あの後カフェという名の喫茶店に行って、なかなか怒られた。踏んだり蹴ったりが過ぎる。その後気晴らしにアプリの人と会ってみたりしたが、乗り気になれなかった。やっぱりおじさんがしこりになっているらしい。早漏のくせに。


「失礼します」

事務の私は、もちろんお茶出しも仕事である。応接にはたけさん宛のお客様がきたので、お茶のペットボトルを出す。その間にスーツばっちりの彼が来て、名刺を交換している。見るからに出来る営業マン。…あの日お尻の穴をしつこく舐めていたのに。差がすごい。

そんな、誰もが知らない一面も知ってしまったことが、よくなかった。謎の優越感は、マイナスしか生まない。

≪終わったよー≫
「あっ今行きます」

来客が終わったと内線が入る。応接は階が違うので、連絡をくれる人はありがたい。いつ終わったか分からないから。階段を下がると、片してくれているはたけさんに遭遇。あなた部長なんだからそんなことしなくていい、って言っても聞かないおじさん。もう諦めて一緒に片すことにしている。

「さっきの人さ、マスク取ったら結構老けてた。」
「えっ20代ぐらいだと思ってました」
「30代中頃ぐらいだったよ、マスク詐欺。」
「意外です」

アハハ、と笑いながら下げてくれたコップを貰う。給湯室に持って行くと、着いてきていたおじさんが私の胸をツンツンしてくる。相変わらず下心満載。誰もいないからって…。と思いながらもその手を掴む。

「ダメでしたか。」
「はい。逮捕です。」
「おおっ…」

なんて言いながらその手を引き寄せて、抱き締めてみた。すぐ離れるんだけど。だって一応社内だしね。でも、だからこそ楽しんじゃってる私もまぁまぁヤバい。でもまたすぐ抱き締めてくるものだから、無駄にときめいちゃう私を殺したい。

「…つくえ、拭いてきてください」
「んー了解。」

私の頭をぽんぽんして、背後にあった掃除用具を持って行った。…ハァ、心臓いってぇ。いつももっと塩対応なのに、たまにやたらと降らしてくるアメに耐性がなさ過ぎて。平常心にしたいが為にコップを洗っていると、お掃除終わりのおじさんが帰ってくる。私もちょうど終わったので、一緒に応接を出た。

「さっきのお客さん、ちょっとハゲかけてましたよね」
「思ってた?俺も」
「はたけさんもそろそろ…」
「コラ。名字さんもいつかきますよ。」

アハハと笑う声が、階段を上りながらだからか響く。手を繋いでいることに、誰も気付かないでほしい。たった数秒で離れる関係だから。それでも、触れていたいと思ってしまう。指に感じる無機質な銀色に、嘲笑われても。

「じゃーね。」
「はい、お疲れさまです」

何事もなかったかのように離れた手も、アッサリした別れ方も、振り向かれずに去る姿も、今日もいつも通りだと言い聞かせる。無意識に。

席に戻ると、通知のない携帯が切なく見える。8時ちょっと過ぎ。毎朝来ていた「おはよう」も、20時手前にまた明日と共に送り合う「好き」も、休日に料理を作りながらしていた電話も、全て去年の話だ。もう、一年も経ったのに。

「……」

まだ一年、と言うべきでしょうか?