Tennis of the Living Dead
001
「ろ、ローストビーフヨークシャープティング添え?」
私は明らかに今後の人生で食べることはないであろう、高級そうな料理の名前を聞いて絶句した。
「ああ。データによると、跡部の好物らしく、本人直々にコックを船まで連れてきたそうだ」
乾は分厚い眼鏡を上げながら、自慢のテニスデータを私に教えてくれた。もう片方の手にはワイングラスが握られている。中身はもちろんノンアルコール。
ことの始まりは全国テニス大会後。テニスの選手育成ナントカ委員会が、今回の大会でいい成績を残した中学テニスプレーヤーたちを集め、強化合宿をすると言い出したのだ。
それで何を思ったのか知らないけど、その合宿を無人島でやることに決めたらしい。何故。
強化合宿はわかる。だけどそれを無人島でやる意味がわからない。都内でいいじゃん。都内じゃなくても本土でいいじゃん。なんで無人島かな?
わざわざ船まで借りきって。あっ、でもこれ榊監督の所有物って言ってたね。どんだけすごいの氷帝。
経費は全部榊グループとナントカ委員会が持つって言うからについてきたけど、このパーリィーも含めて、一体どのくらいの金がかかっているのやら。絶対いらない費用入ってるでしょ。
「パーティーは楽しんでくれているかな」
なんて思ってたら、本人が直々やって来たよ。7月だっていうのにぴっちりと高そうなスーツ着こなして。
うう、どうしよう。私この人あんまり得意じゃないんだよなあ。上手く喋れる自信がない。乾に助けを求めようとしたら、いつのまにかどこかへ行ってしまっていた。ちくしょうあのやろう。
「そ、それにしても、私も今回の合宿に参加してよかったんですか? ただのマネージャーなのに……」
「今回の合宿は半サバイバルだからな。サポーターの一人くらいいなければ、サバイバルに集中しすぎてテニスの練習ができなくなってしまうだろう」
なら無人島で半サバイバルなんかしなきゃいいのに。喉まででかかった言葉をぐっと飲み込んだ。
「それに、青学を全国大会優勝まで導いたマネージャーの力も拝見して置きたいからな」
「そんな特別なことはしてないと思いますが……」
「おっ、青学のマネージャーちゃんやないの」
こ、この関西弁はもしかして、四天宝寺!?
振り向くとやはり四天宝寺の部長、白石さん、忍足謙也さんと財前君がいた。
三人ともローストビーフにつられてやってきたのか、忍足さんと財前君は私のことなどお構いなしに見たり食べたりしてはしゃいでいる。(というかはしゃぐ忍足さんを財前君が適当にあしらいながら一心にローストなんちゃらを食べてる)
まさに渡りに舟。私はほっとして四天宝寺の所に向かった。
「全国大会のときは世話になったなあ。確か名前は……」
「永瀬 あいです」
「そうそう、あいちゃんや。君もこの合宿に参加するん?」
「はい。サポート係として参加することになりました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしゅう」
私は差し出された包帯でぐるぐる巻きの左手を握った。なぜかすこし重いけれど、テニスプレーヤーとは思えないほどしなやかな手をしている。まるで女性みたいだ。
「それにしても、たかだか強化合宿に行くだけやってのに、派手なことしますね」
ローストビーフなんとかをほおばりながら、財前君がぼやいた。
「さっきの跡部さんの乾杯も派手すぎて、うざったかったっすわ」
「こらこら財前、他の学校の悪口はあかんで」
とかいいながら、白石さんも本心は一緒のようだった。その気持ちはよくわかる。
跡部さん上座でひとりスポットライトを受けながらいつものごとく指をぱちーんと鳴らして演説していたから。とてつもなく目立っていた。ドン引き通り過ぎて笑いが出るくらいに。
本当に、お金持ちの考えることはよくわかんないな。
他愛無い会話をしていると、白石さんが大きなあくびをした。会場からはぽつぽつと人がいなくなっている。
時計を見ればそろそろ日が変わりそうだった。
「パーティーもお開きやな。なんやったら、部屋までエスコートしよか?」
「その必要はないよ」
ふと、肩に手を置かれた。少し女性的な声。
うちの天才、不二周介だ。
「ウチのマネージャーはウチが責任を持ってエスコートするから。それじゃ、行こうか永瀬さん」
不二くんに半ば引っ張られるように、白石君にろくな挨拶もできず私はパーティー会場を出た。
会場の外はまだパーティーの熱が冷めきっていないのか、何人かの選手たちが立ち話をしていた。私と不二くんは突っ切るように進む。不二くんの歩幅が少し早い。
「私ひとりでも大丈夫だったよ?」
いつもなら、不二くんこんなことしないのに。さっき白石さんに掛けた言葉にもトゲがあったように思えるし、心なしか少し苛立っているようだ。
「……もしかして、白石さんに負けたことまだ根に持ってるの?」
「まさか。そんなこと、これっぽっちも思ってないよ」
絶対根に持ってるでしょ。
私にその矛先を向けないでくれるかなあ。
気まずい沈黙が続く中、私は自分の部屋についた。
「じゃあ、おやすみ永瀬さん。明日からよろしく」
「こちらこそ。お互いがんばろうね」
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