青の破軍

3


「……まあ、とりあえずこんなもんかな?」


私はもう一度だけバルバトスの状態をタブレットで確認して、おやっさんに返した。

メカニックマンじゃないし、バルバトスの構造を全て理解できたわけじゃないけど、たぶん動ける程度には修理できるんじゃないかと思う。

それに、流石に修理まで手伝えるほど余裕はないし、そろそろ休憩もしないと。


「疲れてるところ悪いな」


そう言うおやっさんだって目に熊ができていて、顔もだいぶやつれている。

火星でめっちゃ頑張って準備したのに、宇宙に出てすぐボロボロにされちゃ、仕方ないか。

もう少し手伝いができたらいいんだけど、からだ休めるのもパイロットの務めだから。こんだけ疲れてるおやっさんを尻目に休むのも少し気が引けるけど。

おやっさんと気晴らしに少しだけ世間話をしていると、ヤマギがふわふわと漂ってきた。


「おやっさん、あごのとこくっつけるパーツない?」


あごのとこ……って言ったら、あの赤い出っ張りか。


「あー、確か俺の部屋にあった気がするなあ。壊れてて少しいじった記憶が……」


おやっさんは顔を歪めて頭を掻いた。格納庫からおやっさんの部屋まで、少し距離があるからなあ。


「私が取りに行こうか? あんまりここを離れない方がいいでしょ」

「悪いな。部屋のパスワードはこいつだから」


おやっさんはポケットからメモ帳を取り出して、数字とローマ字を組み合わせたものをぽんと渡した。

ほとんどみんなでっかい部屋を大人数で使っているのがほとんどなんだけど、女の子やおやっさんは一人部屋をもらってるんだ。ちなみに私も部屋をひとつ、貰ったりしてる。

せっかく部屋があるんだから、使わなきゃ損だしね。それでもまだいくつか一人部屋は残っているくらいだから。なんかみんな、CGS時代の名残で大人数で寝るのがいいんだって。

私はおやっさんに手を振って格納庫を後にした。

似たような廊下をくるくると漂い、おやっさんの部屋(部屋自体はあんまり使ってないのか小綺麗だったけどものすごい異臭がした)からパーツを取って戻ろうとしたら、ミカちゃんとアトラとお嬢さんが見えた。

でっかいがま口なんか持って、珍しい組み合わせだな。

私は壁をけって進路変更し、ミカちゃんたちに声をかけた。


「お嬢さんたち、3人そろってどちらへ?」

「三日月とアトラさんがお弁当を配りにいくと言うので、私も一緒に……」

「私も一緒に行っていい? ちょうどお使い頼まれてたの」

「ええ、三日月たちがいいなら……」


お嬢さんがちらりとミカちゃんを見る。ミカちゃんは大して興味もなさそうに「いいよ別に」と言った。

アトラも頷いてくれたから、私はお言葉に甘えて一行に加わることにした。

四人で仲良く並んでエレベーターに乗る。でっかいバックもあってか、さすがに少し窮屈だった。


「……じゃあこれから、そのテイワズって人の所に行くの?」


アトラがぼそっと重大なことを言った気がする。

そうなの? 全然知らなかった。なんか、オルガ達が会議してるなあとは思ってたけど。ていうかそのテイワズって何者?


「テイワズって、人じゃなくて会社の名前じゃなかったっけ」

「ええ。ただ、仲介をする人物がいないので、簡単には行かなさそうですね」


またも関心がなさそうにふうんと返事をするミカちゃんを見て、お嬢さんは少しだけ顔を歪めた。


「ふうん、って、興味ないのですか? 大事なことですよ?」

「別に、オルガがちゃんとしてくれるだろ。だいたい俺、アンタがなんで地球に行くのかもよくわかってないし」

「ええっ!? 私たち地球に行くの?」


えっ、アトラ知らなかったの?

