「仗助、お前、なんで来たんだ」
露伴のぶっきらぼうな物言いに腹を立てる素振りもなく、仗助は視線を逸らした。まるで言い渋るかのような態度に、露伴が詰め寄る。命の恩人に対する態度ではない、と潤が間に入ったが、次の言葉を聞いて身体が硬直した。
「あいつに、玻瑠から聞いたんだろう。康一くんから情報が漏れることはない、となれば、【張本人】しか知らない情報だもんなあ。おい、違うか」
「……グレート、名推理だぜ露伴先生よお。だがしかし、ちと配慮ってやつが足りねえんじゃねえの。血を流しすぎてそういう機微ってやつも抜けちまったかよ?」
「御託はいい。【二藍玻瑠が、この騒動を起こしたスタンド使いなんじゃないか】とぼくは聞いてるんだ」
仗助は大きく舌打ちをして、それから話し始めた。
それは露伴が潤を探しに船着場へ向かった頃から、少し前の話になる。
康一と別れた仗助は、気掛かりがあり恋人の家へ向かっていた。潤が落としたというブレスレットを、波瑠が似たデザインのものを付けていたと思い出したのだ。
大学4年ともなれば授業は少なく、この時間彼女は家にいるはずだった。チャイムを押せばしばらくして玻瑠が出てきた。
首元の開いたワンピースに、髪をまとめた姿で現れた彼女には、少々危機感が欠如しているように思えた。エントリーシートを書いているところだったのだろう。招かれた部屋はテーブルの上以外は片付いていた。
「玻瑠さん、話があります」
「なあに、藪から棒に。コーヒーか紅茶飲む?」
玻瑠さん、と仗助は彼女の名前を呼んで、キッチンに向かおうとするその手を掴んだ。びくりと身体が震える。
「……正直に、答えて。あんた、鳥の形のブレスレット、持ってますよね?」
仗助の真剣な表情に萎縮した玻瑠は頷く。装飾箱から出されたそれは、確かに、康一が持っていたブレスレットと同じものだった。
「潤ちゃんとお揃いで買ったの、それが、どうかした?」
「入手経路だとかうだうだ聞くのはまどろっこしい。ので単刀直入に聞くぜ、ーー【これ】が見えますか?」
仗助の背後に、【クレイジー・ダイヤモンド】が立った。宝石の甲冑を身に付けた、彫刻のような身体をした男が急に現れて、驚いた玻瑠が悲鳴を上げた。
「見えるんすね、こいつが」
玻瑠は動揺して、視線を彷徨わせている。縋るような視線の先にいたのは、仗助ではなく、例の鳥籠だった。
「小鳥を見せてください。悪いが、この騒動の原因だとしたら、おれはアンタからそいつを取り上げなくちゃあならない」
「どうしたの。ちょっと怖いよ。こんな鳥が、関係あるわけないでしょ」
「関係無いですか? 本当に? この黒い羽根が降りだした時期と、あんたが鳥を飼い出した時期は一致する。それに、オレはそいつの抜けた羽根っつうのを見たことがないんですよ」
波瑠さん、そんなにマメに掃除機なんかかけますっけ? 仗助が冗談めかして言った台詞に玻瑠は唇を固く結び、沈黙を誘発しただけだった。
「……その鳥、他の奴らには【見えない】んじゃあないですか」
玻瑠は言葉を探して、頼るようにまた視線を鳥籠に向けた。その動作はひどく仗助を不快にさせた。なあ、オレよりその小鳥が大事かい。唇が震えたから噛み締めて、怒りを抑えるために拳を握った。鳥籠の中の鳥をぶちのめしてやれば、すべてが好転するのだろうか。仗助に重なるようにして立つ男は拳を握りしめて主の選択を待っている。
「ねえ、仗助。その幽霊みたいなひとを、どうにかして。お願いだから」
恐ろしい、と身体いっぱいに表現しながら、玻瑠は前に出た。まるで子を守る母のようだ、と仗助は場違いにも思った。
小鳥が嘴で鳥小屋の扉を押し上げて、自ら外に出た。真っ直ぐに羽ばたいて、彼女の肩に乗る。仗助を睨むとピィ、と威嚇してみせた。
「アンタ騙されてんスよ、お人好し。波瑠さん、その鳥から離れてくれ」
「……仗助がいつも、正しいわけじゃない。わたしの大事にしているものを、軽く見ないで欲しいよ」
波瑠の目に【クレイジー・ダイヤモンド】が見えているのなら、その男が腕を振るうだけで彼女と、彼女の小鳥を叩き潰せる力を持っているのだと判断できるはずだった。いや恐らく見えているのだ。彼女の視線は不安気に揺れ続けていた。仗助と、彼のスタンドを交互に見ている。
