常闇に光る剣を片手に、鬼の首をあっさりと切り落とした。つい先程、死を覚悟した私とは反対に、彼は息をするようにその鬼の命を絶ったのだ。
「…大丈夫か。」
『はい…あの、ありがとうございました。』
「礼など必要ない。俺は俺のすべきことをしたまでだ。」
キラキラと輝く星空の下、彼は淡々とそう言った。そして、訪れる沈黙。何を考えているのか分からないそんな彼は、私に近づく。
「立てないのか?」
『いえ…』
「まだ鬼がいるかもしれない。家まで送る。」
差し出された手に私の手を重ねる。冷たく冷え切っているその手は、何度も何度も刀を握ってきたのだろう。握っただけで、どれだけの努力を重ねてきたのかがわかるものだった。
『私、朝日春といいます。貴方は…』
「冨岡義勇。」
『冨岡様…』
「富岡でいい。」
『そうはいきません。助けていただいた恩がありますから。』
半ば無理矢理だった。かしこまられることに慣れていない様子の彼はすごく居心地が悪いような顔をしていたが、私にとっては命の恩人だ。
今いた場所から少しくだったところにポツンと立つ山小屋がある。そこが私の住まいだった。
『冨岡様、本当にありがとうございました。時々起こることなのです。私は鬼を引き寄せてしまうようで…』
「…だからこんな山奥に一人でいるのか?」
『……今日はもう遅いです。もしよろしければ泊まっていってください。お礼にご馳走を準備しますから。』
「…その必要は」
『久しぶりなのです。こうして、人と話すのは』
ずるいだろうか。こんな言い方をしたら、きっと残るしかなくなるだろうに。分かっていても、言わずにはいられない。だって、先ほど味わった恐怖はまだ頭にこびりついている。
今、この人がいなくなればきっと私は恐怖に耐えられない。
「わかった。今晩は世話になる。」
渋々と言ったように了承してくれた事に安堵した。
夜がふけてきた頃、私たちは眠りについた。だけどどうしても眠れない。寝てしまえば悪夢を見そうで。
「眠れないのか。」
聞こえてきた声の方を見ると、彼は天井を見つめていた。月明かりが彼の顔を優しく照らす。改めて見ると綺麗な顔をしている。まるで殺めることを知らぬような綺麗な顔だった。
『冨岡様は…兄をずっと一人で退治されていたのですか?』
「一人ではない。他にもたくさんいる。」
『皆さんお強いのでしょうね。』
「あぁ。常に生きるか死ぬかの戦いだ。弱ければすぐに死ぬ。生き残っているということは、強いということだ。」
『冨岡様もお強いのですね。』
「…お前はどうやって今まで生き延びてきたんだ?」
『逃げてました。朝になれば鬼に襲われることはないので。』
「ずっとか?」
驚いたように此方を見た。だが、それが当たり前だったのだから頷くしかなかった。
『剣を扱えるわけでもないですし、頸を斬れば助かるなんてことも冨岡様と出会って知りました。もう…逃げるのに疲れてしまった時に…死を覚悟した時にあなた様は来てくれた。』
「…よく、耐えたな。」
そのたった一言で私の目から涙が溢れ出した。この18年間、家族を失ってからは頼れるのは自分自身だった。誰も頼れない。頼ればどうなってしまうか、想像がつく。一人で生きていく事に、逃げ続ける日々に疲れた時に出会った一人の青年のことなんて、殆ど知らない。だけど、その言葉が私の胸を震わせた。
「安心しろ。鬼が来ても必ず守る。」
『はい…』
そんな優しい声を聞きながら、いつの間にか眠りについた。
次の日の朝、「お前も来い。」そんな風にも思ってもみなかった。だけど、この日から私は笑顔で暮らせるようになったのだった。