それ鳴けやれ哭け愛いケモノ2*ひとヨル
「それじゃあ、お疲れ様〜」
ひらひらと手を振って、塵炭と相澤は明るい光の方へと歩いて行った。
「俺たちも帰ろうか、二次会楽しみにしてたみたいだけど、また今度だね」
天喰が匙測の背中を押した。自分の丈の長いカーディガンを羽織らせては彼女の手を引く姿からは学生時代の俯きがちな青年のイメージがすっかり払拭されていた。「にゃごにゃん……」匙測はすっかり気落ちした様子で、金魚のように口を開くものの、言葉を上手く伝えられる自信がないのだろう、かぶりを振って心操と檻舘に向けて手を振った。
「……あれ、天喰先輩。JRは反対ですよ」
心操の言葉を受けて、ふらふらと歩く匙測の手を引いて歩く天喰が足を止める。振りむいた顔は複雑な表情を浮かべていて、心操のシャツの裾を檻舘が小さく引いた。そこで、心操は自分の発言が余計なお世話であったことに気づいたのだ。
「あ、いえ……」
「……すくいさんが食べたら困るから」
「え?」
「鳥が、いるんだ。家に。だから、ホテルでも取って個性が解けてから帰るよ」
じゃあ、と天喰は話を切り上げて背を向ける。
確かに、先程の居酒屋でも匙測は焼鳥を黙々と頬張っていた。(ネギは避けて天喰の皿に乗せていた)飼っている小鳥を食べてしまうのは中々にショッキングだろうから、彼の言い分も理解できる。天喰に甘えるように腕を絡ませた匙測を見て、心操はごくりと唾を飲み込んだ。
隣を歩く檻舘は、心操のパーカーを羽織っている。華奢で小柄な檻舘にとって大きすぎるパーカーはフードまで被れば彼女の頭上の猫耳を上手い具合に隠してくれる。長い尻尾はスカートのベルトの隙間から無理矢理外に出しているからか、緊張したように伸ばされていた。
心なしか隣を歩く彼女の足音が静かで、その華奢な爪先が影を作りアスファルトを踏みしめる様を眺めてしまったりする。猫化の個性の影響を受けていない、と言いながら、やはり猫耳と尻尾以外にも彼女の身体に影響を与えているようだった。爪先で歩く様は軽やかで、パンプスの踵を地面に触れさせずに歩く様はバレエの舞台のようにも見える。
「人使くん?」
「ああ。いや。なんでもないよ」
「……この個性、次の日には元に戻ると言っていましたね。世の中に体表に発現する個性は多けれど、わたしも人使くんも顔が割れているものですから、あまりこの格好で外をうろつきたくはないのですが……」
心操の顔を見上げる檻舘と視線がぶつかる。街の明かりを受けて彼女の瞳は硝子玉を嵌めこんだように光っていた。これも猫に似ていて、心操はつい視線を逸らしてしまいそうになる。彼女と恋人と言う関係になって、身体を重ねた経験だってあるのに、どうも檻舘の澄んだ瞳には弱い。いや、彼女の前では自分など形無しになってしまうのを、心操は自覚していた。そんな自身を頼りなく情けなく思うものの、檻舘が彼の背中を押す度に、その情けない卑屈な精神は霧散していく。彼女が居なくとも立つことはできるだろうけど、きっと、足を進める方向はもうわからない。
「……ヨルが、良ければ」
「うふふ、確信犯ですの。実は、ちょっと興味があったんです。ベッドが回ってバスタブが七色になるんでしたっけ?」
「回るかな……?」
ふたり手を繋いで、夜の繁華街を歩く。客引きの青年の声を背中に受けて、人の多い通路を通る時は彼女の手を引いて身体を引き寄せた。パーカーのフードによって隠されているとは言え、猫の耳と尾を生やした恋人を人目に晒したくは無かったのだ。
どこにしよう、なんて及び腰になるのは酷くみっともなく感じたから、主張が激しくなくて、それでいて小綺麗そうなファッションホテルを指した。素直に頷いた檻舘は一瞬照れくさそうな表情を浮かべたものの、それはパーカーのフードに隠されてしまい、表層に現れたのは好奇心を孕んだ声色だけだった。
「……なんだかくすぐったい、ですね」
ホテルの入口から部屋まで、誰とも会わずに豪奢な装飾に彩られた廊下を進んだ。充てがわれた部屋の扉を閉めれば、背後で施錠の音が鳴る。
靴を脱いで、振り返って視線を合わせた檻舘がそんなことを言うものだから、思わず生唾を飲み込んでしまう。
ーーもう、逃げられないな。
ああいや、違う。そんなことを言われて喜ぶような女の子じゃないことは、心操本人が良く知っていた。檻舘が自分のもとから逃げる未来など想像できない。彼女自身が選択して、この場所にいるのだ。だから、この絹のような髪にくちづけをして柔肌に舌を這わせることも、彼には許されている。
