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 拍手の音に振り向いたのは三人同時だった。謁見の間の静寂を破ったのは、三人ともがよく知る顔をした男だった。

「お久しぶり」
「俊平……」

 剣を握った潤と鳴を見るや否や、俊平は両手を上げて戦うつもりは無い、と告げた。
 固まる二人を看過し、座り込む波瑠に向かって屈み手を差し伸べる。

「お手をどうぞ?女王陛下」
「……どの顔を、私たちの前に出してるの」

 波瑠に差し伸べた手を拒まれると俊平は緩慢な動作で立ち上がり、波瑠と潤、鳴に対峙して言った。

「そいつは失敬。ま、言わせてもらえば、ちょろい国だった。人々は疲弊している。金は無い。ノウハウの無い状態で若い連中しか動ける人間がいないっていうのは致命的だし、能力のある人間はいても土台が整ってないから情報はダダ漏れだ」

三人とも、言い返す言葉を持たなかった。俊平は続ける。

「先王の采配は中々目を見張ったが、結局老獪な狸を始末できなかった新王様の弱さが祟ったな。優しさと甘さを履き違えていたようで」

波瑠が唇を噛む。

「急激に力を付けたアルスハイルも、来るもの拒まず去るもの追わずは自警団だからこそできた技だったな。結局早とちりで煽るだけ煽った民衆の収集がつけられないと来た。そりゃあ、俺達に漬け込まれても仕方ないだろう?だって、信用しまったんだもんなあ」

「……今更、何を、しに来たの」

潤が絞り出すような声を出した。鳴も、潤も怒りに打ち震え、今にも俊平を掴んで引き倒しそうな形相をしていた。

「いやね、一つ仕事が終わったんで。これからはアルスハイルの一員。セロシアの一員として仕事を果たそうかと」

「何を……」

「俺の仕事はね、波瑠様。一つ、アルスハイルに力を付けさせること。二つ、内乱の原因を作ること。三つ、混乱に乗じて鶴喰大臣を国外へと脱出させること。アルスハイルに武器の援助をしたのも、ミアプラで女王を射たのも俺が犯人。バイアトの焼き討ちは……言わなくてもわかるよな」

外の喧騒も、俊平の言葉も、入ってくる言葉が全て作り物のように耳を通り抜けていった。

「それで、ここからが果たしてなかった仕事をしようかと。鶴喰大臣を拘束して居場所を逐一報告する義務を怠っていたことをここに謝罪して、現状を報告。アルスハイルに仇なした敵を拘束し、リーダーの眼前に連れてくること。この二つ」

 まさか、三人とも目を剥いた。目の前の男の存在は揺らぎ、自分たちを奈落の底へ突き落す悪魔にも、天上へ引き上げる天使にも成りえた。
 騒がしかったのは外だけではないようだ。俊平が声を掛けると、謁見の間に何人かの男が入ってくる。その中には怪我を負ったクリスと一也もおり、二人の傍にいた青年が波瑠の方へと駆け寄ってきた。潤と鳴にとっては見慣れない男だったが、波瑠は彼を見てまた驚いた声をあげた。

「アキラ……?」
「御無事ですか!波瑠様、彼らは……」
「あー、いいいい、自己紹介くらいは自分等でできらぁ。俺達はネグラクタから、お届け物をしに態々セロシアくんだりまで出向いた次第よ」

 アキラが口を開く前に、俊平の後ろに立っていた男が言った。歳の頃は四十を過ぎたところか、無精髭を撫でる男の口から放たれた言葉に、波瑠が反応する。

「ネグラクタ?なぜ、隣国の使者が今ここへ来るのですか」
「おーおー、さっきまで泣いてたのに。気丈なこった。何故かって、アンタのおじさんがネグラクタに亡命して傭兵の俺らを雇ったからよ。な?」
「貴様ら、どういう了見だ」

 ネグラクタからの使者だと名乗った男の言葉に反応して、彼を押しのけて異論を放ったのは失踪しているはずの鶴喰だった。鶴喰の顔は民衆には割れていない。驚きの声を上げて立ちあがったのは波瑠だけで、彼女のその行動に鳴と潤が剣に手を掛ける。

