You aren't forgot

青い空に、白い飛行機雲が一筋走る。
何となくそれを眺めて、織乃は自分の携帯の電話帳を見た。

「増えたなぁ……」

初めは片手で足りるほどしかアドレスと電話番号が登録されていなかった彼女の真新しい携帯電話も、今では仲間たちのアドレスで一杯だ。
その一覧の中頃にある鬼道の名前をそっと指でなぞり、彼女は小さく微笑む。

ダークエンペラーズとの戦いから、5日が経過した。
風丸たちはエイリア石の影響が後遺症として体に残ってしまわないか、その翌日、丸1日を掛けて綿密に検査してどうにか無事に何事もなく戻ってきた。
剣崎は鬼瓦の手により逮捕され、今も尚、ニュースは吉良の影に隠れ世界征服を目論んだ彼と、それを打ち倒した雷門イレブンの情報で持ちきりだ。

けれど、今はそれも全て過ぎたこと。旅を重ねた円堂たちは前よりも一回りも二回りも成長して、雷門イレブンに戻ってきた風丸たちも、何かを失いかけながらも精神的に成長した。とどのつまりは、みんなでまたサッカーが出来るようになって良かった──所詮一介の中学生たちにとっては、それだけの感想で事足りることなのである。

「──わっ!?」

不意にポケットに戻そうとした携帯が着信を訴えて、織乃は危うくそれを落としそうになった。
ディスプレイに映っているのは、見慣れない番号。織乃は首を傾げながら通話ボタンに指を掛ける。

『──もしもし。御鏡織乃さんの携帯ですか』
「は、はい…………って、その声」

「瞳子お姉さん?」電話越しに聞こえてきた落ち着いた雰囲気の声は、確かに瞳子のものだった。
久し振り、と言うわけではないけれど──と前置きした瞳子が、微かに笑った気配がする。

『本当なら5日前にすぐ連絡を入れられれば良かったんだけど……父さんの件で立て込んでいて。ごめんなさいね』
「いえ……でも、どうして私の番号を?」

確か瞳子は、響木や雷門理事長を除き誰とも番号は交換していなかったはずだ。
不思議に思って問い掛けると、「今朝鬼瓦刑事が来たから、その時にね」と答えが返ってくる。

『剣崎のこと、本当にごめんなさい。あんなことになる前に、私があいつの本性に気付いていれば……』
「ううん、良いんです。もう終わったことですから」

それに、これ以上彼女が自責の念に囚われる必要はないはずだ。即座に首を横に振りながら返すと、ややか細い声でありがとう、と聞こえてきた。

『時間があれば、全員に連絡をしたいところだけど……そうもいかなくてね。悪いのだけど、織乃ちゃんから彼らにお礼を言っておいてくれないかしら』
「ええ、分かりました」
『ありがとう。あなたも近い内に、またおひさま園に遊びに来て頂戴。みんな待ってるから──それじゃあ、』
『瞳子姉さん、判子が見つからないよ!』

最後に遠くからヒロトのものと思しき声が聞こえてきて、通話は終わった。
一息吐き、ちらりと机に置いた時計を一瞥した織乃はハッと目を見開く。

「あ──まずい!」

自室の窓際、日陰になった部分に干しておいた目的のものを丁寧に畳んで、紙袋の中へ入れる。
慌ただしく部屋を飛び出した織乃に、音を聞きつけたらしい大樹がひょこりと部屋から顔を出した。

「姉ちゃん、そんなに慌ててどこ行くんだよ?」
「空港! 行ってきまーす!」

「空港〜?」何でそんな所へ、と首を捻る弟には目もくれず、靴を引っかけた織乃は家を飛び出していく。
今日は、吹雪が北海道に帰る日なのだ。




宇宙人を装った過激派組織を倒した中学生。
そんな見出しで紹介され、一時の英雄となった雷門イレブンはしばらくテレビや雑誌の取材に捕まって放してもらえなかった。
小難しい話は響木や雷門理事長、それに塔子の父である財前総理が気を利かせてくれたこともあり子供たちは簡単なコメントを残す程度に留まったが、それでもいくつもある新聞社やテレビ局の猛攻からは逃れることは出来ず。
それは途中参加だった吹雪たちも同じ事で、彼らもまたしつこいくらいの取材で中々地元に帰る時間が取れなかったのである。