「……俺は、ヨルと二人きりになるたび、途方も無い程の幸せ者だなと思うよ」
「へ。……酔って、ます?」
「酔っては、ないけど。……雰囲気に飲まれて興奮は、してるかな」
あらあら、と口元に手を当てた檻舘は瞳を三日月型に歪めて、もう片方の手でドアノブを回した。
「……わたしも、少し、飲まれています。ベッド、回らなくても、いいかなって」
ーーオレは、君に責められることを望んでいる。
心のどこか、誰にも気づかれないようにと何重にも鍵をかけてしまい込んだ愚かな感情が、檻舘の前では空気を求める魚のように意識の表層に浮上してくるのを感じていた。
それは、自責の念みたいなもので、手に入れたくて仕方のなかった宝物をようやく自分のものにした帰り道、水面に映った自分の姿が目も当てられないような化け物だった、そんな感覚。つまりは、いまだに、この麗しの君と自分がつり合っていないような気がしているのだ。愚かにも。
広くて華美な部屋のソファに荷物を置いて、どちらもとなく手を取ってはバスルームに向かった。服を脱ぐ前に抱き合って、くちづけを交わす。早急だと笑われるな、と自嘲的に口元が歪んだが、唇を離した先、糸を引く唾液を舐めとった檻舘の瞳が熱に浮かされているのを見てしまってからは、もう、心操の胸の内を押さえる箍などどこかへいってしまった。
清潔なバスルームの中は水音に溢れていた。彼女の望みどおり備え付けの入浴剤を入れた浴槽に湯を張って、湯が溜まるまでシャワーを浴びる。二人でファッションホテルのバスルームにいて、何もしないだなんて選択肢は存在しなかった。
もう一度、今度は何も身につけていない檻舘の肌を堪能するように抱きしめて、濡れて額に張り付いた前髪を避けてキスをした。額に、瞼に、それから愛くるしい頬に。勿体ぶって唇に触れれば、彼女の腕が背中に回された。隆起した筋肉を確かめるように背中を二度三度撫でるその行為に、心操は自分が酷く焦らされているような気になる。
行為の主導権を握っているのは心操の方で、檻舘は彼に身を任せてくれる。今までも、これからだってその筈なのに、心操は彼女の反応が気になって仕方がない。
ーー臆病者、と言葉をなぞるだけの叱責が胸の内で響く。檻舘からの叱責は、いつだって激励の一面を備えている。
「……っ、人使、くん……」
開いた唇の間に舌を差し込んで、歯列をなぞる。来客を受け入れるようにおずおずと舌が差し出されて、舐め上げればその表面はやけにざらついている。猫の舌だ。猫化の影響なんて受けていない。そんな態度を崩さない檻舘の変化を全て暴いてやりたくて、利き手を彼女の後頭部に添えて、角度を変えて深く舌を差し込んだ。
ザラついた舌を擦り合わせるたびに、腹が熱くて堪らなくなる。全身が快感を求めていて、けれども粗末な脳だけが、腕の中の彼女に気持ちよくなってほしいと叫んでいる。
唇の隙間から短く吐息が漏れる。苦しそうに目をきつく瞑る、折舘が鼻で息をしているところなんて見たことがない。それが可愛くて、赤くなった頬も、胸元に押し付けられる柔らかい乳房の先端が尖っていることも、全て、愛しくてたまらない。
「……ヨル、……」
後頭部に手を添えたまま、もう片方の手を彼女の足の間に滑らせる。尻たぶを撫でて、尾*骨の辺りから生えている濡れた尻尾を掴む。男性器を扱くように掴んで上下に摩ってやれば、大袈裟なほどに身体が跳ねた。
「ヒッ、……にゃ、ァ!!」
ああ、やっぱり。
高らかな声に、心操は自身の背骨が蕩けそうになるほどの興奮を覚えた。ああなんて愛くるしい猫なんだ、畜生。誰に対しての悪態なのかもわからない。涙目でこちらを見上げる檻舘は恨めしげに、けれども続きをせがむ貪欲さは手放していない。
くぷり、と音を立てて指が檻舘のナカに潜った。先ほどまで尾を扱かれていたときよりもずっと、彼女にとっては馴染み深い感覚が襲う。
「……っ!! ふ、ぁ……!あっ……、せい、きゅ……で、す……っ、あんっ、んっ……」
シャワーの湯で有耶無耶にはなっていたが、檻舘の内側からは体液が溢れ出て太腿を伝っていた。それを気付かれたくなくて、脚を擦り合わせていたところ、タイミングよく与えられた快感だ。声を我慢出来るはずもない。
