青の破軍

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「人権」や「平等」なんて言葉は、余裕がある人間がうたうものなんだと、私はここ数年で学んだ。

日本がいかに平和で、裕福で、幸せなところだったかって、今になってものすごく感じられる。

同時にとても退屈だったんだ、とも思っちゃうんだけどね。


「ふざけんじゃねえぞ!!!」


罵倒と共に、鈍い拳が飛んできた。それは頬を直撃する。か弱い私は、その衝撃にたえられず床に倒れこんだ。


「女くせにまともに洗濯もできねえのか!! 」


男は怒鳴りながら、汚れた服を私に叩きつけた。

……そのこびりついた油は、どうやってももう取れないんだ。そう説明したかったけど、口にはしなかった。

男のその口調、その表情。明らかに私を下に見て、なじって、暴力をふるって楽しんでる。
こういう人間は下の人間が何を言っても聞きやしない。そのくせ、上の人間にはへこへこ媚びを売って。


「この売女め!明日までに汚れを落としとけよ!!」


ひとしきりわめいた後、男は大股でその場を去っていった。

残ったのは、服と、頬のずきずきした痛みだけだ。


「誰が売女だ。……好きでやってるわけじゃねえよ」


小さい声で、私は吐き捨てた。

日本じゃどんな職場だって、こんなこと考えられなかったはずだ。働いたことはないけど。


「ガンダムが直ったら、ここにいる奴らを足で踏み潰してやろうかしら」


そう言って、笑った。もちろん本当に踏み潰す気はさらさらない。あわてふためくあいつらを見て笑うだけだ。……どっかの誰かさんみたく。

笑ったあと、少しむなしくなった。そこから、怒りや、苛立ちがふつふつと沸いてくる。


「もう少し……もう少しだから」


そう、自分に言い聞かせて、爆発寸前の感情を押さえ込んだ。だからそれまで、私はか弱い女を演じなければならない。

もう少し絶えれば私は自由になるんだから。


落ちない汚れとわかっている服を手にして、私は部屋を後にした。


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