今ではもう新聞もニュースも落ち着いたもので、雷門イレブンもようやく一息吐けるようになったところだ。
海が恋しい、と取材中ずっとむくれていた綱海は、昨日の内に新幹線と船を経由して沖縄へと帰った。今頃は大海原中の仲間たちに胴上げでもされているところだろう。

立向居も同じく、途中まで綱海と同じ新幹線に乗り福岡へと戻った。彼は最後まで、円堂たちと共に戦えたことが嬉しかったと頭を下げっぱなしだった。

対し、本州に実家がある塔子やリカ、木暮は今日の午後それぞれ帰宅することになっている。
リカに至っては一之瀬をどうしても連れて帰りたかったようだが、それは円堂や秋、それに織乃や一之瀬本人の必死の説得によりどうにか事なきを得た。

そして吹雪は今日、昼の飛行機で北海道へ帰る。
自分の中に、弟の人格が生まれた場所へ。
吹雪自身は、雷門イレブンを離れることはあまり寂しいとは思っていないようだった。きっと円堂と同じように、サッカーをしていればまたいつか会える──そんな考えがあるからだろう。
思えば、初めから彼と円堂はよく似ていた。外見は思考は勿論正反対だが、サッカーを愛する気持ちは同じだった。

月並みな言葉だが、彼らが出会ったことは運命だったのではないかと織乃は思う。
お互いがお互いに干渉して、心も体も強くなった。出会うべくして出会ったと思えるのだ。
初めて会った時は雪の中で震え、どこか頼りなさげだった吹雪も、今ではこうやって花屋の若い店員と楽しげに談笑している──

「──って吹雪さん!?」
「あ、織乃ちゃん。こんにちは」

町中の花屋の前を通り過ぎかけて、織乃は急ブレーキを掛けた。
1番空港にいなければいけない筈の吹雪が、あろうことか花屋の女性店員とにこやかに談笑していたからである。

「こんにちは……っじゃなくて、何でまだこんなところに!?」
「いやぁ、あはは。どうも道に迷っちゃったみたいで」

そう言えばあの時も彼はほとんど遭難した状態だった──そんなことを思い出して、織乃は頭を抱えた。

「はぁ……じゃあ、一緒に行きましょう。飛行機に乗る人が空港にいないんじゃ、話になりませんからね」
「うん、ありがとう」

さよなら、と吹雪は店員に軽く手を振って、駆け足から早足になった織乃の隣へ並ぶ。

「そう言えば……吹雪さん、何で花屋に?」

またあちらから声を掛けられたんだろうか。稲妻町に滞在してからの5日間、吹雪は仲間たちと一緒に町へ出る度に、年齢問わず色々な女性に声をかけられていた。
しかし今回はそんなことはなかったようで、「ちょっと花を見たくて」と彼は穏やかに微笑する。

「織乃ちゃん、北ヶ峰を覚えてる?」
「きたがみね……って言うと、吹雪さんと初めて会った時の?」

そうだ、吹雪が立っていたのは北ヶ峰と言う名前の場所だった。あそこは僕にとって大事な場所なんだ──確か、彼はそう言っていた。

「あそこにね、花を手向けたくて。勿論花は北海道へ着いてから買うつもりだったけど、今の内ににどんなのが良いかイメージしておきたかったんだ」
「花を…………」

そこで織乃は、その時古株が北ヶ峰を『雪崩の多い場所』だと言っていたことを思い出す。
吹雪は何も言わないが、きっとあそこが彼が両親と弟を失った場所なのだろう。

「……それで、良いのは見つかりました?」
「うん、シオンって名前の花が良いかなって。花言葉は、──」

少し目を伏せ、吹雪はショルダーバッグのベルトを軽く握り締めた。
口を噤んでしまった彼に、織乃は数度まばたきを繰り返して、やがて小さく笑った。

「だったら、尚更早く北海道に帰らなくっちゃ。白恋のみんなだって、吹雪さんが帰ってくるのを待ってますよ」
「──うん……うん、そうだね。行こう」

そっと頷いた吹雪が、ふいに織乃の手を取って駆け足になる。
織乃は少し虚を突かれて目を丸くしたが、すぐに気を取り直し笑顔でそれに続いた。

「……って空港はそっちじゃないですよ吹雪さん!!」
「あれっ?」




全速力で走り続けて、空港に辿り着いたのはそれから10分後のことだった。

「あれっ、吹雪? 何でお前がそっちから来るんだ!?」
「あはは……」

空港の入り口で集合していた雷門イレブンは、既に中にいると思っていた吹雪がバスターミナルの道を走ってきたことに目を丸くする。
「どうして御鏡も……?」吹雪に手を引かれたまま息切れする織乃に風丸が首を傾げた。

