「黒崎くん、?!」
そして、そわそわすること数分。
ようやくある程度の挨拶回りを終えたらしい名前が、高めのヒールを鳴らして走って来た。
「こら、危ないでしょ。怪我したらどうすんの」
「慣れてるから大丈夫」
嘘。ローヒールでもよく転ぶくせに。という意地悪は飲み込んだ。
「それより何してるの?こんなところで」
「決まってんじゃん。可愛い彼女が普段どんな仕事してるのかな〜って」
「まさか忍び込んだの?」
「ちゃ〜んと招待客として来ましたよ?ほら」
偽造したパーティーの招待状を出しながら言うと、ムッと頬を膨らませる彼女にニヤける口元を抑えた。
「ご飯は?ちょっとは食べれた?」
「まだ。挨拶回ってる間は食べられないから」
「そう。お疲れ様」
大変だなぁ。
せっかくのパーティーなのにほぼ仕事じゃん、と少し疲れた様子の名前をビュッフェのテーブルに連れて行こうとその腕を取ると、そんな俺達の行く手を阻むように、一人の男が現れた。
「こんばんは。名前さん」
え、誰。
にこやかに笑って、名前にだけ微笑むその男に、さっそくイライラが募った。
「ご無沙汰してます。会うのは、前回会社でご挨拶した時以来だよね」
「あ、はい。その節はどうも」
「そちらは?」
向けられるのは、明らかな敵意。
俺の腕にしっかりと自分の腕を絡める名前の姿を見て何を思ったのか。すぐに視線をこちらへ向けてきた。
「初めまして。××エージェントという総合プロデュース会社の代表取締役をしています。黒沼です」
「へぇ、黒沼さん」
「名前さんには、うちの顧問弁護士としてお世話になっているんです」
嘘だけど。
牽制がてら、ね?と彼女の顔をのぞき込みながら笑えば、予想通りちょっと顔を赤くしてうなずく名前にガッツポーズ。
見たか。この可愛い反応を。
俺にだけ見せる照れた顔を。
「ふふ、ずい分仲が良いんですね。羨ましいなぁ」
敵意は感じるが、悔しがっている様子は無い。
薄く笑って、どこか余裕さえ感じるその表情に、なんとなく嫌な予感がした。
「黒沼さん、そういえば、新規事業の件でご相談があると、」
「あぁ、そうだった。じゃあ、少し場所を移ろうか」
名前からこの場を去る為の嘘が出るということは、やはり厄介な客なのだろうか。
奴から充分に距離を取ったところで問い詰めると、名前もあの男のことは知らないというから驚いた。
「は?どういうこと」
「忘れてるわけじゃないと思う。わたし、そこまで担当してるクライアントが多い訳じゃないし……そもそも、このパーティーに呼ばれてるお客様はお得意様だって言ったでしょ。一度担当すれば、絶対に覚えてる」
「てことは何?俺みたいに潜り込んでるってこと?」
「それは無いと思う……多分、他の誰かのお客さんなんだと思うけど、」
「はぁ〜…そういうことね。分かった」
要するに、そういう嘘で名前に近付こうとしたってわけか。
やっぱり、油断も隙もあったもんじゃない。
あぁいう紳士の皮を被った狼が一番厄介だと、改めて彼女の腰に回した腕に力を入れたところで、今度は本当のクライアントらしい年配の女性に声を掛けられた。
「あら名前さん、珍しいのね。今回はお一人じゃないの?」
「あ、えっと、彼は……」
「良いお相手じゃないなら、ご紹介したい方がいるんだけど」
直接名前を口説く訳じゃないと、ようやく少し警戒を緩めればコレだ。
この距離感と雰囲気を見て分からないのか。明らかに良いお相手だろう。
「失礼。彼女に僕以外のお相手をご紹介するなら、全力で阻止させていただきますが」
にっこり。
全力で作った甘い笑顔とともに、隣にいた名前の体を引き寄せる。
「あら、!あらあらそうなの?!」
「あ、はは……」
「申し遅れました。××エージェントという総合プロデュース会社で代表取締役をしています。黒沼と申します。名前さんとは、近い将来是非………」
自分にとって彼女がいかに大切な相手であるかを説明し、ついでに近くにいた男達もしっかりと牽制した。
全員敵意剥き出しの目でこちらを睨んできたことには内心ほくそ笑んだが、それは同時に、彼女を狙う男がそれだけいたということだ。
イライラする。
仕方ないと分かってはいても腹が立った。
「ねぇ名前」
「ん?」
「もう挨拶回りはほとんど終わってるんだよね?」
「うん」
「これ以上ここにいなきゃいけない理由、ある?」
綺麗に纏められた髪のせいで、剥き出しになった耳元へわざと唇を寄せて呟いた。
「……あるって言っても、無理矢理連れて帰る気でしょ」
「上のホテル、一部屋押さえてるって言ったら?」
可愛い。
目を見開いて、ジッとこちらを見つめる彼女のおでこに唇を落とした。