たとえ、この身が滅びようとも

無惨を目の前にした時、足元がいきなり無くなり今はまるで上へと押し上げられている。勢いよく、まるで地上へと押し上げられる力になす術なく、何かに捕まっていることでやっとだった。

気づけば私は地上に出て横たわっていた。まだ空は真っ暗で、朝が来る気配なんてさせない。

『ここは…』

少しの間気絶をしていたのだろうか、目の前では無惨と柱達が戦っていた。

「村田ーー!」

冨岡さんの声が聞こえた。村田さんの方を見ると、そこにいたのは目を疑うような姿になった炭治郎だった。

『た…んじろ…』

駆け寄りたい、今すぐにでも無事を確かめたい。だが、今はーーー

『雪の呼吸 陸ノ型 』

目の前で戦いを繰り広げている彼らの元へ走り出す。
無惨が攻撃をする…今!!

『青女の息吹』

無惨の斬撃をまるで吸収するように消し去る。

「深雪ちゃん!」
「美影、無事だったか!」
『遅くなってすみません。』
「小賢しい…」

目の前にした無惨は正直恐ろしかった。寧々の言った意味が分かる。寧々は強かった。だが、それ以上いや…比べることができない。それ程に強い。
攻撃を絶やすことなく、無惨に立ち向かっているのに腹が立つほどに効いている実感が湧かない。

『蜜璃ちゃん!!!!』

攻撃を避けたはずの蜜璃ちゃんが大きな傷を負った。すかさず伊黒さんが彼女を離脱させるべく、抱き抱える。

『雪の呼吸 弐ノ型 小雪の舞』

冨岡さんの手から刀がこぼれ落ち、それを庇うように私や伊黒さん達が攻撃をする。

『雪の呼吸 伍ノ型 白魔の渦』

力を込める。もう一度、もう一度…私の命を全てかけても良い。刀よ赫く…染まって!!
その瞬間、真っ赤に染まった刀。その勢いのまま無惨を叩きつけるように斬る。
片腕一本切り落とした。だけど、結局は再生する。それでも…再生速度は遅い!!

『雪の呼吸 参ノ型…』
「美影!!!」

不死川さんの声にハッとし、無惨の攻撃を避けるようにして飛ぶも、肩から胸にめがけて大きく傷を負ってしまった。

『うっ…』
「美影!」
『だい、じょうぶ。まだやれる。』
「無理すんな!その状態で…」
『不死川さん。』

泣きたい。痛い。もう辞めたい。どうして私はこんなことをしているんだ。そう思う。今ですらそう思う。
だけど、足を止められない。

『私は、雪柱。杏寿郎さんの思いを継ぐ者だから!!』

力を込める。赫刀はそのまま、それがまだ戦えると伝えているようだった。

『赫刀で斬ったところは再生速度が遅いです!全ての力を刀に注ぎ込んでください!そうすれば…!』
「うるさい小娘だ。お前から死ね。」

その瞬間、猫が一匹目の前に現れた。何かが飛んでくる。突然の出来事に動けず、何かが首元に刺さった。その瞬間、先程までの激痛が治った。

『雪の呼吸 肆ノ型 六華』

細かい斬撃をいくつも飛ばし、無惨の注意を私に向ける。そしてその直後に他の人が攻撃を入れる。
すると、見慣れた斬撃が急に現れる。

「いだァァ!!やだァァもォォ!!」
「くっ…」
「いってェェェ!!この糞虫が!!」
『善逸!カナヲ!伊之助!!』
「お前たち生きていたか…!!」

無事だろうとは思っていたが、深い傷を負っているようにも見えず安心した。しかし、目の前にいるのは無惨だ。どうなるのかは分からない。

「深雪さん!俺たちのことは気にしないで下さい!!」

まるで見抜かれたように善逸にそう言われる。

『…もう、一人前ね。』
「つまらぬ小細工ばかりするな!!蝿共が!!」

無惨の怒りは沸点をこえる。その瞬間だった。見えなかった。気づけば攻撃をされ、壁にめり込むように倒れる。
真っ暗で静かな空間。

「お姉ちゃん!!」
『寧々…?』

そこには、杏寿郎さんと泣きそうな寧々が立っていた。

「早く起きて、このままじゃ炭治郎が!」
『でも、私はもう…』
「俺は君を信じている。立て、深雪。柱として師範として。責務を果たすんだ。」

その瞬間だった。強い胸の痛みと共に覚醒する。

『炭治郎!!』

目の前では炭治郎が一人戦っている。生きていた。あんな姿になってもまだ戦うことを諦めていない。それに比べて私は…!!

