天国でどうか、また君と

「深雪…!!おい!しっかりしろ!!」
『…伊之助。元気だねぇ…』
「当たり前だろ!!お前が…お前が助けてくれたから…!!」
『泣かないで。伊之助。男の子でしょ。』
「うるせェ!すぐに助けてもらえる!まだ目ェ閉じんな!!」

痛みが感じられない。まさか、弟子に抱き抱えられて終わるなんて…想像もしていなかった。

「動ける者ーーっ!!武器を取って集まれーーっ!!炭治郎が鬼にされた!太陽の下に固定して焼き殺す!人を殺す前に炭治郎を殺せ!!」

悲痛な叫び。冨岡さんの声だった。信じられない。あの優しい子が、妹を人間に戻すために戦ったあの子が…

『伊之助、行って。私もすぐ行く。』
「おまっ…!ここにいろよ!」

刀を地面に突き刺し、何とか立ち上がる。それを止めようとする伊之助の手を払う。

『まだ私たちは鬼殺隊!!君の責務を果たしなさい!君の責務は私を止めることではない!炭治郎を…止めることだ!!!』

柱として、師範として。きっともうこの子達に何も残してあげられない。ならば、最期は命を守りたい。

『杏寿郎さん…力を貸してください。』

脚にグッと力をいれる。呼吸を深く。
もう痛みなんて感じないのだから、何をしたって私は止まらない。止まるときは、この命が燃え尽きたとき。でもそれは今ではない。

『炭治郎!!!』

そこに居たのは完全に鬼と化してしまった愛する弟弟子。禰豆子が止めても聞く耳を持たない。

『雪の呼吸 壱ノ型 吹雪』

炭治郎の攻撃が他の人に当たらぬ様、何とかして止める。そんな中、視界に入ったのは覚悟を決めたカナヲちゃんの姿。

「深雪さん!」
『カナヲちゃん!』
「私が、炭治郎にこの薬を!!」
『…任せて。貴方を絶対に傷つけさせはしないから。』

初めて聞いたカナヲの叫び。何を言いたいのかわかった私は、片手に力をいれる。

「花の呼吸 終ノ型 彼岸朱眼」
『雪の呼吸 終焉 雪椿』

駆け出すカナヲちゃんに合わせて走る。まるで死へのカウントダウンをする様に、心臓が大きく音を立てる。

『炭治郎、ごめんね。…鬼にさせてしまってごめんね。私が側にいたのに…。早く戻っておいで。炭治郎。』

炭治郎の攻撃が止まった。刀が手から滑り落ちる。

『炭治郎。禰豆子…』

倒れかかるように炭治郎と禰豆子を抱きしめる。
ドクドクと心臓から音がする。あと少しだけ、あと少しだけ耐えて。
気を抜いて閉じてしまった瞼はもうどんなに力を入れても開こうとしない。だから、どうなったのか分からない。だけど、禰豆子の嬉しそうな息遣いと共に聞こえてきた言葉。

「お兄ちゃん!」
「ごめん、怪我大丈夫…か…」

炭治郎の声と共に歓声が聞こえた。
良かった。炭治郎、戻ってきたんだ。
炭治郎、そう声を出したいのに声が出ない。
少しずつ、心音が小さくなっていく気がする。

「おい!おい!!目ェ開けろ!!約束だろ!!閉じるな!!」
「深雪さん!!炭治郎が目を覚ましたんだよォォ!!起きてよォォ…!!」

伊之助も善逸も泣き声でそう言った。善逸は耳がいいから、きっと私がもう目覚めることはないことを知っているだろうに。
それでもまだ、私を求めてくれる。

「深雪さん!!!私、もっとお話ししたい!!」
「深雪…さん…嫌だ…死なないで。」

頬に雨が降り注ぐ。あれ、あんなに晴れていたのに。大量の雨が口元にも降り注ぐ。ちがう。雨じゃない。これはきっと涙。彼らの涙が私を濡らしてる。
目を、覚ましたい。覚ませるかな。だってこの目で炭治郎の無事を確かめたい。禰豆子の頭を撫でてやりたい。善逸にはよくやったと声を掛けてあげたい。伊之助には心配をかけたねと感謝を伝えたい。
そして何より、私のことを待っていてくれている弟、千寿郎。あの子を力いっぱい抱きしめたい。
だけどどんなに頑張っても、命が燃え尽きようとしているのが分かる。
ああ…あの時、杏寿郎さんはこんな感覚だったのだろうか。

「深雪。」

杏寿郎さんの声が耳元に聞こえた。

温かい風が私を誘う。振り向けば、杏寿郎さんが桜の木の下に立っていた。
やっと、やっと…会える。貴方に。

『…泣かないで。』
「深雪さん!!」
「おい!起きてんなら目ェ開けろ!!俺様を見ろ!!深雪!!!」
『…伊之助、善逸…禰豆子、たん…じろう…そして、せ…千寿郎…』
「早く早く…!!深雪さんの治療を…!!血を止めてよォォォォ!!!」

ドタバタと走って私の方へやってくる足音が聞こえる。きっと、治療班だろう。でももう、私は…集中すれば出血を止められるのに、それすらもできない。もう、出来ないの。
みんな涙声で私を引き留める。
ごめんね、君たちを置いていくことを許して。

『私の可愛い、妹と弟達…』
「喋んな!!血が止まんねェだろ!!!」
「…深雪さん?」

目元から涙が溢れてこぼれ落ちた。
でも、悲しくなんてない。だって、あんなに想像した死は一人寂しく死ぬものだったのに、こんなにも愛してもらえた。こんなにも大好きな人に囲まれて死ぬことができた。

『愛しているよ。いつまでも。』

そう、私が今まで笑顔でいられたのは君達のおかげだった。君たちがいたから、悲しみのどん底から這い上がることができた。


桜の木の下で微笑む彼に向かって走り出す。

『杏寿郎さん!!』
「深雪。」

両手を広げて待ってくれている彼の胸元に飛び込む。桜の香りと共にずっとずっと探していたあの温かさが私を包み込む。

『もう、絶対に離しませんよ。』
「あぁ。俺も同じ気持ちだ。」

泣きじゃくる私を抱きしめる。そして、優しく私に口付ける。

「さぁ、行こう。深雪。」
「何処へ?」
『そうだな…それは歩きながら決めよう!』

温かく大きな手に引かれながら、温かく春めいた道を歩く。溢れる想いは涙に乗せて、もう一度この温かさを感じるられるよう、彼の手をギュッと握る。
すると、微笑んでくれる彼。
例え、この身が滅びようとも、想いは不滅。
きっとずっとこの人を愛し続けるのだろう。