初めは探るように、けれども中が蕩けきっていることを見抜かれてしまえば、容赦なく心操の節くれだった長い指が押し込まれた。最奥まで差し込んだ後に、指を曲げては腹側を突かれる。何処が気持ちよくて、どこが感じる場所なのかを、知り尽くされているような気がして、恥ずかしくてたまらなかった。
「っ、ずる、い…! ずる、いです…っ、こんな、っ、ああっ、も、う……っ!!」
抱きしめられて、また頭を撫でられた。思わず見上げれば意識を奪うようなくちづけに黙らされて、気が狂うほどに中をかき混ぜられる。
もうすっかり彼の指と、彼自身に仕込まれてしまった檻舘の身体は、続きを考えてはまた足の間を濡らす。足りない、彼の指だけでは足りない、と声を上げそうになる。
一番気持ち良くなる場所があるの、と心操の耳元で囁いて彼の手を引いて強請りたくて仕方がなかった。ベッドの上でなくたっていい。なんでもいいから、早く、いまお腹に擦り付けているその貴方自身で突いて、欲しい。
「あっ、にゃっ、ぁ……っ!! ひと、し、くん……ひとし、く……っ」
くん、と指が強く曲げられて、檻舘の身体が跳ねた。軽く達してしまったのだと、彼女自身もわかって、頬に熱がこもる。先ほどから嬌声に混ざる猫の片鱗についても羞恥が襲ってきた。
「っ………、お風呂、入ってからに……しましょ……?」
荒い息を吐き出した心操が檻舘の肩に顔を埋めて、「ごめん」と吐き出した。硬い髪を撫でて、檻舘はまた自分の腹部がじわりと濡れたのを感じた。
多少冷静になって、身体を洗い終えてから湯船に浸かる。背後に陣取られて仕舞えば逃げ場もなく、頭に生えた猫の耳を満足するまで弄る片手と、身体を押さえ込むように、これまた檻舘の足の間に潜り込む節操のない指先に翻弄されてばかりだ。
悔しい、今に見ていなさい。檻舘は好き勝手身体を撫で回す心操を睨みつけてやりたいと願うのだけれど、思考は身体を襲う途方も無い快感や、耳元で響く彼の低く甘い声によって跡形もなく霧散してしまう。
もう、どうでも良いと思えるほどに気持ちが良くて、なけなしの倫理観も、道徳も、矜持さえも手放して、動物みたいに心操に縋り付いて今すぐ抱いて欲しいと口走りそうであった。
「ひ、とし、く……、だめ、わたし、ばっか、り、駄目です……。逆上せて、しまい、ますから……」
びくり、と何度目かもわからぬ浅い絶頂を味あわされた後、檻舘がようやく心操の頬に触れる。
我に返ったように心操は檻舘の猫耳にくちづけを落として、「そろそろ、あがろうか」と熱に浮かされる目で告げてきた。
「……まだ、ですわ。私ばかり気持ちよくては申し訳にゃいですもの。ね、座って」
湯船から緩やかに立ち上がった檻舘から香り立つ艶めかしさに、思わず言葉を失った心操は彼女に言われたままに浴槽の縁に腰掛ける。
へたり、と磨き上げられたバスルームの床に濡れた檻舘が膝をつく。心操の足の間に華奢な身体を割り込ませてーー、既に聳り立つ心操の性器に触れた。
「うわ」
「……うわ、てなんですの、うわ、て」
「や、……その、テンションが……」
「素直ですわね?」
「まあ……」
白魚のような手に桜貝色の爪が飾りみたいに乗せられている。まるで人形のようだ、と檻舘の美しく手入れされた指先を見るたびに思う。まるで実用性が無さそうなのに、檻舘は器用に料理を作るし、取れかけた釦の付け替えだって容易にこなす。彼女の手首から上を差し出されたら喜んで受け取って、自室で一人恍惚と眺めて時々その指を口に含むくらいのことはーーしてしまいそうなほど、完成された美。
その、心操が滑稽なほどに入れ込む檻舘が、檻舘の指先が、彼の性器に触れる。
どくり、と心臓が音を立てた。初めてじゃ無い。唇で慰めてもらったことだって一度ではないのに、どうしてこんなにも、昂ぶってしまうのか。
「……っ、暴発させたらごめん……」
「ふふ、許してあげます。ニャアと鳴いてくださっても、構いませんよ」
夜は、長いのですから。
そう、檻舘は心操のものに頬擦りしながら口にした。可愛がってくださいまし、だなんて古めかしく貞淑な妻みたいだ。また、ごくり、と唾を飲み込む音が心操の頭蓋に反響する。
夜は長い、確かにそうだ。明日は仕事も大学も休みで、光さえ差し込まないような作りの"そういうことをするための"ホテルは、強欲な二人にこれ以上無いほどに誂え向きであった。
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