『あ、不死川さん!』
「よォ。元気だったか。」
『えぇ。元気でしたよ。いつものおはぎでいいかしら?』
頷く姿を見て、私はおはぎを取りに行く。
私はこの町で甘味処を開いている。経営は楽ではないけれど、何とかやっていく事ができたのは、今ここでおはぎを注文した不死川さんのお陰でもあった。
不死川さんは私が作るおはぎを気に入ってくださり、仕事仲間にも広めてくれたようで、沢山の人が来てくれた。どの人も美味しそうに食べてくれるものだから、作り手としてはこの上なく嬉しかった。
『どうぞ。』
「ありがとなァ。」
だけど、やっぱりこの私のおはぎを見つけてくれた不死川さんが美味しそうに食べる姿を見るのが一番好きだった。こんなにも美味しそうに食べるものだから、私はついつい見てしまう。
「なんだァ?何か付いてんのか?」
『いいえいいえ、美味しそうに食べてくれるから嬉しくて見てしまっただけです。』
「そうかよ。」
最初こそはこの口調と態度にビクビクしていたが、食べる前に言う「いただきます。」食べ終わったら「ご馳走様でした。」というところや、「ありがとなァ。」と言うところ…たくさんの小さな思いやりに触れた事で、そんな印象は払拭された。
だけど、そんな彼を私は何も知らない。
知ったことも多いはずなのに、増えた傷の理由も、偶に見せる哀しげな表情も、時々鋭い眼をして急に去っていく理由も…
「最近、変わったことはなかったか?」
『変わったこと…最近行方をくらます人が多いと聞きます。』
「いつからだ!」
『えっ?えっと…一月ほど前から』
「チッ…これもっとけェ。」
『これは?』
「肌身離さず持っとけ。…夜は出歩くんじゃねーぞ。」
『えっ、ちょっ不死川さん!!』
おはぎの代金を多めに置いて店を出ていく不死川さんを追いかける。
『待って!』
手を伸ばし、彼の服に手を伸ばして何とか袖を掴む。まさか、掴まれるとは思っていなかった彼は驚いたように私を見る。
「何だァ?」
『不死川さん、一体何と戦う気なの!?』
大きな鋭い眼を見開く彼を見つめる。
知らないなりに考えた。彼の傷の理由を刀を持つ理由を…哀しげな表情をする理由を。
きっと何かと戦っている。私には分からない何かと。でも、きっとそこには正義がある。
『心配なんです!貴方のことが!』
こんな力もない私なんかに心配されても、彼にとっては余計なお世話なのかもしれない。鬱陶しいと思うかもしれない。それでも言葉にしてしまった。言葉にせずにはいられなかった。
『貴方が、貴方が好きなんです!』
私は知っているから。強くたくましく、自分をしっかりもっていて、心優しいということを。
「…わりィ。」
たったそれだけだった。
それはそうか、私は甘味処の店主で、彼はお客さん。それ以上でも以下でもない。だけど、それにしては近くにいすぎた。大好きになってしまうのも、時間の問題だった。
だから、想いを告げたのは後悔していない。だけど、やはり堪える。
『…そうですよね。ごめんなさい。また、来てくださいね。』
彼の顔を見れなくて、後ろを向き店へ戻った。
暖簾をおろし、店に入ると近くにあった椅子に吸い込まれるように腰掛けた。そして、声を上げて泣いた。ただただ、涙が止まるまで泣き続けた。
気づけば、あたりは暗くなってしまっていた。
『いけない…寝てしまってたんだ。』
泣き疲れて寝てしまった私は、まだ片付けが終わっていない店内を見てため息をつき立ち上がった。
ふと、目の前に置かれていた御守りのような形の袋が目に入った。
『…藤の花の匂いがする。』
そういえば、彼からはいつもほのかにこの香りがしていた。これじゃあ、余計彼を忘れられない。
