『七詩ちゃん、パーティーせぇへん?』

 スマホの画面に映し出された文字を指先で叩く。
 恋人である太志郎さんに返事をするために、わたしは濁った息を吐き出して居間のソファの上で寝返りを打った。
 彼が提案するパーティーの中身は、今までの経験上バリエーションが三つしか用意されていない。
 一、たこ焼き。二、餃子。三、鍋。この三つだ。
 俗に言うクラッカーが鳴り、ケーキが出てくるようなパーティーは開催されたことがない。まあ、二人で食べる夕食に華やかさはそこまで必要ないのだけれど。

『今日はあんまり元気がないです』

 よくわからない絵文字を文末につけて送った文章は、自分でもどっちつかずの回答だと思った。
 わたしの良くないところだ。仕事がうまくいかないとき、人間関係で気が滅入ったとき、体調が悪いとき、考えることを放棄して、優しい太志郎さんに選んでもらおうとする。

『元気ないならパーティーするしかないわな!! タコパしよタコパ』

 返信は早かった。タコの絵文字が沢山送られてきて、思わず笑いがこみ上げる。

『でもうちにはたこ焼き機がないですよ』
『七詩ちゃんはドア開けてくれたらええから。買い物もしとくわ。あとはたこ焼き大臣に任せとき』
『接待たこ焼き?』
『オーケー。タコパ改め接待たこ焼きや』

 とびきり明るくてやさしいわたしの恋人は、一時間後に行くわ、と言い残して返信をやめた。おそらくデスクに噛り付いて仕事を片付けているのだろう。
 若くしてヒーロー事務所を立ち上げて、数人のサイドキックと共に事務所を切り盛りしている太志郎さんはわたしとの年の差よりもずっと大人だ。
 今日も上司に無心で謝っていた自分を思い出しそうになって、頭を振って嫌な想像を追い出した。
 部屋を片付けなくちゃ。先日身幅を誤った彼に部屋の本棚を倒壊させられてからは、学習してたっぷりとスペースを空けるようにしている。
 
 チャイムを鳴らさずドアの前で声を上げた太志郎さんは、案の定両手いっぱいにたこ焼きの材料と巨大なたこ焼き機を抱えて立っていた。
 それよりも体型が普段と一変していることにわたしは驚きの声を上げる。

「あれ! ダイエットしたんですか!」
「フッフッフ、突然イケメンが現れたんや、驚愕するのもわかるで。スマンなァ二面性のありすぎる男で」
「この前本棚倒壊させて怒っちゃったから?」
「そんなんで毎回個性℃gい切るヒーローおらんわ」

 わはは、と笑ったスリムな太志郎さんは、器用に三和土で靴を脱いで部屋に入る。丸々としたフォルムの彼のイメージが強かったせいか、側に立たれるとなんだか落ち着かない。

「早よ戻さんと仕事に支障出てまうから、この姿の俺に会えるのもあと三日がええとこやな。それ以上は環が過労死する」
「早く太らせなきゃ……。太志郎さんがパワハラで捕まっちゃう」

 環くんは太志郎さんの事務所で働くサイドキックのひとりだ。上司の可愛がりにもめげずに頑張っているので、わたしは勝手に彼を応援している。
 スリムな姿が見れなくなるのは名残惜しいけれど、個性≠使用するために必要不可欠な要素が、彼にとっての「脂肪」なのだ。沢山食べてもらわなきゃ。
 太志郎さんは台所に立つと慣れた手つきでキャベツを刻んでいった。紅ショウガと、ネギと、揚げ玉と、材料が流れるように準備されていくから、わたしは冷蔵庫から卵を出して生地を作ることにする。
 二人しかいないのに卵を10個も割るのは、少しの背徳感がある。大志郎さんは人の10倍は食べるので、彼のために料理をするときはレシピの何倍分量で調理すべきなのか、わたしはいつも頭を悩ませてしまう。
 大人数用のたこ焼き機がテーブルに置かれた。熱せられた鉄板に油が引かれて、てらてらと鉄板が光る。煙が上がってきたところで生地が流し込まれれば、いよいよたこ焼きパーティーらしくなってきた。
 竹串を差し出せば太志郎さんが歯を見せて笑った。

「元気出てきた?」
「太志郎さんのおかげで、結構元気になりました」
「食ったらもっと元気でるわ」

 タコが中心に置かれていって、太志郎さんが目を光らせた。「今や!」と号令がかかるので、二人で同時に端からたこ焼きをひっくり返していく。
 相変わらずわたしは不器用だ。丸とは到底言い難い形のびろびろの生地が球体の鉄板の上で悲鳴を上げている。対して太志郎さんのたこ焼きたちは綺麗な形で鎮座している。流石関西人。

「太志郎さん、ここ火のとおりが悪いのでは…?」
「どれ、貸してみ」

 文句を言い始めたわたしに嫌な顔ひとつ見せず、太志郎さんはわたしの作品もといびろびろの生地を綺麗に丸めていく。はみ出したタコも大人しく中に収まって、何事もなかったかのように、まあるくなっていく。
 わたしはその様を見て、鼻の奥が痛くなってしまった。泣けてきそうだったから、すぐ横にあったタコをつまみ食いして誤魔化した。
 みんながみんな、この人みたいに優しかったらどんなに良いだろう。はみ出したり縮こまったりした身体を、やさしく丸めてもらえたらいいのに。
 
 仕上げに油で半分揚げられたたこ焼きはまるでお店の商品のような完成度だ。軽やかな手つきで差し出されれば思わず微笑みが溢れた。

「美味しそう……。なんか悔しいです……」
「コツ教えたる、いつでも自宅でお店の味よ!」

 いただきます、と手を合わせて、大口を開けた。一口で放り込む。できたてのたこ焼きは火傷しそうなくらい熱くて、でもとびきり美味しい。
 ふたりして熱い熱いと口を開けてるのが滑稽で、結局泣けてきてしまった。

「七詩ちゃん?」
「あち、あちち……、あっつ…! でもおいしい……」

 情緒不安定でごめんなさい、とわたしは泣き笑いのまま心の中で彼に謝る。太志郎さんはやさしくて、彼と過ごす時間は幸せで、わたしは彼と離れると不安でたまらなくなる。ずっとそばにいて、大丈夫だよって言って欲しい。

「太志郎さんと食べるご飯ってほんとに美味しくて、わたし、時々なんでか悲しくなっちゃうんですよ……」

 一人で食べる朝ごはんも、会話のない社食も、苦しいばっかりの飲み会も、全部、嫌いだ。彼とふたりで食べるご飯の温もりの前では、食べる意味すら見出せない。
 弱くてごめんなさい、面倒でごめんなさい。そんな言葉を口にするのもみっともなくて、わたしはたこ焼きを頬いっぱいに詰め込んだ。

「………ほひひい」

 太志郎さんはたこ焼きを焼く手を止めて、わたしの隣に座りなおした。ローテーブルに彼の膝がぶつかる。
 子どもをあやすみたいに大きな手が頭を撫でる。わたしは子どもみたいに俯いて泣いてしまう。
 
 あなたがいないと息もできない。そんな女にはなりたくないのに、抱きしめられたその背中に腕を回してしまうから、わたしはずっとだめなままだ。

<満月になれないふたり>

2019
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