Tennis of the Living Dead
003
化け物、化け物、化け物。
辺り一面人の形をした、腐った化け物ばかり。
私はピッケルを握りしめたまま桃城くん達の後ろを歩く。また、さっきみたいに襲ってくる奴がいたらいつでも反撃できるように、細心の注意をはらいながら。
私たち一行はあてもなくただ駆け足で移動していた。本当は全力疾走してでもこの場から逃げ出したかったけど、そんなことしたら、桃城くんや彼を支えている海堂くんと河村くんの負担が大きすぎる。
幸いしたのは化け物たちの足がとても遅かったことだ。
どの化け物もひどくゆっくりとしか動かないため、今のところ襲われてはいない。
「手塚、あれっ」
先頭の不二くんが叫んだ。
少し先の左手に、飲食店だろうか? 店がある。目を凝らすと、『珈琲』の文字がでかでかと書かれていた。
「全員、あそこに避難する。行くぞ」
一行の真ん中を歩いていた手塚は先頭の不二くんと合流した後、二人で素早く喫茶店へと向かい、扉を開けた。
全員半ば走りながら中へ入った。
「早く閉めろ!」
「鍵、鍵っ」
「鍵だけじゃダメだ! 机と椅子で補強しないと」
大急ぎで室内にあったテーブルや椅子を扉の前に積み上げていく。
その間に、化け物達が集まってきたのか、扉を叩く音が聞こえてゾッとした。
ある程度積み上げて、私たちは大きく息を吐いた。扉は車でも衝突しない限り開かれることはないだろう。
緊張と疲労で思った以上に体力を使っていたみたいだ。駆け足だったのに全員息が切れている。呼吸を整えながら、室内を見渡した。
開店中はとてもおしゃれなお店だったに違いない。ほとんどのアイテムがブラウン基調で統一されている落ち着いた空間。緑が好きだったのだろうか、あちこちに観葉植物が置かれている。微かにコーヒーの匂いがする。
でも今は机も椅子もバラバラに倒れていて、植物も手入れがされていない。それに、壁や床に、ほんの少しだけど血がついている。
……人が住んでいた形跡はある。なのに、誰もいない。
この島で、一体何があったというの?
「不二、海堂、この店を探索してみてくれ。もしかしたらまだ無事な人がいるかもしれない」
少し落ち着き始めた頃、再び手塚が指示を出し始めた。二人ともだいぶ参っているみたいだけれど、黙って頷いた。
この店に、さっきみたいな化け物がいたらたまったもんじゃないからね。
「手塚。もし、さっきみたいなやつに噛みつかれそうになったら?」
「自分の身が第一だ。何をしても正当防衛になるだろう」
不二くんは眉間にシワを寄せた。
「待って手塚、私も行く」
不二くんと海堂くんが、驚いた顔をして私を見た。
「先輩」
「永瀬さん」
手塚が顔を歪めた。
あの冷静沈着で、いつも無表情の手塚が。
「お前は休め永瀬。心の整理が必要なはずだ」
「大丈夫。行く」
……両手が震える。
手塚は、私のことをとても心配してくれてる。だから、こんな顔をしてるんだろう。
私だって正直、もうあの化け物と会いたくない。
それに出会ってしまったら恐らくさっきみたいなことをすることになる。できることならやりたくない。
でも。
「行かせて」
でも、何かしていないと、私は……。
「……」
気持ちを汲んでくれたのか手塚は長く黙っていたけれど、OKを出してくれた。
他の二人も一緒に行くことに反対してたけど、最終的には渋々納得してくれた。
それから私たちは三人でお店の中を探索して武器になるものを探した。もしまたあの化け物にあったとき、素手で対抗するのはほぼ不可能だろうから。
私は既に武器を持っているからいいとして、海堂くんは包丁を、不二くんはプラスチックのホウキを装備した。
不二くんの武器は武器と言えるようなものじゃないけれど、柄が長く化け物が近づけさせないように使えるかもしれないとのことで、一応持っていくことになった。
準備をしっかり整えた後、カウンターの奥に他の部屋へ続くドアがあったため、三人で探索に向かった。
ドアを開けると廊下があり、いくつか部屋があった。ぱっと見たところ化け物はいない。
私たちはゆっくり、慎重に、一歩ずつ廊下を進んでいく。いつどこから奴がやって来るかわからない。
元々物静かなメンツってこともあるけど、誰一人として喋る者はいなかった。
ほとんどの部屋はドアが開いていて、ぐちゃぐちゃに散らかっていた。
どうやら自分達以外にも先客がいたらしく、特にダイニングが荒らされていて、冷蔵庫はほとんど空っぽだった。
「……ね、二人とも」
私はひとつだけ、ドアの閉まってある部屋を見つけた。
他は全て調べた。あとはここだけ。
化け物が来てもいいように、私と海堂くんは武器を構える。
「いくよ。さん、にい、いち……」
合図とともに、不二くんが勢いよくドアを開けた。
「うっ!」
臭い!