知らずに鉄華団に入りたいって言ったのか。さすが火星生まれ、女の子でも胆が座ってる。いや、恋のなんとやらか。


「言ってなかったっけ」


そしてそれを無表情で言うミカちゃんもミカちゃんだ。火星から地球って、まあ近いっちゃあ近いけど、だいぶ長旅だぞ。もしものときはどう責任取るつもりだったの。

今さらだけど、鉄華団って細かいとこ大分ずさんだよね。なんか不安になってきた。ついてきてよかった。


「う、うん。でもどうしよう、おしゃれな服とか持ってないよ」


地球行きだとわかったとたん、アトラは急に下を向いてもじもじし始めた。


「そのまんまでいいと思うけど」


私も思う。そんなに変な格好じゃないもん。ミカちゃんたちだって鉄華団のマーク書いてある洒落た服だし。

たぶん、ミカちゃんたちの背中の阿頼耶識さえ隠していけばなんとかなると思うけど。


「だって地球に行くんでしょ? 田舎者だって思われちゃうよ……」

「アトラは顔がいいからいいよ。地球だって全部が全部都会なわけじゃないんだしさ」

「アイリンは地球に行ったことあるの?」

「行ったことあるっていうか、私そもそもアースノイドだし」

「アイリン地球生まれなの!?」


アトラがさっきよりもびっくりした顔でこっちを見た。お嬢さんやミカちゃんもえっ!? って顔でこっちを見ている。

ち、地球生まれってそんなに驚かれることなの?


「地球生まれってお嬢様じゃん! なんでアイリン地球生まれなのにこんなところにいるの!?」

「こんなところって……」

「こんなところじゃん!」


いや、確かに火星よりはましな環境で育ったとは思うけど、ウチふつうの一般家庭だったからね。たぶんそこのクーデリアさんの方がお嬢だよ。

火星っていうか、宇宙人は総じて地球を過大評価しまくってますよ。いやほんとに。地球だって浮浪者とかホームレスとかたくさんいるからね。

でも、私が説明する間もなく、アトラに同意するかのようにミカちゃんも口を挟んできた。


「そういえば、俺アイリンのことあんまり知らないな。昔研究所で強化手術受けたってことくらいで」


アトラがうんうんと頷いた。あっ、これ、私の過去バナしないといけない感じ? みんな期待してる感じ? お嬢さんもちょっと興味しめしてるじゃないですか。

たぶんすっごい長くなるよ。2クールじゃ足りないくらいの大作になるよ。お弁当配り終わってもまだ序盤終わらないよきっと。みんないい? 準備できてる? オールする覚悟ある? 充電器ちゃんとセットできてる?

まあ話す気はなかったから「女の子には色々あるんだよ」ってさらっと流したけどね。

私の過去バナは諦めたのか、お嬢さんが話をもとに戻して、お嬢さん自身の話をしてくれた。


「私が地球へ行くのは、火星の人々の自由な暮らしを勝ち取るためです

300年前の厄際戦によって、細分化されていた地球の国家権が四つの経済圏に統合されたのは知っていますよね」

「知らない」

「……あっ、そうですか」


あんまりにもあっさりミカちゃんが言い過ぎてお嬢さんがちょっとしり込みしてしまった。

そういえば、私も情勢とか知らないなあ。こっちに来てからニュースとかろくに見てないし、そんな場合じゃなかったし。


「それを受けて、火星、木星などの圏外圏でも、それぞれの経済圏による分割統治が積極的に行われていきました」


それからお嬢さんは、手短に火星の話をしてくれた。って言ってもだいぶめんどくさそうな話だったけど。

バッサリ言うと、戦争終わって火星は頑張ってたけど、戦争中か終わった後に作った契約かなんかのせいで火星の人たち不自由だから、会議のときにそれを訴えたらわりと大物っぽい人が「うんうん大変だね、とりあえず話だけ聞いてみようか」って地球にご招待したってこと?

……うん、あの、私正直こういう政治的な話どうでもいいんだよなあ。

ぶっちゃけこっちの世界の情勢とか知ったこっちゃないっていうのもあるけど、前の世界でも主義理想とかあんまり気にしてなかったし。

ていうか、あんまり考えすぎると腕が鈍りそうだから考えないようにしてる。

だって前の世界はもっとめんどくさい考えや情勢がごっちゃごっちゃしてたもん。イチイチどーのこーの考えてたらキリがないよ。うん。ティターンズ=ジオン残党だと2、3年くらい思ってた。


「……私の目的は、火星の経済的独立を勝ち取ること。それが、すべての火星の人々の幸せに繋がるものと信じています」

「クーデリアさんすごーい!」


お嬢さんの話が終わった後、アトラが目をキラキラさせながら拍手をした。

アトラ、たぶん全部が全部理解してるわけじゃないんだろうけど、とにかくお嬢さんがすっごいことをするんだってことはわかったらしい。私も、たぶんミカちゃんも理解できたと思う。

確かにお嬢さん、まだ若いのにすごいこと言い出すなあ。それを実行しようと、護衛までつけて地球に行こうとするところも。


「ふうん。じゃあアンタが俺たちを幸せにしてくれるんだ」


お嬢さんは、ミカちゃんの言葉に一瞬きょとんとしたけれど、いつものふわふわしたお嬢さんからは考えられないくらい、凛々しい顔をして言った。


「ええ、そのつもりです」


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