絶対に勝ってみせる。

そう意気込んだ晴を応援したい気持ちはあったが、対決内容である弓道に関して、彼が全くの素人である点は、紫耀くんも気にしていた。



『本当にいいの?』
「うん。だって勝負なのに一本も的に当たらなかったら、さすがに対決する意味が無いでしょ」


だから、ちゃんと俺の相手になるくらいには、晴くんを指導してあげて。

そう言って、戸惑うわたしの頭を撫でてくれた紫耀くんは、本当に誰よりも優しいと思った。



「っ………」
『貸して。自分じゃ出来ないでしょ』


練習の後、ボロボロになった手を、一人でどうにかしようとしている晴の横に腰掛けた。


『ダメだよ、ちゃんと消毒しないと』
「…………」
『はい、手出して』



初日。
矢を飛ばすとごろか、正確に弓を待つことすらままならない晴に、付きっきりで指導をした。

運動神経が悪いわけではないが、慣れない和服に、慣れない姿勢での長時間の練習は、さすがにキツかったのだろう。3日経った頃には、その顔にもしっかりと疲労の色が浮かんでいた。


『大丈夫?』
「………あぁ」


そして、今日が5日目。

連日の特訓ですっかり傷付いた晴の手は、テーピングと絆創膏だらになっていた。



『試合、もう一週間後だね』
「あぁ」
『飛行機、その日の夜にしてもらった』


昨日までは無かった、新しい傷に消毒液を塗り込みながら伝える。


パリへの留学は、二人の勝負を見届けてから。

つまり、そこで見る晴の姿が、わたしにとって、留学前に見る最後の姿になるだろう。



「行くんだな、本当に」
『うん』
「パリか………」
『向こうに着いたら、すぐに連絡するね』
「はっ、もう着いた後の話かよ」
『ふふ、気が早いかな』
「早いだろ」
『だって、もう一週間だよ』
「バカ。まだ一週間あんだよ」


そう言って、わたしの頭に触れた手が髪を撫でた。わしゃわしゃ、と軽く。



「名前」
『ん?』


静かな部屋に、晴がわたしを呼ぶ声だけが響く。




「行くな………って、言えば聞いてくれるか」




それは、つまり、そういうことだろう。



『…………今さら遅いよ』



もう、何を言われたって変わらない。

例え、晴が今度の勝負で紫耀くんに勝ったとしても、わたしは、それを見守るだけ。


ただ、正々堂々、悔いの無いよう戦ってほしいから。

わたしが晴に手を貸すのに、それ以上の理由は無いのだから。



『ごめんなさい、』
「…………」
『でも、最後までちゃんと見てるから』


例え、結果がどうなろうと。


『最後まで………わたしは、晴のそばにいるよ』




あの日。晴がそうしてくれたように。

わたしからも、一度だけその手を包み込んで笑いかけた。