プロローグ
「好き。」
たったそれだけの言葉を好きな人に伝えられない。
幼い頃夢見てた。いつか、私を愛してくれる人の元へ嫁ぎ、幸せな家庭を築くと。
だけど現実はそうではなかった。
『蘭…ちゃん?竜胆…その格好…』
中学生の時だった。もう夜も更けてきたと言うのに、携帯から電話がかかってきた。出てみれば、ぶっきらぼうに場所を言われる。仕方なく呼び出に応じれば、見慣れない風景がそこにはあった。
「玲美、やっぱり俺はこの社会では変な奴みたい。」
拳を真っ赤に染めて、返り血をたくさん浴びた灰谷蘭は、笑いながら私にそう言った。そんな彼の元へと近づく。血の独特の香りが鼻を掠める。嗅ぎ慣れない匂いに包まれた彼は、それがあたかも普通のように立っている。
『どうして…』
「やっぱり、無理だったんだよ。俺達には。」
『竜胆…そんな…だって、今まで…』
「俺らはやっぱり灰谷だから。どう頑張っても、堀川にはなれねーだろ。」
淡々と言う竜胆。まるで、諦めたようなそんな表情。
そして、蘭も黙っている。いつもはあんなにもお喋りなのに。
『蘭ちゃん、この血の量…』
「うん。きっと玲美が思っていることで間違いねーよ。」
穏やかに笑う彼をみて、胸がちくりと痛む。
この男はいつだってそうだった。肝心なことは何一つ伝えてくれない。そのくせ、私をずっとそばに置いていた。ずるい人。
遠くからサイレンの音が響き始める。まるで私たちの元へやって来るかのように徐々に音は大きくなる。
「兄ちゃん、行かねーと。」
「あぁ。」
『待って!』
「お前だけだよ、お前だけだった。」
『蘭ちゃん!?竜胆も待って!』
「玲美、ごめんな。お前の大切なもん、何一つ守ってやれなかった。」
『そんなの…蘭ちゃんのせいでも竜胆のせいでもない!!』
「…違うんだ。俺らのせい。暴力はいつか俺たちに牙を剥くって、本当だったな。」
いつもみたいに冗談めかして話してよ。
そんな別れを惜しむように話さないで。
『蘭ちゃん!』
「変わりたかったよ。玲美、お前をみていると普通になれる気がした。俺のそばに居てくれる変な女が好きだった。」
そんな言葉をここで言わないで。
きっとこれから彼等は私の前から姿を消す。一緒にいることはできなくなるのだろう。それが分かっているのに、その言葉を言われたら…私は…
「またな。」
『まって!一人にしないで!!』
何も変わらない。いつものようにふらっと私の前に現れては、ふらっと何処かへ行ってしまう。私には止められない。
けたたましく鳴り響くサイレンの音。まるで、私にこれ以上踏み込めば離れられなくなると警告しているようだ。
これが私の初恋であり、今もなお引きずり続けているなんて、私以外の誰にも知られてはいないのだけれど。