腐った臭いがする。胃の中がひっくり返りそうなくらい、ひどい。思わず鼻を覆った。
部屋中ぶんぶんとハエが舞っている。すさまじい数だ。この中に入るのは嫌だったけど、万一のこともある。たかるハエを払いながら進んだ。
「先輩!」
海堂くんがなにかを指した。
壁にもたれ掛かっている、人?
「死んでるね。腐ってる。ここまでひどい死体は、始めて見るな」
人、だったのだろう。どのくらいここで放置されていたのだろうか? 目も当てられないくらい腐敗している。よく見ると片方の腕がなく、目玉がどろりと飛び出していた。
「……っ! おえっ……」
「永瀬ちゃん、海堂!」
もう限界だった。気がつくと私は胃の中のものをぜんぶ出していた。隣で海堂くんも吐いている声が聞こえる。
ぐちゃぐちゃの吐瀉物。そういえば、最後に口にしたものって、豪華な船のなかで食べた料理だったっけ。
昨日のことなのに、ずっと前のことに感じる。
私は頭のどこかで、せっかく高い料理だったのに勿体ない、と全く関係ないことを考えていた。
どれだけ吐いていったのだろう。胃の中が空っぽになったんじゃないかってくらいもどして、ようやく落ち着いた。口の中が酸っぱくて気持ちが悪い。
「す、すんません」
そう言って謝る海堂くんの顔も真っ青だ。
「気にすることはないよ。ここまでひどいと、ね」
ふと、不二くんが死体の方に近寄っていった。(ぐちゃぐちゃの死体に近づく不二くんを見て、私は改めて彼のことをすごいと思った)
体を縮め、なにかを拾ったあと、それを私たちに見せた。
拳銃だった。よく、ハリウッドのアクション映画なんかで使われていそうなもの。弾も少しだけ残っている。
不二くんが言うには、死体の頭には小さく丸い傷があったらしい。とすると、自殺したのだろうか。
「ここ、日本っすよね? 拳銃なんか使っていいんすか?」
「さあ。もしかしたらここは日本じゃないかもしれないよ。どこか別の国の島だったりして」
「ねえ、それよりも、早くここから出ない? 他に化け物はいないみたいだし」
こんなところ、1秒でも長くいたくない。みんな一緒だったらしく私たちは早急に部屋から出た。
そのとき、ふと、私は部屋に落ちてる紙に気がついた。
(……これ、)
死体の人が描いたメモ? 赤黒い……血だろうか? 何かででかでかと書かれている
『人 たべる
アタマ ウテ』
ひと、たべる、あたま、うて。
人を食べる、頭を撃て、だろうか?
よくわからなかったので、私は二人にメモを見せた。
「人、食べる、頭、撃て、か」
「どういうことだ?」
海堂くんが首をひねった。
「もしかして、あの化け物のこと?」
私はさっき殺した女の人のことを話した。肩からお腹にかけて大きな傷があったこと。でも、頭に攻撃したら動かなくなったこと。
「つまり、やつらの弱点は頭、ってことなのかな?」
「断定はできないけど、その可能性は高いね。……ここで悩んでも仕方がないし、とりあえずこれで全部の部屋を見て回ったから、一旦手塚達のところへ戻ろうか」
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