双子の幽霊が現れる、という噂が流れたのと、露伴先生の恋人ーー星野潤さんが行方不明になったという話を聞いたのはほぼ同時期だった。
露伴先生は見るからに空元気で、「気難しいネコみたいな奴だからね。気が向いたら帰ってくるさ」なんて強がりを言っていたけれど、寝る間も惜しんで潤さんを探しているのが目元の隈でバレバレだった。
ボクはきっと彼の仕事を手伝った、最初で最後の人間だろう。
潤さんは杜王町にある大学に通う女子大生で、露伴先生を通じて知り合ったボクらとも親しくしてくれていた。
年頃の男子高校生であるボクらは、一人残らず潤さんに憧れを抱いていた。こんなことを口にしようものなら、ボクの恋人である山岸由花子さんは目を吊り上げて憤怒の表情を浮かべそうなものだけれど、彼女さえ潤さんには尊敬と憧れの念を抱いていた。正直、あの傍若無人唯我独尊の露伴先生の恋人であることが信じられないくらい、立派な人なのだ。星野潤さんという人は。
だから、はじめは「露伴の野郎と喧嘩でもしたんじゃねえの」と軽口を叩いていた仗助くんと億泰くんも、大学にも姿を見せず、親しい友人とも連絡が取れなくなった状況を知ると態度を一変させた。
けれどもボクらの必死の捜索も虚しく、潤さんの手掛かりは見つからなかった。
★★★
『ところで、双子の女のことなんだけど』
『双子のおんな?』
『聞いたことあると思うよ。最近学校で流行ってる噂。童話の氷の女王みたいに綺麗な女の二人組で、夜に現れるんだって。その二人は顔がそっくり。だから【双子の女】』
『それが何か、潤さんに関係ありそうなのかよ?』
かちかちと携帯のボタンを押す。
肌に馴染んだ毛布にくるまりながら、携帯を隠すようにしてメールを打っていく。母さんに見つかるとどやされてしまうからだ。息子の部屋に入るのにノックなんかしないのだから困る。平日の昼間から寝転がって携帯を弄っているだなんて、友人たちには羨ましがられそうだ。
メールの相手は仗助くんだ。彼は学校だというのにやけに返信が早い。授業に出ず、屋上にでもいるのだろうか。
『ボク、昨日会ったんだ』
『マジかよ』
ボクは昨晩、老犬ボリスの散歩に出ていた。時間は21時過ぎだっただろうか。帰りにコンビニに寄って帰ろうと思っていたところで、見覚えのある女性の後ろ姿を見つけたのだ。
街灯に照らされた長身の女性は、影を揺らして暗闇へ消えていく。ボクは女性が誰であるのか、見当がついていた。スーパーモデルの後ろ姿は、普通の女性とはまるで違うのだ。
「潤さん!!」
大声をあげて走り寄る。途端、リードを握っていたボリスが走り出した。今まで見たこともないような唸り声で威嚇したかと思うと、口の端から泡を吹き出して吠え立てる。ボリスは草臥れた老犬で、散歩もボクに引き摺られるようにして歩くような温和な犬だ。ボクは潤さんであるはずの人影を見つめて、もう一度彼女の名前を呼ぶ。
緩慢な動作で振り返った潤さんは、仮面を付けたような無表情を浮かべていた。彼女は何も言わず、ひたりひたりと近づいてくる。ボクは動けなかった。【エコーズ】を出すことも忘れていた。身体が凍りつくほど美しい瞳が、ボクを捉えて離さない。ハイヒールを穿いているはずなのに、潤さんは足音を立てなかった。
ボリスが潤さんに飛び掛かった。リードは手から離れている。獣の牙が潤さんに届く前に、恐ろしい速さで潤さんの爪先がボリスを蹴飛ばし、老犬はゴム毬のように飛んでいった。
「ーーーッ【エコーズ】!!」
何かがおかしい。【エコーズACT3】がボクの背後に現れる。重力で動きを止めようと、潤さんに狙いを定める。潤さんが膝をつく。背後で弱々しく鼻を鳴らすボリスは無事のようだ。
「潤さん、どうしたんですか!」
俯く潤さんに声をかけた、その刹那。
どぶ、と鈍い音がして、鳩尾に膝が食い込んでいた。その威力は女性の蹴りではない。ボクは軽々と吹っ飛んで、ボリスをクッションにして三回転ほどコンクリートの上を転がった。
ブレる視界に映るのも、また【潤さん】だった。彼女も表情を変えない。エコーズの能力で動きを封じられていた女性が緩やかに顔を上げた。ボクを見下ろす潤さんの指先からは細い糸が伸びていて、その糸は立ち上がろうとする、【もうひとりの彼女】の背中に続いているように見えた。
『………というわけだよ』
『だから本日休んでるってワケね。帰りお前の家寄るわ』
ウチに来た仗助くんは、この怪我を治してくれるだろう。ボクは彼に渡さなければならないものがあった。昨晩、気を失う前に拾い上げたそれは、戦闘の最中で潤さんが落としたものだ。サイドテーブルの上で輝くのは、鳥の羽根を象ったブレスレットだった。紐が千切れてしまってはいるけれど、これはきっと、何かのヒントになるだろう。
prev next
top/
サイトへ