祝福まがいの呪いをかけて

目を覚ました時、満点の星空が私を包むかのように見下ろしていた。波の音が規則正しく聞こえてくる。恐ろしいほどに落ち着いた波は、私の記憶をゆっくり呼び覚ます。

「みんな…!!うっ…」

飛び起きると肩から背中にかけて激痛が走る。思わず声を出してしまうほどの痛みに何が起きたのかを鮮明に思い出させた。

「目、覚めたか。」
「貴方は…」
「いやー驚いたよ。沖合で大破した船の破片と共に流れていたんだからな。よく助かったな。」
「私以外に仲間は…!?」

しかし、それは答えを聞く必要がなかった。青年の顔を見れば分かった。きっと、私の仲間はもう…

「すまねェ。俺が見つけた時はアンタ一人だった。」
「…そう、ですよね。」

悪運が強かった。大切な人を犠牲にして私はいつだって生き延びてしまう。どうすればよかったのか。突然やってきたアイツは一体誰なのだろうか。

「…傷、かなり痛むだろ。大丈夫か?悪いな、俺は医者じゃねぇから応急処置しか出来てねェ。傷、残らなきゃいいな。」
「ありがとう。でももういいの。手当てしてくれたなら、分かったでしょ?私はもう傷だらけだから。」

母が目の前で亡くなったあの日、私も大きな傷を負った。背中に大きく切られた跡は今でもくっきりと残っていた。

「女なんだから、そんなこと言うもんじゃねぇよ。」
「変な人。こんな私を女としてみてくれるの?」
「女じゃなかったらなんなんだ?変なやつだな。」

訳がわからないと言ったように首を傾げる青年。海軍は圧倒的に男社会。女はどうしても力の差で上へ上り詰めにくい。結婚をすれば出産だってする。となると自然と辞めることを選ぶ。子育てをしながら海軍で働く人は本当に稀だった。
だからだろう、女に期待しない人はたくさんいた。辞めろと遠回しに言ってくる人もいた。だから女であることを忘れさせるくらい、私は必死になって鍛錬を続けた。それしか、私に残された道はなかったから。

「お前、これからどうするんだ?」

青年は少し心配そうに尋ねてきた。私の傷を思ってのことだろう。

「ちなみにここは…」
「ここは名もなき島。最近できた島だと思うぜ。見ての通り何もねぇ。だから、助けを呼ぶにしても難しい。」
「そう…」

海軍基地に戻れば何とか出来るだろう。だが、その海軍基地にどうやっていけば良いのか。

「次の島に俺は用があるんだ。そこでよければ乗せていってやるよ。」
「いいの?」
「いいぜ。俺はポートガス・D・エース。アンタの名前は?」
「ネフェルト・リリー。」
「リリーか。いい名前だな。」

太陽のような笑顔を見せたエース。初めて会ったというのに、まるでそうだと思わせない。遭難した私を拾ってくれたのがエースで良かったと心から思う。
そんな命の恩人のエースだが、少し気になったことがあった。

「エース。貴方はどうしてここに?」
「あぁ、旅をしてるんだ。仲間もいるんだが、そいつらには先に行ってもらった。」
「私のせいで…ごめんなさい。」
「俺がしたくてしたんだ。気にすんな。」

これ以上はもう終わりと言わんばかりに、エースは船を準備する。慌てて私も手伝おうとしたが、思った以上に体が言うことを聞いてくれない。そんな姿を見て、エースは「ったく、座ってろって。」と少し呆れたように笑った。
誰かに心配されたのは本当に久しぶりのことだった。熱が出たり、怪我をすると母はいつも心配してくれた。なぜかそれを思い出してしまった。

「エースって面倒見がいいって言われない?」
「なんだ、急に。」
「なんとなくそう思って。」
「弟がいるからな。あいつは心配ばかりさせやがるんだ。」

懐かしむように笑う彼はまるで太陽のようだった。
そんな彼と共にボートに乗り込み、島を目指す。大海原を渡っている時でさえ、話が弾んだ。昔から知っている友人かのような時間は、久しく感じたことのない感情が溢れ出たようだった。
気を使わずにいられることがどれほど難しいことだったか。気を張り詰めて生きていたから、きっと気づかなかったのだろう。

「ここでいいか?」
「ありがとう。助かった。あなたが困ったときは、必ず私が助けるから。」
「……まぁ、俺はそんなヘマしねぇからないとは思うが、そん時は頼むよ。」
「えぇ。…また、会おうね。」
「あぁ。」

そうして私たちは別れた。別れ際、エースが何かを言った気がしたけれど、うまく聞き取ることができなかった。そんな聞き取れなかった言葉を思い出したのは数時間後。海軍本部で見たエースの懸賞金が書かれた紙だった。

ーー俺は海賊だから、会うときはきっと敵同士だろうけどな。

少し眉毛を下げながらそう言った彼が鮮明に思い出される。あぁ、どうして今なのだろうか。鼓動が速くなる。胸が苦しい。どうして出会ってしまったのか。

「エース…どうして海兵の私を助けたの。」

唇を噛むとうっすら血が滲む。海賊は悪だ。それ以上でも以下でもない。私はそうやって生きてきた。なのに気を許してしまえるほどの彼は…もう一度会いたいと願った彼は海賊。

「憐れね。少し優しくされただけで心を揺らすなんて。私はそんなのじゃないでしょ。」

言い聞かすようにつぶやく言葉は、寂しげに散っていく。今ならまだ間に合う。元に戻れと言う心の中の私の声が聞こえる気がした。