『炭治郎、鼻ばかりに頼らない。集中。』
「深雪さん!」
『援護する。無惨からの攻撃は全て私が止めてみせるから。』

炭治郎の技に続き、炭治郎の目の前から攻撃をなくす。しかし、炭治郎の身体は限界をとうに超えていた。バランスを崩す。

『炭治郎!!』

間に合わないとそう思った時だった。伊黒さんが炭治郎を助けてくれた。

「夜明ケマデ四十分!!」

夜明けはもうすぐ。あと少しで全てが終わる。この苦しみから解放される。
無惨は生きることに執着するやつだ。だから当然、この状況で戦う意味など持たない。死なぬために逃げる。

『待て!!無惨!!!』

追いかけるも、追いつくどころか徐々に距離が生まれる。しかし、それを止めたのは炭治郎と伊黒さんだった。無惨は何とかして逃げようと分裂を試みたようだが、分裂することは叶わない。そう、珠世さんとしのぶさんが作った薬のせいで。

『…まずい。』

動きが止まった。本来なら今、攻めるべきだが嫌な予感がした。そういうときの私の勘は良く当たる。

「深雪!」
『伊之助…!こっちに来てはだめ!!』

私は私を助けるために来てくれた伊之助の元へ走る。その瞬間だった。無惨から放たれた電撃のような攻撃。

『あああああっ!!!』

感じたこともない痛みが左腕を中心に体を巡る。

「深雪…!!!」
『伊之助…無事?』
「お前!左腕…!!!」
『伊之助行って!!あいつを止めるの!』

走り出した伊之助。
目の前に落ちている自分の左腕。
涙が溢れて視界がぼやける。

「深雪さん!止血します!」

まだ巡るように痛む身体。比較的無惨から離れていたからこの程度で済むのだろうが、伊黒さんと炭治郎は大丈夫だろうか。
まだある右手で刀を握る。今の私はきっと戦力外だ。だけど…

「深雪さん!これ以上戦ったら…!」
『ありがとう。でももういいの。だって、ほら…』

明るくなり始めた空を見る。

『私たちの勝利は目の前まできてる。』

止める隊員に笑顔を向ける。そんな私を誰も止めることなんてできない。私はもう一度走り出す。

炭治郎が善逸が伊之助が
蜜璃ちゃんが実弥さんが伊黒さんが悲鳴嶼さんが

無惨の動きを止める。
私も最期の力を振り絞る。今ならあの技を使えるかもしれない。

『雪の呼吸 終焉』

杏寿郎さんがあの日使った技のように熱く。

刀から雪と椿の花びらが舞うように現れる。炭治郎と冨岡さんが刺し続けている横から

『雪椿』

突くように無惨の頸を刺した。刺さった刀を絶対に離さない。

「お姉ちゃん、私もいるよ。」
「俺もそばに居る。」

私の握る手を包み込む様に二人が支えてくれる。
その瞬間、私たちの勝利を告げる様に朝日が差し込む。悶え苦しむ無惨。何とかして私と炭治郎、冨岡さんは抑える。

『炭治郎…!!!』

しかし、無惨も諦めてはいなかった。生きることに。炭治郎を吸収し、膨れ上がる。

『くそ…早く死んでよ…!!!』

膨れ上がった赤ん坊の様な風体をした無惨を皆が止める。何とかして足止めする。

『雪の呼吸 終焉 雪椿』

技を終えると吐血する。
この技をあと一回してしまえばきっと私は…
だけど、片腕の私が残された技はこれしかない。
そう思った瞬間だった。無惨が叫び声を上げながら、塵となって消えていった。
勝利したのだ。漸く、漸く…
歓声が町中に響き渡った。