「空港に来る途中で道に迷った吹雪さんを見つけて、保護してきたんです……」
「保護って言うか、繋いだ犬に引っ張られる飼い主みたいな絵面だったぞ、今の」

顔を引き攣らせて呟いた染岡に、「犬なんてひどいなぁ」と吹雪はぷくっと頬を膨らませる。

「で、何やの? 手なんか繋いで、2人は最後のランデブーを楽しんでたっちゅーわけか。んん?」
「違いますったら」

ニヤニヤしながら肘で突いてくるリカに溜息を零し、鬼道の眉間に皺が寄ったのも気付かず織乃は吹雪の背中を押した。

「ほら、吹雪さん。早く搭乗手続きしないとホントに帰りそびれちゃいますよ」
「はーい」

「もー……」苦笑交じりに頷いて一足先に中へ向かった吹雪に嘆息した織乃は、そう言えば、と辺りを見回す。

「響木監督は来てないんですか?」
「監督は今日も取材を受けてるそうだ」

実際にあのチームを率いてたのは殆ど瞳子監督だったけどな、ともっともなことを返したのは豪炎寺だ。
その名前を聞いて、織乃はハッと思い出す。

「今朝、瞳子お姉さんから電話が掛かって来たんです。あの剣崎って人のこと、みんなに謝っておいてほしいって……」
「謝るなんて……別に、瞳子監督は悪くないじゃないか」

眉根を僅かに寄せて渋い顔になった円堂に「私もそう言ったんですけど」と織乃も眦を下げた。

「それでも、言わずにはいられなかったんだろう。そう言うことは素直に黙って受け取っておけ」
「うーん……分かったよ」

やはりどこか納得がいかないのか、鬼道の言葉に頷く円堂は渋い顔のままだ。
それを見かねて、肩を竦めた夏未が「私たちも行きましょう」と先導し、雷門イレブンの面々は空港内へ足を踏み入れた。




「どうにか間に合ったみたいだな!」
「うん、ちょっと危なかったかも」

えへへ、と苦笑して吹雪は頬を掻く。
大きな戦いを終えたせいなのか元々の性質なのか、彼はたまにぼんやりしているところがある。

「そう言えば、御鏡。さっきから気になっていたんだが……」
「はい?」

そこで、鬼道が思い出したように隣に佇んでいた織乃を振り返った。
彼が指さしたのは、織乃の胸元──正確には、彼女が腕に抱えた物である。

「その紙袋は一体何だ?」
「……あっ!!」

1番重要なことを忘れていた。大きな声を上げる織乃に、何だ何だと仲間たちが挙って振り返る。
織乃は慌てて吹雪に駆け寄ると、その紙袋を彼に手渡した。

「忘れ物ですよ、吹雪さん!」
「忘れ物……?」

首を傾げて、吹雪は紙袋を開く。
そして中から出てきた物に彼は──彼らは、あっと短く声を上げた。

「……そっか。拾っていてくれたんだね、織乃ちゃん」
「だって、大事なものなんでしょう?」

一緒に連れて帰ってあげなくちゃ、と織乃は柔らかく微笑む。
吹雪は緩やかに目を細めると、手元に戻ってきたそれを──真っ白なマフラーを、抱き締めた。

「……不思議な人だなぁ、織乃ちゃんは」

誰にも、目の前の織乃にすら聞こえないようなごく僅かな声で、吹雪は独り言ちる。
このマフラーは、アツヤの形見だ。独り切りになって、せめてこれをつけていれば寂しくない気がして、ずっと肌身離さず身につけていたものだ。
それは雷門イレブンの誰にも言ったことがなかった筈なのに、彼女はこれを大事なもの≠セと言った。

