「優太、ごめんね、」
「何が?」
「迎え……わざわざ」
「それ謝るようなことじゃなくない?俺から言ったんだし」
「でも、」
「会社の人に絡まれてたのはちょっとビックリしたけど、別にあれも怒ってないから」

普段通り、特に取り乱すこともなく言われた言葉に、ずん、と気持ちが沈んでいくのが分かった。


話すなら、今しかないのかもしれない。

明らかに、わたしに対する関心が薄れている彼と、これ以上一緒にいたって辛いだけ。

例え、わたしがどんなに彼のことを好きでも、それだけじゃ、いつか恋人としては限界が来る。

ならば、そんな限界を先延ばしにするより、さっさと自分から迎えた方が楽だと思った。

「今日、うちに送ってくれる?」
「え、うち来ないの?疲れちゃった?」
「ううん。体は大丈夫だけど、ちょっと、」
「なんかあった?」
「………」

うつむくわたしに、優しく掛けられる声。
運転中だというのに、速度を緩めてこちらを気にする様子に、胸が締め付けられた。

「送るのは全然いいけど、俺も泊まってっていい?」
「それは、」
「やっぱり、俺なんかしちゃった?」
「違くて、」
「どした?」

人通りの少ない路地に入って、車を止めた彼がこちらを見つめる。

優しい手つきで耳にかけられた髪は、昔は、もう少し短かった。
優太が、ショートの方が好きだと言うから。
ずっと長かった髪を切った時、美容師さんに言われた「失恋ですか?」の言葉に、逆ですと笑ったあの頃は、こんなにすぐ髪が伸びてしまうなんて思わなかった。

「ごめん、」
「迎えのこと?それとも、さっき手繋いでた男のこと?」
「違う……」
「なら、今日ウチに来れないこと?」
「ちがう、」
「………ごめんりお、俺バカだから、ちゃんと言ってくれないと分かんねぇんだけど、」
「ん、」
「どした?」

聞きたいのは、わたしの方。

どうして今は気付いてくれるのに、あの時は気付いてくれなかったの。

どうして、そんなに優しいのに、わたしの誕生日は忘れちゃったの。

「ゆう……」
「あ。」

ゆうた。
呟こうとしたその名前は、大きな着信音に遮られた。

運転席と助手席の間のドリンクホルダーで、ピカピカの光る優太のスマホ。

普段鞄を持たない彼がスマホをそこに入れるから、運転中は、着信がある度に、わたしがそれを確認していた。

「……出ていいよ」
「今はいい」
「出なよ」
「だから今そんなことどうでもいいんだって」

震え続けるスマホを強制的に切った彼が、こちらを見つめる。

「りお」
「帰ろ、」
「………分かった」

渋々車を走らせた優太が、わたしの自宅方面にハンドルを切る。

元々静かだった車内は、お互いが黙り込んだことでさらに静けさを増し、気まずさを誤魔化す為、わたしはずっと窓の外を見つめていた。



「優太、」

ん?と、わたしの自宅前に着き、車を停止させた彼が振り向く。

「わたしね、」

あなたのことが大好きだよ。

伝えようとした言葉は、不意に逸らされた彼の視線に掻き消された。

「……優太、?」

どくん、と心臓が嫌な音を立てる。

わたしの後ろを見つめて、ジッと黙り込む彼の視線が、とても鋭かったから。

「あいつ……」

もうわたしの話すら聞いてくれないのか。

不安で支配されていく心に、言葉すら出なくなった瞬間。彼が呟いた言葉に、思わず自分も後ろを向いた。

「平野………」

なんで。
声に出す前に、こちらを見ていた平野と目が合った。


突然のことに戸惑うわたしを他所に、シートベルトを外した優太が外へ出る。

「どうも」
「………こんばんは」

先に声を掛けたのは優太。

後から車を降りたわたしは、その鋭い視線に、ただ驚いていた。

「りおに会いに来たんですか」
「まぁ。俺、さっき相当酔ってたみたいなんで」
「確かにね」
「りおごめん。あの後廉に怒られて、さすがに冷静になって、」
「いや、」

平野は大丈夫?

問い掛けたわたしに、うん。もうなんともない、と笑う平野は、いつもの優しい笑顔だった。


「ほんとごめん。普段あんま飲まないから、めっちゃ酔っ払って、」
「ふふ、ちょっと落ち込んでる?」
「まぁ。だいぶ暴走したっていうか、やり過ぎたかなって、」
「そっか。気にしてくれてありがとう。でも大丈夫だから、心配しないで」
「それは無理」
「相変わらず優しいね」

どんなに平野が心配してくれたって、困るような事は何もなかった。

だから心配いらないよ。
すぐに伝えて、話を終わらせることも出来たはずなのに。

なんとなく、そう出来なかったのは何故だろう。

「平野、」

ありがとう。
せめてそれだけ伝えて、もう別れよう。

優太の目もある。
これ以上はダメだと、その名を呼んだ瞬間だった。

「ごめん」
「え……」

小さな呟きと同時に、グイッと腕を引かれる。

「ゆう、っ、……ん、!?」

彼にキスをされたのだと気付いたのは、それからすぐのことだった。