Tennis of the Living Dead
002
私が気絶している間に他のメンバーが少しだけ辺りを探索していたらみたいで、どうやらこの島に人が住んでいて、住宅やスーパーらしき屋根が見えたらしい。
もしかしたら住宅街に他のメンバーが避難してるかもしれないということで、私たちは街へ向かって歩くことになった。
こういうとき、手塚と一緒でよかったとものすごく思う。手塚がみんなのことをさっとまとめて、的確な指示を与えてくれるから。
誰か道を示してくれる人がいなかったら、喧嘩したり、どうしていいかわらないままだったかもしれない。
とにかく私たちは漂流した砂浜を後にして、森の中で唐突に現れたコンクリートの道路を歩くことにした。
服が濡れて体が重いし、塩でべとべとして気持ちが悪い。本当に、最悪だ。
「なんか、とんでもないことになっちゃったね」
私の隣を歩いていた河村くんが声ぽつりと呟いた。
「そうだね」
「……佐伯と黒羽は大丈夫だよ。永瀬が元気でいるんだから、今頃、ふたりとも俺たちみたいに歩きまわったりしてると思う」
「うん、ありがとう」
私はにっこり笑った。
本当に、こんな優しい人たちと一緒でよかった。
それにしても、全く人気のない島だ。かれこれ一時間ほど歩いているけど、人ひとり見かけない。もしかしてあるのは建物だけで人はもういないとか?
英二くんが何かを見つけたのか、先の方を指を差して叫んだ。
「大石! 人、人がいる!」
「人? どこに」
「見えるんだってば。ほら、ちょっと遠いけどあそこ」
「ほんとだ、いるっスね」
リョーマくんも目を細めながら言った。
じっと指された方向を見つめる。最初はよくわかんなかったけれど、男の人らしい、ひどくゆっくりこっちに向かっている。
「街の人かもしれないっすね。俺がちょっと声をかけ……」
ぴたりと桃城くんが立ち止まった。
なぜか彼は最後まで言葉を続けることなく、黙って向こうをにらみつけた。
「どうした桃城、行かないなら俺が行くが」
「ちょっと待ってください大石先輩。なんか嫌な予感がするっス。」
嫌な予感?
大石が不思議そうに首をかしげた。
「なんつーか、こう、上手く言えないんスけど、とにかく、やめた方がいと思います」
ひどくあやふやな言い方だ。というか、本人でさえ上手く表現してなくて困惑しているみたいだ。でも、顔は今まで見たことがないくらい険しい。
大石も桃城くんの顔を見てただ事じゃないと判断したみたいだ。
「どうする手塚」
「桃城がそう言うなら無下にはできんな。少し様子を見よう」
桃城くんの助言で、私たちは森の中に隠れて様子を見ることにした。身を隠すこともおかしいことだったけれど、桃城くんが全く引かなくて、みんな渋々従った。
男の人はまだ粒にしか見えないくらいの距離だった。彼を見つけてから10分くらい経っているのに距離感が全然変わっていないのは不思議だ。
10も歩き続けたら、子供でも少しは近くに来てるものじゃない?それが、全然変わっていない。どれだけゆっくり歩いているんだろう。
「なんかあの人、動きが変じゃない?」
しばらくして、不二くんが言った。
「足、怪我してるのかにゃー」
確かに男の人は足を引きずるようにして歩いている。でも、それだけじゃない。無気力に手をぶらりと下げて、ちょっと心配するくらい首を下にしてる。今にもポロリと取れそうなくらいだ。
「まるで……」
リョーマくんが呟いた。
「まるでゾンビみたいな歩き方っスね」
ふいに、男の人が顔をあげて私と目が合った。
その瞬間、私は絶句した。
顔の皮膚が腐ってる。半分ただれてぐじゅぐじゅになった肉が見えていた。
「…………!!」
思わず叫び声をあげそうになった。
だって、考えられる? 道を歩いていたら顔が腐った人間と目が合うなんて。
私がそうしなかったのは、私が叫ぶ前に叫び声が上がったからだ。私と同じで腐った顔を見たからじゃない。もっと切羽詰まった声だった。
「桃城っ!?」
手塚が珍しく驚いた顔をしていた。
