「春、好きだ。」
『…御冗談を。』
いつもそうだ。彼は私と会えば必ず愛を呟く。
私たちの出会いはまるで物語の始まりのような出会いだった。血まみれで倒れていた彼を助けたことがことの始まり。
白に燃える炎の模様の羽織の下には真っ黒な生地に「滅」と書かれた服。風変わりな格好。そして廃刀令が出てもう随分と経つのにも関わらず、きちんと手入れがされている真っ赤な刀。
普通なら、警察に伝えるべきなのだが何故かあの時の私はそうしなかった。
「冗談ではないぞ。俺はいつだって本気だ!」
『煉獄さん、もう日が暮れますよ?』
「よもやよもや…もうそんな時間か。行ってくる。」
彼の仕事は鬼を切ることだという。鬼殺隊という非政府公認組織の一員だそうだ。初めて聞いた時は、とてもじゃないが信じられなかった。鬼と言われても、そんなのは架空の生き物だと思っていたからだ。しかし、そうでなければあの日血まみれで倒れていたこと、刀を持っていることを説明できない。
『お気をつけて。』
鬼は夜になると動き出すそうだ。弱点は太陽、藤、頸。そう聞かされていた私はやっぱり言葉だけでは信じられなかった。しかし、私はそのことを信じざるおえなくなった。
彼がまだ私の家で治療を受けている時、鬼の襲撃を受けた。あまりに突然の出来事だった。扉が破壊されたかと思えば、人間とは思えない形相の生き物が牙を剥き出しにした生き物を目の前にして、私は逃げることすらできなかった。怖くて怖くて何もできなかったのだ。
襲いかかって来たそれに、死を覚悟した。その時だった。彼は赫き刀で一瞬の内に鬼の首を切った。本当に一瞬だった。私は死を覚悟したというのに、あんなに一瞬で。どれだけの努力をこの人はし続けて来たのかと思った。どれだけの死線をこえてきたのか。
そんな彼に好かれて嬉しくないわけがなかった。きっと私は鬼が現れたあの日、彼に心を奪われている。だけど、だからこそ怖いのだ。
「あぁ、ありがとう。」
彼は強いのだろう。何となく、そう感じる。きっと簡単に傷つくような人ではないと感じる。素人の私でさえわかるのだから、彼は相当な鍛錬をしてきたはずだ。
だから、そんな人が傷つくと怖いのだ。
『れ、煉獄さん…』
「…すまない。少し、失敗してしまってな。」
『すぐに手当てを…!』
血まみれで帰って来た彼をみて私は頭が真っ白になってしまった。赤黒くなった隊服を見る。しかし、何処から血が出ているのか分からないほど血で染まっている。
急いで羽織を脱いでもらい、上の服も脱いでもらう。まるで爪で抉られたような傷がいくつかあった。
『私はお医者様ではありません。これくらいしか…』
「大丈夫だ。ありがとう。」
『何故、何故私のところへ来たのですか!きちんとお医者様に診てもらうべきです。居るのでしょう?鬼殺隊にもお医者様が…』
数百人程が所属している鬼殺隊。鬼と戦うのだから、当然お医者様がいてもおかしくない。
なのに、彼は私の元へ来た。ただの私の元へ。
「会いたかったんだ。」
困ったように笑った。いつも自信で満ちている表情をしている彼からは、考えられないような表情だった。
「春に会いたかったんだ。」
『煉獄…さん…』
「気づけばここへ向っていた。」
こんな傷を負っているのに、私に会いたいと思ったという彼が愛おしく感じた。本当に愛おしい。
「ど、どうした!何故泣いているんだ!」
『煉獄さんはずるいです。』
溢れ出す涙は止められない。
『私は…貴方をとっくの前にお慕いしております。だけど、貴方を愛すことが怖かった。だって、貴方を私は守ってあげられない。貴方の無事を祈ることしかできない。』
だから本当は彼と距離を置きたかった。それなのに、彼は私との距離を縮めようとする。そしてそれがわかっていながら、私も離れようとはできなかった。
「俺は…君が隣で笑っていて欲しいと思う。君のいる場所が俺の帰るべき場所で在りたい。だから俺は、君を一人になんてさせない。」
『煉獄さん…』
「春。好きだ。君のことが好きだ。」
そう言った彼は私に向って手を差し出す。その掌の上にそっと私の手を重ねた。
嬉しそうに微笑んだ彼は幼く見えた。きっとこれからも彼はいろんな一面を見せてくれるのだろう。そして、その度に私は恋に落ちる。
だからどうか…彼が無事でありますように。