだからね。


「くっそっ、撃って来やがった!」

「進路はこのままだ! このままでいい」


MS達はなんとかミカちゃんが引き付けてくれているみたいだけど、その代わりに商会の戦艦が攻撃をしてきた。やっぱり、この状況は分が悪すぎる。

商業シャトルに武器なんかついてないもんなあ。おまけに、そんなに早く走れるわけでもないし。

シャトル内にピリピリした空気が流れた。だれがどう見ても、このままじゃやられる。

指示を出しているオルガにも冷や汗が流れていた。

ふと、攻撃がやんだ。窓から見てみると、商会の戦艦が、別の戦艦に攻撃を受けていた。

赤い戦艦。もしかして、あれが……?


「時間通り、いい仕事だぜ昭弘!」


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