「なんだよこいつ! 離せよ!」
なんと、森の中から出てきたのか、女の人が桃城くんの足に噛みついていたのだ。
女の人は、獣のように唸りながら桃城くんの足に歯を食い込ませている。歯はすでに深く刺さっているようで、彼の足から血がにじんでいた。
桃城くんが必死に頭を離そうとするけど、女の人は全然離れようとしない。他のメンバーもあわてて女の人を剥がそうとするけどずっと桃城くんの足に噛みついている。
ぶちぶちぶちっ。
嫌な音がした。
離れたと思ったら、桃城くんの肉を食いちぎっていたのだ。
「ぐあああああっ!」
桃城くんの悲鳴が響き渡る。
「桃城ぉ!」
海堂くんが桃城くんに駆け寄る。食い千切られた足からは血がとめどなく流れていた。
「うっ……」
ひどい。
そう、言い表すしかなかった。ひどい怪我。歩くことすら困難だろう。あまりにもひどすぎて直視できない、私は思わず目をそらした。
それが、よかったのかいけなかったのか。私は気がついてしまった。先程の女の人が、新たな獲物を求めて、みんなに近づいていることに。
みんな桃城くんのことで、女の人に誰も気づいていない。女の人はカチカチと歯をならしながら、ゆっくり距離を縮めている。
このまま放っていたら、また噛みつくだろう。
「あ……」
危ない。そう叫ぼうとして、ふと足元に置いてあるものに気がついた。
(これ、ピッケル? なんで……)
なんでこんなところに転がっているんだろう?
いや、それだけじゃない。このピッケル、先が赤黒く汚れている。どうやらサビじゃないみたいだ。どちらかというと、乾いた血みたいな。
……。
乾いた血?
もしかして、これで、人を?
私はピッケルを拾い上げ、握りしめた。
やらなくちゃいけない? ……そうしないと、いけない気がする。
私は気づかれないように静かに、でも素早く動いた。
後ろから歩み寄って、大きく振りかぶる。大丈夫、気づかれていない。
「ふんっ!」
思いきり、後頭部に向かってそれを降り下ろした。ごつんと嫌な音がする。そこでみんな、背後に忍び寄るものに気がついたらしい。目をかっと見開きながら女の人をみた。
女の人は動きを止めたあと、ふらりと倒れた。
(……わたし……)
わたし、殺した。殺した? ひ、人を?
両手を見ると、赤い斑点がぽつぽつと飛び散っている。ピッケルの先は生暖かい血でべっとりしていた。
女の人は、頭に穴を開けて倒れている。口の中に食べかけの肉を少し残したままぴくりとも動かない。
……この女の人、この人も、肉が、削げてる? 顔は土気色で、口の回りだけ皮膚がただれているみたいだった。所々傷があってぐじゅぐじゅに腐っている。
(えっ?)
この女の人、体に傷がある。切り傷だ。日本刀か何かで切られたみたいに、背中からへそあたりまで線が通っている。
この人? もしかして、死んでいた?
……死体が動いていたというの?
「だ、大丈夫かい? 永瀬さん」
「え?」
「顔が真っ青だよ」
不二くんが、今までに見たことないくらい心配そうな顔している。
……そうだ、桃城くん!
慌てて桃城くんを見ると、乾が険しい顔をして傷口を診ていた。桃城くんは歯を食い縛りながらぜいぜい言っている。
「ひどい怪我だ。これはすぐに病院に行かないと駄目だろう」
「とりあえず止血をしないと」
大石が上着を脱いで、桃城くんの太ももに巻き付けきつく縛った。
「先輩、さっきのやつがこっちに近づいて来てます」
リョーマくんが言ったことで気づいた。男の人はさっきの女の人みたいに、唸りながら歯をカチカチとならしている。
この人だけじゃない、よく見たら、森の中に同じような人たちが何人もいた。
「……部長ゾンビみたいなやつ、あちこちにいますよ」
「まずいな、移動しよう。海堂と河村は桃城を背負っていけ」
海堂くんと河村くんが桃城くんを支え、私たちは急いでその場を離れた。
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