「オレは、アンタを傷つけたいわけじゃあない」
仗助も必死だった。どうしたらこのわからず屋を説得できるのだろう。波瑠の傍にいるその鳥はただのペットではなく、【危険なもの】であると、どう説明すれば伝わるのだろうか。
「わかってる、わかってるよ。でもわたしにも正しさがあるんだってば」
このままでは議論は平行線を辿るだろう。今にも泣きだしそうな恋人から、【スタンド】や【弓と矢】とは無関係な彼女から、この騒動の糸口を聞きだせる気がしなかった。たとえ、彼女が、当事者なのだとしても。
波瑠の指先が小刻みに震えているのを視界の端で捉えながら、彼女の肩の上から視線を逸らさない。小鳥はぶるぶる大きく震えていた。小鳥の愛らしい瞳が次第に濁り、小さな嘴のその奥から腐臭が漏れ出した。
『 ざ ま あ み ろ ! 』
接触の悪いテレビの放送画面のように、輪郭が歪む。小鬼のような異形を肩に乗せて、玻瑠は懇願するように仗助の手を掴んだ。ざまあみろ。それは勝利宣言のようにも聞こえた。
それは一瞬のことだった。【小鳥】が嘴を向けて仗助に攻撃を仕掛けた。それよりもはやく【クレイジー・ダイヤモンド】が拳をほどいた。指一本で、小鳥だったものを弾く。目にも止まらぬ動きに波瑠は反応できなかった。スタンドと呼べるかも怪しい小鳥の異形は霧散して、操り糸が切れたかのように玻瑠の身体が崩れ落ちる。スタンドのなりそこないのような、雑念のかたまりだった。
「……波瑠さん」
彼女が目覚めた時、傍に小鳥がいないことを知れば悲しむだろう。はじめから、居なかったことにできればいいのに。けれども仗助にはそんな能力はなかった。心の傷は、【クレイジー・ダイヤモンド】では癒してやれないのだ。
恋人と、杜王町に住むひとたちのことを天秤にかけるつもりはない。どちらか選べ、と言われたら、そんな問いを出してきた奴をぶちのめして両方掬うに決まっているのだけれど、現実はそう簡単ではなかった。
「キッツいビンタでも、なんでも受けるんで。すいません、ッス」
波瑠をベッドに寝かせて、ローテーブルの上に立ちあげたままになっていたパソコンに向かう。水色のロボットが微笑むスクリーンセーバーをクリックすれば、パスワードの入力画面が出てきた。危機感の薄い波瑠の携帯のパスワードは彼女自身の誕生日だったが、パソコンのパスワードは異なるらしかった。西暦を含めてみても駄目だったので、一か八かで仗助の誕生日を入力した。エンターキーを押せばロックは解除された。立ちあがったままのブラウザには電子掲示板と、メールツールの履歴が残っていた。
掲示板には匿名で彼女のパソコンのIDから【双子の女】についての書き込みがあり、メールの送信ボックスには岸部露伴にあてた位置情報が残されていた。
★★★
「……露伴、アンタは知ってたんだろ? 波瑠さんがこの騒動の原因だってこと」
灯台の灯りの下で、仗助、露伴、潤の三人は顔を突き合わせている。
身を切るような寒さだというのに、潤も露伴も仗助の話に静かに耳を傾けていた。
「いいや? 予想はしていたが、本命だと決めつけるには決定打に欠けた。犯人を見つけたのはお前さ仗助。お手柄だな」
露伴の言葉に、仗助が唇を噛み締めた。
波瑠の【スタンドもどき】の能力すらわからなかった。それを解明するには、岸部露伴のスタンド能力を頼るしかないのだ。
睨みあうふたりに割って入るように、潤が口を開いた。
「もう良いんじゃない。これで、あの気持ち悪い黒い羽が消えるなら。波瑠が悪さをしたわけじゃない。あの子には【スタンド】を操っている自覚すらなかったわけだし……」
「ぼくとしては、大恩ある仗助が【どうしても】と言うなら波瑠を【読んで】やってもいいがね」
露伴、と潤が嗜めて仗助の顔を見た。彼は明らかに悩んでいた。
謎は残っていた。潤のスタンドを広め、露伴にメールを送ったのは波瑠だった。けれども、ふたりの【スタンド】の入手経路がわからない。それから、【黒い羽根】についてもだ。波瑠の小鳥の体毛は鮮やかな青色だった。
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