0.prologue


 愛して欲しいだなんて、そんなぜいたくなことは考えたこともなかった。

 ただ、愛という言葉は知っていたんだ。今よりもっと小さい頃に、先生が読み聞かせてくれた本に書いてあったからね。

 それはとてもやさしくむずかしい感情で、目には見えないものなのだという。形のない【愛】は、ぼくにはふさわしくないのだろう。良い子だけがもらえるクリスマス・プレゼントみたいなものなんだ。

 ぼく、ぜいたくは望まないよ。ただ、大きな声を出さないでほしいんだ。こぶしをにぎりしめないでほしいんだ。それから、あたたかい人のそばにいることを、許してほしいんだ。…………それも、ぜいたくだったのかしら。ぼくはきちんとしずかにしていたのに。どうしてみんな怒っていたんだろう。

 深い海の底にもぐっていくクジラのように、ひっそり、しずかにするのは得意だった。だから、息をするのをやめたときは、よろこんでもらえたんだよ。
 ぼく、それだけはきちんと覚えているんだ……。


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