哀しみに沈んで

例えばこの世界から海賊がいなくなったとしたら、本当に平和は訪れるのだろうか。

「早く逃げて!リリー!」
「お母さん!!」

きっとそれはNOだ。海賊がいなくなれば、次の悪がきっと必ずやってくる。そういうものだ。どうやら人間は、正しいだけでは生きていけない生き物だとあの幼き私は知ってしまったのだから。
目の前で殺された母は最後まで必死に私に逃げろと叫んだ。助けられなかった。殺された母に背を向けて走ることしかできなかった。私たちが一体何をしたというのだろうか。

「海軍に入る…?まだ小さいじゃないか。」
「私にはもう、帰る場所も帰りを待ってくれる人もいないです。母は目の前で殺されました。」
「……そうかい。だからそんな目をしているんだね。可哀想に、こんな幼い子が。私の名前はつる。私についておいで。」

その日から私は海軍に入隊した。といっても、まだ幼すぎた私に与えられる仕事など、雑用でしかなかったのだが。

「お母さん…いつか、必ず仇を打つからね。」

ただそれだけを目標にどんな事にも耐えてきた。どんなに苦しくても辛くても、胸の中にある憎しみだけが私の支えだった。

「リリー。」
「何?おつるさん。」

ただ、そんな私にも大切だと思えた人がいた。中将のおつるさんだ。あの日、ボロボロの私を拾ってくれた人。育ての親のような存在だ。時には厳しく、私が生きようとしている世界の過酷さを教えてくれた。

「よく頑張ったね。もうリリーは一人前だよ。」

だけど、それ以上の大きな愛を私に注いでくれた。だから、この人だけはもう失いたくないと思うのだ。

「これから先、きっと辛いことや悲しいことが待っている。だけどね、絶対に幸せだと思える時もやってくるものさ。その時は楽しむんだよ、リリー。憎しみだけで生きていたら、天国にいるお母さんが悲しむ。」
「おつるさん…」
「なんで顔をしてるんだい。心配しなくても私はどこにも行かないよ。」

困ったように笑いながら私の頭を撫でてくれた。

「さぁ、いっといで。あんたのことを待ってる人たちがいるよ。」

今日は20歳の誕生日。そして、中佐になった日だった。
この年で大佐になるのは異例だが、海軍に入ったのが4歳だったリリーにとってそれは至極当然のことだった。時には嫌味を言われることもあったが、そんな事はどうでもいい。きちんと認めてくれる人がいるという事実だけでよかった。

「ネフェルト・リリーです。これからよろしくね。」

部下の多くがおつるさんの下で切磋琢磨してきた仲間たちだった。だから、どんな時でも楽しく過ごすことができた。そんな日々がいつか、私の心を溶かしてくれると思っていた矢先だった。
真っ黒な闇が船の下にできたかと思うと、一気に全てを飲み込もうとした。必死に抵抗したが、船は大破。仲間は散り散りとなり、必死に船の破片に捕まった。闇の先にいた男を忘れることはないだろう。

「許さない…」

また大切な人たちを見殺しにしてしまったあの日、やっぱり私の心は硬く凍りついてしまった。

「おい!大丈夫か!!」

そんな時に助けてくれた青年。その心配そうに私の顔を覗き込む表情を最後に私の意識は途絶えてしまった。