既視
 どうやら一時的な記憶喪失ですね
 、と都合の良い診断をしたのは如何にも頭の良さそうな、眼鏡をかけた医者だった。
「幸いにも日常生活に関する知識の欠落は見られないのでしばらくすれば治りますよ」
 医者は安心させるように微笑んだ。
 その気遣いに罪悪感を感じた。実際には記憶喪失にはなっていないが、現状が把握出来ない以上はこのまま記憶喪失という設定にしておいた方が良いだろう。 正直、目が覚めたら幼児化していた上に男になってました。なんて言葉信じてくれるとは思わない。
 普通の大人ならば、子供の狂言といって捨てるだろう。

「千歳くん、帰ろうか」

 診察室から出ると、赤みがかった茶髪の女性が待っていた。
 手を差し出してきた女性に子供らしくはーい、と返せばその手を握り返した。 その手はとても暖かくて、母を想像させた。

 子供になって早数日。
 持ち前の演技力で何とか子供らしくしているが、なかなか疲れるものだ。同時にとても楽しいとも思ったが。コチラの明星千歳、この身体の少年は孤児らしくあの女性にお世話になっている様だった。
 そんなある日、寄ってたかって一人の少年を虐める集団が目に入った。これは捨て置けない。

「おい!お前ら何してるんだよ!」
「うげ、明星じゃーん」
「わー、逃げろ逃げろ!」

 無邪気に逃げる子供たちに嫌悪感を隠さずため息をつく。どの時代もこういう子供はいるものだ。残ったのは金髪の少年だった。

「きったねぇの」
「うっ……うぅ」

 正直に感想をいえば少年は俯く。顔は見えない。けれど、泣いているだろう。
 その場に座り込む少年に手を差し出す。

「男なんだから泣くなよ」

ズボンのポケットから未使用のタオルを取り出して少年の涙を拭いてやる。近くで見るまで気が付かなかったが、どうやら怪我をしているみたいだった。「ちょっとまってろ」と声をかけて、先生を呼んでくることにした。

「零くん、またやられたの?」
「だって!アイツらが……」

少年の名前は降谷零というらしい。ほう?先生はテキパキと手当をして「もう泣いちゃだめよ」と言った。

「でも、アイツらこういうんだ。お前は零/ゼロだから何も無いって」

そう言われても泣きべそをかく少年にこう言った。

「私達はまだ何者でもない。だから何者にでも慣れる。だからさ、何も無いってことは何にでも慣れるってことだろ?だからあんな奴らの事なんか気にするな。それに……」
「?」
「零(ゼロ)って何かカッコイイだろ?俺はお前の名前は素敵だと思うよ」
「本当に?」
「そんな嘘なんかつかないよ」

だからお前は笑えと少年の頬弄れば「擽ったい」と笑った。「お前にはそういう顔が似合うよ」そう言った時には涙は止まっていた。

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