〇〇のことが好きかと聞かれたら、
もちろん"はい"と答える。



『しょおー』
「んー?」
『さっきのとこ出来ない……教えて、』

申し訳なさそうに、ぎゅっとタオルを握りながら声を掛けてきた〇〇に
いいよ、と笑って立ち上がる。

昔からそう。
ダンスが苦手な〇〇は、振り入れの度にこうして泣きそうになりながらも、
ちゃんと俺達に着いてこようとしてくれる。


「テンポはちゃんと合ってるし、動きも掴めてるよ。
反復して慣れてけば大丈夫だから」
『うん……でももうちょっと、』
「オーバーワークはダメだからね」












まだ〇〇と出会って間も無い頃。
初めて一緒に仕事をすることになったと聞かされた時の印象は、
なんか、なよなよした子。

せっかく挨拶したのに、その後はずっと岸くんに引っ付いてて、
話し掛けても全く目が合わなかった


紫「ねぇ岸くん、〇〇ちゃんって大丈夫なの?」
岸「〇〇?何で?」
紫「だって、俺とか廉と全く絡んでくれへんのよ。
これからイベント一緒にやってくのに、なんていうか、避けられてるいうか、」
岸「あぁ、アイツ人見知りだから」
紫「そうなん?」
岸「うん。慣れるまで時間かかるだけだから。気長に待ってやって」

岸くんはそう言うけど、ほんとに?と疑う気持ちが強くて。
打ち合わせの後、Princeの横で大人しく座っている〇〇に声を掛けた。


紫「〇〇ちゃん」
『あ、はい』

この時、不安そうに振り向いた〇〇の顔は、きっと一生忘れられないと思う。












紫「ごめんな、急に話しかけて」
『いえ、大丈夫です』
紫「岸くんから聞いた。人見知りなんやろ」
『あ……』
紫「俺もそんなにコミュニケーション能力高い方やないけど、
せっかくなんだし、仲良うなりたいなぁって」

俺がそう言うと、不安げに視線を彷徨わせる〇〇は、
きっと岸くんのことを頼ろうとしている。

しかし、岸くんもそれを分かった上で手を貸さないのか。
あえて神宮寺や玄樹のことを連れ出そうとする姿に、
意外と周りを見てるんだなと思った。

紫「岸くん達とは仲良いん?」
『、はい。現場が一緒になること多いので』
紫「大阪から来たやつと話すのは初めて?」
『……だと思います、多分。………平野さんは、
大阪からこっちに通ってるんですか?』
紫「うん。でも俺実家は名古屋やから。他の奴よりはちょっと近いねん」
『そっか……名古屋から、』












『凄い、ですね』
紫「ん?」
『さっき、平野さんが踊ってるところ見ました。
岸くんとか、海人くんとか……わたしの周りにいる人達もみんな凄いけど、
なんていうか、平野さんのダンスは……もっと凄かったです』

拙いなりに、伝えたいことはハッキリと伝えてくれた。

だから、俺もその言葉をストレートに受け止め、すぐに''ありがとう"と伝えた。

紫「〇〇ちゃんはダンス好き?」
『………嫌いではないです』
紫「でも好きってわけじゃないん?」
『そこまで……言えるほど楽しくは出来ないんです、』
紫「そっかぁ」

きっと、あんまり得意じゃないんだろうな。

申し訳無さそうに眉を寄せて笑う〇〇の姿を見て、
なんとなく、この子が目一杯笑ってダンスを踊れるようにしてあげたいな、と思った。


紫「〇〇ちゃん、先輩の曲で何が好き?」
『え、』














* * *


「おっけー」
『……っはぁ、…』
「お疲れ様。よく頑張りました」

ここまで出来たら今日は終わりにしよう。
約束した"ここまで"を何度も変更して、
結局出来なかった部分を克服した〇〇に声を掛ける。

『………しょおぉ……』
「ん?」
『もう一ミリも動けない……疲れた…』
「ははっ、久しぶりにこんな踊ったもんね」
『アイス食べたい……』
「帰りに買って帰ろ」

ぐでーっと床に倒れ込み、脱力する〇〇の姿は昔から変わらない。


あの時———。

初めて〇〇にダンスを教えてあげた日も、
〇〇はこうして床に倒れ込み、笑っていた。

















『へへ、』
「どう?楽しかった?」
『はいっ、平野さんのおかげで、ちょっとダンスの概念変わりました』
「ほんまに!?なら良かったわ」
『……何も考えず、ただ体を動すだけでも、楽しいんですね、』

冷たい床が気持ち良い、とフロアに寝転がった〇〇は、
それまでよりずい分優しい笑顔を見せてくれるようになって。

そのまま、ジーッと隣に座る俺のことを見つめ、微笑んだ。


『ありがとう、平野くん』
「………」



多分、この時〇〇が見せてくれた笑顔が、
初めて俺に向けられた笑顔。

ずっと岸くんや神宮寺相手にしか向けられていなかったその笑顔が、
今は自分に向けられている。

それが本当に嬉しくてしょうがなくて、
思わずニヤけそうになる顔を抑えながら、俺は頭の〇〇に手を置いた。














「ど?美味し?」
『うん、さいこう』
「幸せそうな顔してんな、笑」

コンビニで買ってあげた少しお高めのアイス。
ここのプレミアムソフトじゃないと嫌だ!という〇〇のワガママを聞き、
ちゃんとそのアイスを買ってあげた俺は、相当〇〇に甘いと思う。

しかも、バニラと抹茶で迷った挙句、両方買ってあげた。

『紫耀も食べる?』
「あー、余ったら少し……って余んないか笑」
『うん、全部食べちゃう』
「じゃあ一口だけちょうだい」
『はい』

持っていたアイスを運転中の俺の口元へ持って来る〇〇。

「ひょぉ、つめた、」
『美味し?』
「ん、おいひ」
『じゃあ次はこっちね』
「待っへ……早いな、笑」

バニラアイスが残る口元に、
早速抹茶アイスを持って来られて呂律が回らない。











そういえば、昔もよくこんなことしてアイスこぼしたなぁ。


慌てる俺を見て、ぐいぐいアイスを押し付けてくる〇〇。

今ではなんて事無いこんな光景も、
あの頃の俺には信じられないだろうなぁ、なんて。


「〇〇」
『ん?』

「これからも頑張ろーね」


見慣れたマンションの地下駐車場。

車を降りて、部屋に向かおうとする〇〇のことを呼び止めれば、
彼女は一瞬キョトンとした後、嬉しそうに微笑んだ。


『うん。これからもよろしくね』















〇〇のことが好きかと聞かれたら、
もちろん"はい"と答える。


メンバーとして。
友達として。
仕事仲間として。

昔から変わらない笑顔で隣にいてくれる〇〇のことを、
俺はきっと、ずっと、好きでいると思う。