「真田、轟。御託を並べている暇はない。さっさとあの蛆共を始末しろ。民衆は結果を待っている」

 鶴喰の容貌は波瑠とは似ていなかった。ギラギラと野心に燃える目だけが光り、鶴喰が玉座に目線を掛けたのを見て、潤が目元を拭って声をかけた。

「貴方、今更この国に戻ってきてどうするつもり?」
「掃溜めの雌犬が気易く声を掛けるな。決まっているだろう。反乱の責任を取って先王が崩御した後、新しい王が必要だ」

 鶴喰の予想では全てが終わっているはずだった。アルスハイルと国軍の勢力を同等にし、相打ちを狙う。俊平の連絡から本国の事情は手に取るように解っていた。鶴喰が王宮に帰還するときは、波瑠の首が民衆の前に掲げられ、残党となったアルスハイルをネグラクタの力を借りて始末する。そのようなシナリオだったはずなのだ。
 その言葉を聞いて、手を叩いて笑ったのは自分の味方の筈のネグラクタの者達だった。
 国王の部下も、鳴も潤も黒幕の登場と突然の展開に驚きを隠せずにいる。
 使者を名乗った年配の男の横から、体格の良い青年が前に出た。

「おめでたい頭してんなあ、鶴喰さんよ。俺達がアンタに頼まれた仕事は全うしたんだよ」
「話が違う。私が王位に即くまでがお前らとの契約の筈だ!」

 噛み付くように反論する鶴喰の姿に、青年が嘲笑を浮かべる。選手交代、とでも言うように、俊平が言葉を続けた。

「内乱のきっかけも起こした。情報も流してやった。それでもまだこの国が首の皮一枚繋がってんのは、それこそアンタが信じてなかった『人の力』って奴があったからだろうな」
「てかよ、いい歳してみっともねーんだよ。ここまでお膳立てしてやってんだ。王位に即きたきゃこの場で、自分の力で手に入れてみろや」

 鶴喰とネグラクタの使者だと名乗る者達が会話をしている中、波瑠達は現状を理解するために必死であった。どうやら、ネグラクタは鶴喰を見限るらしい。激昂する鶴喰に向って俊平が言い放つ。

「まぁ、俺らにしてみたら誰が勝利したって構わないんだ。今この場で決めてくれよ。誰がこの国の頂点に立つんだい?」
 にっこりと白い歯を見せて微笑む俊平は、鶴喰、波瑠、それから鳴と潤を見回した。

「わたしが、この国の国王です」

 声を上げたのは波瑠だった。事の成り行きを見守っていた彼女の部下達も身体を強張らせる。今この場にいるのは、怪我を負った二人の宰相と文官が一人。もし国王が危険に陥った時には身を張ってでも飛び出す準備はできていた。
 その言葉を受けて、鶴喰が自身の剣を抜いた。丸腰に見えた波瑠が腰から護身用の短剣を引き抜く。戦う気なのだろうか。ネグラクタの使者たちは呑気に口笛を鳴らした。

「分不相応の地位に即き、随分態度が大きくなったようだな」
「その言葉、そっくりお返しします」
「調子に乗るなよ、屑」

 鶴喰が剣を構え、切先を波瑠に向ける。対峙する波瑠の手にあるのは玩具のような短剣で、剣を握るその姿は不慣れに映った。武術に秀でていた先王と共に、若かりし頃の鶴喰は蛮勇で知られていた。向き合う両名はまるで剣の稽古をつけているかのようで、波瑠は張り詰めた空気の中、少しだけあり得ない未来を想像して口元を歪めた。
 鶴喰が大きく足を踏み出し、剣を振り切った。ごう、と風を切る音が広間に響く。けれども剣の先に波瑠の姿は無く、身体を屈ませ一撃を避けた彼女は振り降ろされる二撃に備えて下がるのではなく、一歩更に踏み込んだ。迷いの無い動きに、一瞬怯んだ鶴喰の剣に自身の短剣を添え、剣を滑らせたまま自身の間合いまで近づく。短剣を両手に握り、柄を握るその手を殴るようにして切りつけた。手の腱を傷つけられた鶴喰は剣を落とすが、彼はすぐさま逆の手で剣を掴み、波瑠に切りかかろうとする。
 けれどもそれは叶わなかった。

