みなさまはじめまして。本日は お集まりいただき ありがとうございます。
ぼくのなまえは …… なまえは、わすれてしまいました。
ここは夢のなかです。初めは、なにもないひとたちに 救いをあたえる夢、のつもりだった。けれどもぼくにはそんな力はなかったのでした。
この街に住むひとたちは皆、ぼくと同じ夢を見るでしょう。それはしあわせな夢ではないことを知っていました。ぼくはしあわせではなかったから。夢のなかでくらい、しあわせでいたい。だれもが望むことです。
ぼくも、寒いのがいやでした。お腹が空くのがいやで、痛いのがいやでした。だから、眠っている時だけくらいはあたたかくて柔らかい毛布に包まれていたいと望んでいました。
見たい夢を見ることができたらどれだけすてきでしょう。やさしい夢は、たまにしか見ることができませんでした。他は、現実のつづきみたいな嫌な夢でした。狭い部屋は汚く、一緒に暮らすひとたちはみなぼくのことを嫌っていました。臭くて汚くて頭の悪い生きものだと、彼らはぼくをいつもベランダの端によけていました。枯れた観葉植物の葉を、からからの土を、かじってはベランダの下をながめていました。
色あざやかなランドセルが、うらやましかったのを覚えています。
ぼくはいつのまにかゴミ袋に詰められていました。ゴミ袋の中はお日様が当たると温かく、夜になれば凍えてしまいそうなほど冷えました。きっと、そのころには身体の感覚はなかったのでしょうけれど、ぼくは日が上るのを楽しみにしていました。ベランダの手すりに小さな鳥が集まってくるのが好きでした。おとぎ話に出てくるように、木の実を齧れば良いのに、かれらはいつも捨てられたゴミから一生懸命食べ物を探していました。
かぴかぴになったお米は口の中にずっと入れておけばふやけて食べられるようになる、カビの生えたパンはカビを捨てればちょっとにおうけど平気。人の吐いたものがはいったビニール袋は、ラーメンがそのまま残っていたけれど、流石に食べられないと教えてやりました。
ある日、小鳥がぼくに近付いて、ゴミ袋に穴を開けました。小さなくちばしが、ぼくの爪先をつついて、恐る恐る皮膚をついばんだ。
「食べてもいいよ、きっとおいしくないけれど」
ゴミの味がするだろうな、とぼくは思いました。ゴミのように扱われ、ゴミを食べて過ごし、そもそもゴミから産まれたのですから。
ぱくり。こりこり。ごくん。小鳥はちいさな体でぼくの足の小指を食べました。骨まできれいに食べました。もっとやわらかい部分のほうが、食べやすそうなのに、小鳥は爪先からかじっていきました。ゴミ袋の中に頭を突っ込んで、もうすでに息をしていないぼくの身体を食べました。ゴミ袋の中には、ぱさぱさの髪の毛と、ぼろきれみたいな服だけが残りました。小鳥はちいさいままでした。今思うとすこしふしぎなことです。
そうして、ぼくの意識はふわふわと幽霊のように杜王町を漂うことになりました。
この杜王町には【幽霊】がいたと誰かが話していたので、ぼくはその【幽霊】と話がしてみたくて町中を飛び回りました。
けれども出会うことはできませんでした。きっと、ぼくは幽霊では無かったのでしょう。だって、ぼくのてのひらは鳥の翼に変わっていました。いつからか、ぼくは、ぼくの思考は、あの小鳥と混ざっていました。ぼくは幼いこどもだった。だから、きっとこんな風に難しいことも考えられないはずなのです。
だから、ぼくの感情を小鳥が代弁してくれているのです。ぼく、いや【彼】はちっともかわいい姿をしていません。近づけばひどい臭いもします。ゴミを食べきったのだからしょうがない。悪いなあ、と思って、ぼくは【水色のペンキ】を被ることを提案しました。
昔話になりますが、大きいゴミは、ぼくをゴミにする前はよく絵本を呼んでくれました。【青い鳥】という本が好きでした。それから、【幸福の王子】も。
ぼくは、幸福を運ぶ小鳥になりたかったのです。
みなさん、もしかして退屈でしょうか。ごめんなさい。
つまらないはなししかできないのに、長く話してしまうときらわれてしまうね。
結局ぼくは、みんなを幸せにはできませんでした。それは、きっと、彼らがうらやましくて、憎らしかったからだと思います。だからぼくの行く先では、みんなが苛立ち不安になりました。
どうして? 誰もゴミの近くにはいたくないのだと、ぼくは悲しくなりました。ぼくは、ぼくを必要としない人たちにもやさしくされてみたかったのです。
だれもかれものしあわせを望んだ絵本の主人公たちはすごい。まるで、かみさまみたいです。
ぼくは、探しました。ぼくが【見える人】を探して飛び回った。春になれば言葉の分からない国にだって行った。そこで、ある人に会いました。ぼくの【さいわい】を探す手伝いをしてくれるのだとおじさんは言いました。ぼくは彼の手伝いをすることにしました。
そして、見つけたのです。ぼくの【さいわい】を見つけた。ぼくはゴミのかたまりだから、沢山をしあわせにすることはできなかった。
たったひとりに、ちいさな【さいわい】を与えてあげたいと思ったのです。
……閉幕のブザーが鳴ります。
ぼくは夢の中から消えるでしょう。二度と、みなさんの夢にはあらわれない。
【なんでも元に戻せる】だなんて、かみさまみたいな力があれば良かったなあ。
終演前にご注意を。どうか、ぼくの【さいわい】にはお手を触れませんよう。もう、誰のものでもありませんので。
それではみなさん、さようなら。
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