だけど、あの真剣な目を思い出すとどうしても捨てる気にもなれなかった。
『片付けは明日しよう。』
何も終わってはいなかったが、何もする気にはなれなかった。明日早く来ることを誓い、店を出て自分の家へと向かう。
外へ出ると、丸くて大きな月が私を見下ろすように光っていた。
『そういえば、夜は出歩くなって言われたな。』
何となく嫌な予感もしたため、足早に帰る。すると叫び声が聞こえた。それは幼い女の子の声だった。
考えるのよりも先に体が動いた。最近行方をくらますという事を耳にしていた事もあり、守らなきゃと思ったのかもしれない。
着いてみると、女の子が泣きながら尻餅をついていた。そして、目の前には…
『えっ…』
「餌が自ら来るとは嬉しい事この上ない!今すぐに喰ってやろう!まずはそこの子ども!」
その瞬間、子どもに向かって私は走っていた。そして、抱き抱える。
「チッ…!まあいい、二人いっぺんに喰ってやる!」
抱き抱えて逃げるが、追いついてくる。しかし、鬼はある一定の距離に入った瞬間、悶えた。
「お前…藤の花を持っているな…くそっ近づけん!」
不死川さんに貰ったものを思い出した。私を本当に守るためにくれたのだ。感謝しながら逃げるが、鬼も諦めず追いかけてくる。体力は限界に近く、脚に力が入らない。そしてとうとう、転んでしまった。
「お姉ちゃん…」
『大丈夫、大丈夫よ。これを持って全力で走って。これを持っていれば絶対にあれは来ない。さぁ、行って。』
涙目の少女にあのお守りを渡し、走らせる。鬼はすぐそこまで来ていた。あぁ、私は此処で死ぬのか。
『不死川さん…助けて。』
ポツリと呟いた瞬間、私の背後に知っている気配がした。振り向くと、私の大好きな人が立っている。
「夜は出歩くなって言っただろうがァ!」
怒っているのに、表情はすごくホッとしたように見えた。そして、彼は何かを呟くと腰にさしてあった刀で一瞬で鬼の頸をはねた。
立つことができない私は座り込みながら、その姿を見る。振り向いた彼は私の方へと歩いてくる。しゃがみこみ、視線を合わせる。
「怪我、してねぇか?」
『はい。』
「そうかァ。」
『あ、あの…女の子が…』
「あぁ、ちゃんと保護した。安心しろォ。」
『良かった…』
安心した途端、涙が溢れた。優しく拭ってくれる彼は私の背を優しく撫でてくれた。
それから彼のことを聞いた。いったい何をしている人なのか、鬼とはどう言う存在か。
『私、何も知らなかった…。』
「いや、いい。それでいい。本当は知らなくていい事だからな?」
哀しげな表情は家族を失ったせいなのだろう。大切な人が失う怖さを知っているから、そんな表情になるんだろう。私はそんな表情をする彼の頬に手を添えてしまっていた。
「…やめとけ。俺は強いけどなァ、死なねぇとは言い切れねェ。」
『それでも、いい。好きなんです。貴方のこと、ずっと待ってますから。貴方の大好きなおはぎを作って…待ってますから。』
「そりゃ…ぜってェ死ねねぇな。」
フッと笑った彼は私を抱きしめた。そして私もその大きな背をすがるように抱きしめる。
「…後悔すんなよ。」
『不死川さんこそ、もう…離してあげられませんからね。』
「上等だァ。」
彼は鬼を狩る人。私は菓子屋を営むただ店主。
生きていく重みは違えど、愛してしまったらもう止められない。
今はただ、この人がこの人らしく居られる場でありたい。帰ってきた時に、一瞬でも私たちと同じように過ごしてほしい。だから、私はどんな時でも店の暖簾を掲げて待っている。
私の愛する人の帰りを。
「春。」
『実弥さん!おかえりなさい!』
この言葉を伝えるために。