2年前、自分もこんな緊張感の中、あの鏡の前に立ったなぁ、と思い出す。



「お、これで最後じゃない?」



ナイトレイブンカレッジ。
ツイステットワンダーランドにおける二大魔法士養成学校の一つであるここでは、今まさに新入生を迎える入学式が執り行われていた。




「ふぁ〜あ……やっとかったるい式が終わったか」
『残念ながらまだですよ』
「それにしても、学園長はどこに行っちゃったのかしら。式の途中で飛び出して行っちゃったけど」
「職務放棄……」
「違いますよ!」


バタン!と派手な音を立てて鏡の間へ戻ってきた学園長の後ろには、何やら不安げな表情を浮かべた一人の少女が立っていた。


「まったくもう、新入生が一人足りないので探しに行っていたんです。さぁ、寮分けがまだなのは君だけですよ。狸くんはわたしが預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ」

「狸……?」
「いや猫でしょあれはどう見ても」
『というか、新入生が使い魔なんて、』


目の前の光景を、不思議に思いながら話していると、その声を遮るように、闇の鏡が呟いた。


「…………分からぬ」

『………?』

「なんですって?」
「この者からは、魔力の波長が一切感じられない。色も、形も、一切の無である」

「よって、どの寮にもふさわしくない」


呆然とする少女に鏡が告げると、式場は一気に騒がしくなった。

当然だ。ここは、伝統ある魔法士養成学校。それも、選ばれた者だけが入学を許される、いわゆるエリート校だ。
闇の鏡によってその資質を認められなければ、敷地に足を踏み入れることさえ許されないというのに。



「あの、わたし、魔法?なんて使えないです……」
「え……」

「魔法が使えない……?」
「どういうことだ」
「ん〜 何かの手違いとか?」
『そんなことあり得るの?』


嘘を吐いている様には見えない。
彼女は、この部屋に入ってから、ずっと不安そうに胸の前で固く手を握っており、見ている方としても心苦しいくらいだ。



「だから……帰ります、わたし」
「お待ちなさい!聞いたことありませんよ、入学拒否なんて」
「だったらその席、俺様に譲るんだゾ!」
「あっ!待ちなさい!この狸!」
『え、』


初めてのイレギュラーに、皆が困惑しながら首をかしげる中、そう言って学園長の腕から飛び出した使い魔が、わたし達の前に立ちはだかる。
自分なら魔法が使える!と主張するあたり、ただの野良猫ではないようだがーーーー。



「みんな伏せて!」



我がハーツラビュル寮の長であるリドルの声と、その猫が青い炎を放つのは、ほぼ同時だった。
最初こそ小さな火の玉だったそれは、すぐに追加の炎を受け、鏡の間全体へ広がっていく。



『あっつ、』
「リオちゃんこっち」
「大丈夫か、上にも気を付けろよ」
『うん、……わっ、』


隣にいた同級生に手を引かれ、安全な場所へ移動しようとしたところで、ちょうど飛んできた火の粉が頬をかすめた。



「まずいですね。このままでは学園が火の海に……誰か!あのタヌキを捕まえてください!」

「あれぇ、アズールぅ?」
「まったくこんな時に。どこへ行ってしまったのでしょうね」
「あ、ベルーガちゃんだ。大丈夫?」
「困りましたねぇ。女性をこんな危険な目に合わせるなんて」



言葉とは裏腹に、この状況を楽しんでいそうな双子とすれ違う。そのまま、炎の影響が少ない場所はないかと視線を巡らせるも、もはや鏡の間はパニック状態だ。そんな場所は無いに等しかった。



「伏せろリオ」
『え……』


そんな中、聞こえた声に頭を伏せると、自分の頭上でパチンと何かが弾ける音。
そして、声がした方向には、ダルそうに指をこちらへ向ける同級生兼先輩の姿があった。



「チッ、かったりぃな」
『レオナ先輩、』
「俺はもう先輩じゃねぇ。おいケイト、テメェで連れてる女くらいテメェできちんと守りやがれ」
「あはは〜、厳しいなぁレオナくん」
「あら。それなら貴方がお得意の狩りを楽しんだらどう?まるまる太った絶好のおやつじゃない」
「はぁ?何で俺が。テメェがやれよ」
「私が?付き合いきれないわ」


魔法でキラキラと降り注ぐ、おそらく瓦礫だった物たちを指で弾きながら、わたしの方へ視線を向けたもう一人と目が合う。


「リオ」
『ん?』
「着こなしは及第点ね。本当はもう少しウエストを締めた方が美しく見えるけど、アンタの場合はそれでも充分バランスが良いから許してあげる」
『ハイ、』
「問題はその髪よ。サイドの編み込み、左右でバランスが崩れてるじゃない。ちゃんと鏡で正面から確認したの?」


燃え盛る炎をバックに、そう言ってわたしの髪へ触れた彼の整った顔が歪む。


「ほら、あっち向いて」
『え、今直すの?』
「そうよ。今直さなかったら意味ないじゃない」
「小姑かよテメェは」
「うるさいわね。顔だけの男は黙ってなさい」


ほら早く、とうながされ、言われるがまま顔を向けると、未だパニック状態の生徒達が、至る所で炎から逃げ惑う様子が見てとれた。

3年生、それも寮長クラスが集まったわたしの周りとは全くの別世界である。



「ちょっと皆さん、わたしの話聞いてます!?」
「はぁ……。タヌキ捕まえるくらい、アンタがやりゃいいだろ、センセー」
「俺様はタヌキじゃないって何度言わせれば分かるんだゾ!」
「まったく、威勢の良い小動物ですね。リドルさん、お願いできますか」
「違反者は見逃せないからね。さっさと済ませるとしよう」


そう言って、暴れ回る使い魔の前に立ったリドルの姿を見て、上級生のほとんどは、この事態の終息を察したことだろう。

学園長の隣で、呆然とこの騒ぎを見つめていた少女も、堂々と現れたリドルに、視線を奪われていた。



「なんなんだお待?やるのかなんだゾ」
「お前を、この学園から排除する」
「ふな、!?」



"オフ・ウィズ・ユアヘッド!"


狙いを定めたリドルの魔法は、背中を向けて逃げ惑う猫の首を綺麗に捉えた。


「ハートの女王の法律第23条。祭典の場に猫を連れ込んではならない。猫である君の乱入は重大な規律違反だ。即刻退場してもらおうか」
「俺様はタヌキでも猫でもねぇ!」
「よくぞ捕らえてくれました、リドル・ローズハートくん。さすが、ハーツラビュル寮、寮長です」
「なっ、なにぃ〜!?」
「まったく、しっかり躾けてくださらないと。貴女の使い魔でしょう」
「だから、わたしはそんな猫のことなんて知らないです、!」
「え、貴女の使い魔じゃない……?」
「さっきから何度もそう言ってるじゃないですか!」



学園長は困惑しているが、割と初めから、彼女はこの状況に怯えすら抱いているように見えた。
魔法をかけられ、動きを封じられた猫のことを気にしてはいるようだが、やはり庇うほどの関係性ではないのだろう。

リドルの首輪が付けられたまま、容赦なく窓の外へ捨てられた使い魔の断末魔は、すぐに途切れて聞こえなくなってしまった。