彼女は不思議だ。いつも、足りなかった暖かさを、忘れていた温もりをくれる。まるで──

「──ねえ織乃ちゃん。僕、今まで君にずっと言いたかったことがあるんだ」
「私に?」

ふと真面目な顔で切り出した吹雪に織乃は小首を傾げ、後ろにいた仲間たち(一部)がざわついた。

「あのね……」
「ちょい待ち吹雪ぃ! あんた、こんな大勢が聞いてるところで言うつもりなんか!?」

それを遮ったのは興奮した面持ちで目を輝かせたリカだ。
「? うん」こっくりと頷いた吹雪に、リカは額を掌で抱えて大袈裟な溜息を吐く。

「うん、て……! よし分かった。ほんなら仕方ない、その度胸に免じてウチらは聞かんでおくことにしたるわ!」
「ええっ!? そんなリカさん、殺生な!!」

「これも友の為や……!」多大なショックを受けたとでも言いたげな顔で縋り付く春奈に、リカは目頭を押さえ頭を振る。
その傍らでは、話に全くついていけない円堂が首を捻っていた。

「おいリカ、一体何の話を……」
「ええからみんな、後ろに下がり! あんたもやで円堂!」
「ええええ?」

渋る円堂や春奈を引き摺り少し離れた場所まで行くリカに、他の面々──何となく彼女の話を察した仲間たちが、こちらをチラチラと気にしながらそれに続く。
全員が十分に離れた場所に立ったのを見送り、織乃と吹雪は改めて首を傾げた。

「リカさん、どうしたのかな?」
「さぁ……?」

見るとリカは、さぁ行け! と言わんばかりにサムアップポーズを取っている。
よく分からないが、織乃は彼女がどうしようもない勘違いをしているような気がしてならなかった。

「それで吹雪さん、話って?」
「あ、うん。そんな大したことではないんだけど」

マフラーを腕に抱え、吹雪は数瞬迷ったような素振りを見せる。
言葉を選んでいるのか、それともまだ言いあぐねているのか。やがて彼は、ゆっくりと口を開いた。

「──ありがとう、織乃ちゃん」
「!」

まず告げられたのは、簡素な感謝の言葉だった。僅かに瞠目する織乃に、吹雪は柔らかく微笑んでみせる。

「僕を気に掛けてくれて、叱ってくれて、慰めてくれて、……僕はそれに、いつも救われていた」

初めてそう感じたのはいつのことだっただろう。
あれからそこまで時間は経っていない筈なのに、それは疾うの昔のことのように思い出せない。
ただそれでも、思うのだ。

「君はいつも温かくて、優しくて──母さんみたいな人だって、ずっと思っていたんだ」

女の子にこんなことを言うのは失礼な気がして、と吹雪は苦笑を浮かべる。
織乃はしばらく驚いたように口を半開きにしていたが、やがて微かに目元を潤ませて笑った。

「そんなの……気にしませんよ。だってみんな、よくふざけて言ってたでしょ?」
「ふふ、そうだね。でも、それでも……だよ」

やっと言えた。何となく言うのが憚られて、ずっと誤魔化していた言葉が、やっと。
織乃は目尻に浮かんだ涙を拭い、口角を上げる。

「(約束、半分は守れたかな──荒谷さん)」

心の中でひっそりと呟いていると、話が一段落したことを雰囲気で察したらしいリカたちが戻ってきた。

「どや!? 終わったか2人とも!」
「どう返事したんですか織乃さん!! 人の物になってしまうんですか織乃さん!!」
「え……何の話?」

キョトンとする2人に、リカと春奈はようやく自身の勘違いに気が付いたのか「何だぁ〜」と肩を落とす。
その後ろで、夏未と秋は鬼道がこっそり肩を下ろして息を吐き出した瞬間を目撃した。

「お、そろそろ時間みたいだな」

響いてきたアナウンスに顔を上げた円堂が、吹雪に片手を伸ばす。
吹雪は一瞬目を瞬くと、にっこり笑ってその手を握り返した。

「また会おうぜ、吹雪!」
「今度はライバル校として……だな」
「うん、またねみんな!」

「マフラーありがとう、織乃ちゃん!」最後に大きく手を振って、踵を返した吹雪は搭乗口へと駆けていく。
その瞬間、織乃の耳元を柔らかい風が吹き抜けた。

『──ありがとな、織乃ねーちゃん』

目を見開き、織乃は思わず片耳を手で覆う。
軽やかな足取りで搭乗口の向こうへと消える吹雪の背中に、薄紅色の髪を逆立てた小さな男の子が駆け寄ったのが見えた気がした。
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