「しかし妙だよなあ」
 ボクの家にお見舞いに来てくれた仗助くんがベッド脇の学習椅子に腰かけて首を傾げた。
 眉間に皺を寄せて考えている姿は友人ながら彫刻のように整っていて、近代芸術として美術館に飾る彫刻のひとつであっても存外気付かないかもしれないと思った。近代芸術のことなんかわからないけれど。
「一体どこのどいつが【双子の女】だなんて、噂を流したんだ?」
「え?」
「康一が会った潤さんは、確かに【スタンド】を使っていたんだろ? なら、本体かスタンドかはわからねえけど、【スタンド使い】以外には、潤さんはひとりに見えるんじゃねえかよ」
 確かに! ボクは思わずベッドから立ちあがっていた。スタンドはスタンド使いにしか見ることができないのだ。
 つまりは、その噂を流した人物もまた【スタンド使い】ということに他ならないではないか。
「あとよお、そのブレスレット、どっかで見たような気がすんだよなあ」
 仗助くんはサイドテーブルに置いてあった潤さんの落とし物を指差した。
 特別凝ったデザインという訳でもなかった。ミサンガに似たブレスレット。等間隔にビーズが編み込まれて、中心に鳥の羽と銀細工の鳥があしらわれている。
「きみの好きなブランドだったりする?雑誌で見かけたとか」
「どこで見たんだったかな。喉元まで出てきてるのによお」
 仗助くんに怪我を治してもらった礼を言えば、彼はむず痒そうな顔で「おう」と言った。ボクが彼に傷を癒してもらうのはこれで何度目だろう。彼の生活に【スタンド】はあまりに溶け込みすぎていて、なんでもないことのように大怪我を治してしまう。慣れ過ぎたくはないな、と自戒のように思った。
 彼は首を傾げたまますっきりしない顔で帰って行った。携帯電話でブレスレットの写真を撮るのも忘れなかった。
 ボクは窓から仗助くんの背中を見送ってから、出かける準備を始めた。全快した身体で向かう場所があったのだ。

★★★

 豪邸と呼んでも差し支えない大きな建物の扉の前にボクは立っていた。彼のことを恐れているわけでは無いが、この邸内で起こった事件は恐ろしい経験だった。だって、体重を半分にされたのだ。
 ふう、と息を吐いた。町内ではたびたび遭遇するが、呼ばれてもいないのに自分から訪れるのは、なんだか緊張してしまうのだ。チャイムを押そうと指を触れた瞬間、扉が開いた。どことなくデジャ・ビュの光景だった。
「待ってたよ康一くん。遅かったじゃないか」
 岸部露伴が扉を開けていた。待ち構えていたかのようなタイミングに、一瞬心を読まれていたのではないかと疑ってしまう。
「あれ。露伴先生、どこか出かけるんですか」
 露伴先生は玄関先だというのに鞄を持っていた。彼は普段よりも隈を濃くした顔で頷いた。
「ああ、彼女のところにね」
「潤さんの、とこ、ろ、ですかあ……」
 急に呂律が回らなくなった。露伴先生はボクの握りしめていたブレスレットをつまみあげてポケットに入れた。
 ボクは彼の家の玄関で仰向けに倒れている。シルクハットを被った天使のようなスタンド【ヘブンズ・ドア】が先生の傍らに仕えているのをどうにもできず見上げている。どうにも彼のスタンドとボクの相性は良すぎるらしい。原稿を手伝うんじゃあなかった。
 そして彼はボクのほほにペンを当てた。かりかり、と紙に書くような音が玄関に反響しているのだろう。
 【広瀬康一はこれから意識を失う。目覚めたあとに岸部露伴を追いかけない】
 彼は確かにそう書いた。そしてドアから出て行くときに背を向けたまま言った。
「悪いな、康一くん。親友のきみにも、恋人の苦しむ姿は見せたくないのさ」
 ボクは刈り取られていく意識の中で、必死にあらがった。意識を失ってはいけない。露伴先生を追いかけて、潤さんの場所を仗助くんは億泰くんに教えなければならない。ひとりで行かせるには危険すぎる相手だ。だって、露伴先生のスタンドは戦う術を持たないのだから。
 かちゃん、と郵便受けから鍵が投げ込まれた。おいおい、目覚めたボクはさすがに人の家を施錠しないぞ。

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