「お前さ、実はそんなに酔ってへんやろ」
「……ちぇ、バレてたか」
「さすがの紫耀でもあそこまで弱いんはバグ。まぁ、〇〇ちゃんは気付いてないやろーけど」
「ならいいや、」

バレバレのお芝居で、好きな子が違う男のところに行くのを止めようとするなんて、まさか自分がそんな事をする日が来るとは思わなかった。

「いつから好きなん」
「言わなきゃダメ?」
「誰があの修羅場収めてやったと思ったんねん」
「それは感謝してるけど、実際あんまり覚えてないんだよね」
「ほー。いつの間にかってやつ?」
「んー……まぁそんな感じ」

初めて会ったのは、入社してすぐの研修が終わった日。
大学時代からダンス繋がりで顔見知りだった海人に隣の席だと紹介されたのが〇〇だった。

もちろん、最初はただの同期としか思わなかった。
良く言えば、友達の友達。
どこかですれ違えば、挨拶を交わすくらいの仲。

それでも、俺が彼女のことを意識し出したのは、彼女がとても良い人 子だったから。


「休憩室にさ、コーヒーメーカー置いてあるじゃん」
「おん」
「その紙コップってさ、なんかしんないけど、いつもちゃんとあるじゃん」
「そやなぁ」
「それって、俺達からしたら当たり前だけど、誰かが気付いてくれなきゃいつかは切れちゃうわけで、そういう、当たり前を作る気遣いが、めちゃくちゃ上手いんだよね」

例えば、今話した休憩室の紙コップ。
乱雑に収納されたファイルの整理。
少し早めの出社と、フロアの掃除。


「ありきたりだけどさ、残業続きで、ほんとにちょっとしんどかった時に、優しくしてくれて、」
「お前そんなんで落ちる奴やったん?」
「俺も俺にビックリしてるんだから言わないで」

ある日たまたま通りかかった彼女が、いっぱい買っちゃったんであげます、と差し入れてくれたチョコレート。
その時は、ただの偶然だと思ってたけど、後で海人にも同じ経験があると聞いて、あぁ、あれは彼女なりの気遣いだったんだな、と気付いた。


「何でお前だけなん」
「まぁ、部署違うからね。俺はよく海人介して会ってたし」
「早よ言えよ。めちゃくちゃえぇ子やん」
「うん、だから言わなかった」

〇〇のさりげない気遣いに、みんなが気付いちゃったら嫌だから。

ゆっくり、じっくり距離を縮めて。
まずは海人と同じくらい仲良くなれればと思っていたのに。

「これで彼氏おらんかったらなー」
「うん、」

まぁ、あんなに優しい子だもん。そりゃいるよな、と納得しながらも、思った以上にショックを受けている自分がいて。
あぁ、俺って〇〇のこと好きだったんだな、と初めて気付いた。

「腹立つな。そんだけ好きなら」
「普通に仲良くしてるんだったらそれで良かったんだけどね」
「パリッとしてたもんなぁ、〇〇ちゃんの彼氏」
「うん、初めて見た」
「奪ってやろうとか思わんの?」
「さっきちょっと思ったけど……でもやっぱ、向こうに気持ち残って悩んでる間は俺のことで悩ませたくないし、そこに漬け込むのも、なんか違うかなって」
「ほんま、見かけによらず真面目やな」
「まぁ、彼氏に妬いて酔ったフリまでしたけどね」
「せやった、笑」

数日前、一日遅れで彼女の誕生日をお祝いした頃から、どうしても許せなかった。

元々、海人伝いに恋人との関係があまり上手くいっていないことは聞いてて、だからこそ、待っていれば俺にも順番がくるかな、くらいの気持ちだったのに。

聞けば、彼女は、その恋人のことが大好きだった。

悔しくて、ムカついて。
そろそろ別れを考えているのだと思っていた彼女の口から発せられた恋人の話に、胸が締め付けられた。


何でだよ。

どうして、彼女はこんなにもお前のことを思っているのに、それを分かってやらないんだよ。

彼女のことを愛せないなら、俺にその位置変わってよ。


見たことも、会ったこともない誰かに対して、ここまで怒りを覚えたのは初めてだった。


「どうするんやろな、〇〇ちゃん」
「さあ……」
「もし〇〇がちゃんとアイツと別れたら、告白すんの?」
「しないと思う。今別れても、アイツ多分彼氏のこと好きだもん」
「そんなん言うてたら一生〇〇ちゃん紫耀の気持ちに気付かんで?」
「でもさ、相手が恋人と別れて傷心してるところにつけ込むのは、なんか違くない?」
「真面目の見本かお前は」
「俺は正々堂々いきたいの」

今朝、コンビニを何件かハシゴして、やっと見つけたキーホルダーをイジりながら、今はここににいない彼女へ思いを馳せる。

「別に寝取る訳やないんやから、好きって伝えるくらいえぇと思うけどな」
「それで〇〇が困るのはやだ」
「紫耀が好きって伝えて、〇〇ちゃんが紫耀のこと好きになったら、確実に今より幸せにしてやれんとちゃうの?」
「え、」
「紫耀が、あの彼氏より〇〇ちゃんのこと好きだって伝えて、好きになってもらうんはアリやろ。まぁ、確かに最初は戸惑うかもしらんけど、ちゃんと愛されてる方が、〇〇ちゃんやって幸せやと思う」

誰かに話して、初めて、そんな考え方もあるのかと思った。


「幸せでいてほしいやん。好きな子には」
「うん、」

確か廉にも付き合っている子がいる。
自分の好きな子が、自分を好きだと言ってくれるのって、どんだけ幸せなんだろう。

目の前で、満足気な顔をした廉がスマホに何か打ち込むのを見て、うらやましくなった。

「彼女?」
「おん。やっぱ別れようおもて」
「…………は?」

セリフと表情が合っていない廉のにこやかな笑みが、この日一番の衝撃だった。