殺し合いくらいが丁度いい



「キャー!!」
「また灰谷が暴れてるぞ!!」

暴力なんて非日常だったはずが、いつからか私の中で日常となったのは多分、灰谷兄弟が転校してきた日からだった。
某有名私立だったこの小学校にまるで相応しくない双子の兄弟。灰谷蘭と灰谷竜胆。彼らは6年生の2学期に突然やってきた。私と同じクラスだったのは灰谷蘭。隣のクラスに竜胆がいた。
最初は何で揉めたかなんて忘れてしまった。突然、目の当たりにしたその暴力に、ただただ声が出なかったことだけは覚えている。時にはクラスメイトに手を出し、時には知らない中学生くらいの人が小学校にやって来る。そしてその度、灰谷兄弟は私たちに力の差を見せつけたのだ。
そんな彼らと対等に話せるようになったのは、秋の合宿の頃だった。

「灰谷兄弟出てこいやー!!」

2泊3日の楽しい合宿。珍しく騒ぎを起こさずにいたというのに、最終日の夜に事は起きた。
中学生くらいの不良集団がバイクで合宿所の周りを囲んでいたのだ。

「ねぇ…やばくない?」
「怖いよ!!」

窓から見た忘れられない光景。あんな大人数、絶対に二人で敵いっこない。

「あ〜あ、せっかく楽しんでたのに台無し〜」
「兄ちゃんどうする?」
「行くに決まってんだろ〜」

そんな状況下、二人だけは笑っていた。この状況が当たり前かのように、高みの見物をするかのように彼らは眺めていた。

『あ、危ないよ…』

何故、あの時声に出したのかは分からない。周りは驚いたことだろう。灰谷兄弟に口出しをして無事だった者などいなかったのだから。

「…何が?」
『だ、だから…あんな人数を二人で相手するなんて危ないよ。』
「俺たちが心配?」
『そりゃそうだよ…誰だって心配するよ。』
「へぇ…」

竜胆は黙って私を観察しているようだったけど、蘭は興味津々といったように私を見ていた。

「俺たちを心配する奴、いんだね。」
「兄ちゃん、こいつ誰?知ってんの?」
「同じクラスの女だよ。ねぇ、名前は?」
『え?』
「だからー名前。何?」
『堀川玲美。』
「玲美ね。玲美は俺が怖くねーの?」

不思議そうに首を傾げる蘭。それはそうだろう。私だって不思議だ。だけど何故だろう。あんなにも怖いと思っていた人だったのに、今はそこまで思わない。

『怖いよ。正直…暴力は良くないと思う。でも、灰谷くん、本当は優しいでしょ?』
「は?」
『え?』
「兄ちゃん…こいつ、すげーアホだよ。」
「…おもしれーじゃん。気に入った。」

そんな時だった。後ろの方から悲鳴のような声がたくさん聞こえる。何かがおかしいと思った時には、先ほどまで玄関先にいたあの不良集団が目の前にいた。

「おいおい灰谷〜なーにこんな所で油売ってんだァ?」
「先輩を待たせてんじゃねーよ!!」

狂ったようにキレているこの不良集団は私達なんかよりも大分背が高い。手には武器を持っており、止めに入った先生たちは頭から血を流して倒れている。

「おい!邪魔だ!関係ねーガキはすっこんでろ!!」

不幸中の幸いだったのは、彼らは灰谷兄弟にしか興味がなかったということだ。慌てて皆は外へと逃げていく。

「玲美も行きな〜ここはお前には似合わないよ。」
「ほら、兄ちゃんもこう言ってんだから。」
『怪我…しないでね。』

そう言って、駆け出そうとした瞬間だった。右手首をグイッと掴まれ、一瞬で拘束される。目の前には刃物。一気に恐怖が湧き上がった。
一体どういうことか何一つわからない。分からないけれど、これが彼らの日常であることをその時初めて理解した。

「この女、お前たちにとって大事なんだな。」
「知らねーよ。そもそも喋ったのだって、初めてだからな。な、兄貴。」
「まあね。」
「ふーん…じゃあ、こいつが何されたって構わないわけだな?」

突きつけられたナイフが首に食い込む。痛みとともに何かが流れ落ちていく感覚があった。

「玲美を離しな。殺すぞ?」

そう言った蘭は本当に小学生なのだろうかと思わされるくらいの気迫があった。そして、その言葉は嘘ではないと見せつけるかのように、ポケットからおもむろにナイフを取り出す。

「はっ…やっぱり大事な女じゃねーかよ!」
『は、灰谷くん…大丈夫。』
「は?」
『こんなの…何も怖くない。』

嘘。すごく怖かった。手は震えるし、目はぼやけて二人の顔がよく見えない。

「こいつ…黙れよ!」
「お前が黙れよ。」

気づいた時には蘭が目の前にいた。ナイフを持っていた手にナイフを突き刺す。叫び声をあげてナイフを落とした瞬間、私は彼に引っ張られ、抱きしめられていた。

「…玲美って変だね。」

そう言って、竜胆に私を引き渡すと、彼は何人もの集団の前に立ち塞がる。

「まぁ、こんくらいなら1人でよゆ〜だな。竜胆、玲美のこと傷一つつけんなよ?」
「…はいはい。兄ちゃんはいつもそうやっていいとこ取りする。」
「別にいいだろ〜誰がやったってこいつらは死ぬんだから。」

ゾクっとするような声色。本当に小学生かと思わされるようなオーラ。あまり記憶はないが、あんなにもいた不良集団がどんどん倒れていき、結局灰谷兄弟の勝利で幕を閉じた。
その後はもう合宿どころではなかった。警察が来たり救急車が来たり…現に私も病院に運ばれた。

「玲美、俺って変?」

運ばれる直前、そう聞いた蘭。

『…そりゃ変でしょ。でも、やっぱり灰谷くんは優しかったよ。』
「へぇ…変な奴。」
『灰谷くんには言われたくないよ。』
「…蘭。灰谷じゃなくて、蘭でいい。」
『…蘭ちゃん。』
「あはは…お前やっぱ変だな。」

それから先は救急車に乗ってしまったのであまり記憶はないけど、学校に復帰する頃には私の立ち位置がガラリと変わっていた。
それが、彼等との本当の意味での出会いだった。






Noah