「………蛆共が、何を」

 剣を振り上げたままの鶴喰の身体を、二本の剣が貫いていたからだ。

「貴方は、痛みを知るべきよ」
「俺達が本当に裁くべき相手に、剣を放っただけさ」

 潤と鳴が剣を引き抜くと鶴喰の口の端から鮮血が零れ、咳き込んだ拍子に波瑠の白いドレスに血を飛ばした。膝をついて崩れ落ちる鶴喰を見下ろす三人に、俊平が拍手を贈る。

「共闘とはやるなぁ。それに女王様、剣なんて使えたのかよ」
「ちゃんと、できたぁ……」

 俊平の軽口は届いていないのか、波瑠は体を震わせて安堵の溜め息を吐いた。吸って、吐いて、それからドレスの埃を払い、潤と鳴を見つめる。先程の泣き顔が嘘のように、三人とも赤い目元のまま気丈な顔をしていた。

「潤ちゃん、成宮くん。……革命は成功だね。貴方たちアルスハイルの勝利だ。王制を廃止するも、残った王族を処刑するも、貴方たちに判断を委ねます。けれども、さっきの頼み事は聞いてほしいな」
「良いのかい?俺達に任せて」
「民衆の代弁者として、お願いします」

 微笑んだ波瑠の肩を叩いて、鳴はゆっくりと息を吸った。彼女は仕事を終えたのだ。
 鳴が謁見の間に響く声で告げた。

「アルスハイルは革命を成功させた! 圧政の元凶を粛清し、この国はまっさらになった。王族も、民衆も、これから正しい方向を向いて歩んでいくんだ。その方向を示せるのは俺たちじゃない。この国を知り、この国を守った者が未来を決めるんだ。波瑠陛下。俺たちは、これから貴女を見定めさせてもらう」

 鳴の言葉を受けて、潤が彼の手を握った。誰かのために剣を持ち、血を流し、自分がいくら傷つこうとも正しい答えを選べる人だった。だから潤は鳴の隣に立つことを熱望したのだ。

「良いのか?あんたと潤が二人で民衆の上に立つこともできるんだぜ?」
「これでいいの。私も、鳴も。小さなスラムの自警団のリーダーで、十分だったんだから」

 俊平の問いに、潤が答える。鳴の決断を受けたネグラクタの面々も頷き合い、「中々面倒な国になるかもなあ」と年配の男が呟いた。

「……ありがとう」
 鳴の背に震えた声が届いた。振り返れば一也が膝をついて、大粒の涙を溢していた。その隣でクリスも涙を湛えている。潤と鳴は泣き崩れる大の男二人を見て、お互いに微笑みあった。

「それじゃあ、みんなに伝えに行きましょうか!」

 潤が声をあげると、鳴は自身の剣を振りかぶり、事切れていた鶴喰の首を落とした。

「ほら、波瑠も来て」
 切り落とされた親族の首を見て、感傷に浸りかけていた波瑠の手を潤が引いた。三人はバルコニーまで移動し、吹き抜ける風に頬を打たれた。

「ここからが、国王の仕事でしょ」

 民衆の前に出た三人は、入城から随分と時間が経ってしまったことに気づいた。鳴が高らかに革命の成功を叫び、鶴喰の首を掲げた。民衆が歓声を上げる。潤が民衆の苦労を労い、自分達の想いが国を動かしたことを説明した。その上で、英雄である彼らが王を選んだこと。

 二人に背を押され、波瑠が国民の前で頭を下げた。ドレスは汚れ、髪は崩れていたが、美しい一礼だった。大きな歓声が上がり、三人に割れんばかりの拍手が送られた。その中には国軍の兵士も、アルスハイルの兵士も共にいた。

 三人が手を取る。小さな国の未来はまだ夜の帷の中にあるのだろう。それでも足掻くのだ。光の射す方へ、足掻いて、手を伸ばして、掴んだ小さな光を胸に灯して、彼等は生きていく。
 顔を上げた先の空にはいつの間にか、一番星が輝いていた。



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