Boundless miracle

生温い風が吹き荒び、フィールドの土埃を巻き上げる。
怒濤のようなダークエンペラーズの攻撃は、依然として続いていた。

「これ以上の得点を許すな!! 守り抜くんだ!!」
「おお!!」

3人掛かりの連携技、トリプルブーストに果敢に向かっていった鬼道と土門は、そのシュートの威力に耐えきれずフィールドに叩き付けられる。
「鬼道、土門!」クリアされたボールにホッとしながらも、倒れた2人に円堂が顔色を変え駆け寄っていく。

「これじゃあ、あまりに一方的です……!」

モバイルを胸に抱え、悲痛な声で織乃は呟いた。
剣崎の放送を受けてやって来たのだろう、校門の外側にはイナズマイレブンOBたちを含む近所に住む住人たちが集まって試合を見守っている。

必殺技の嵐は耐える間もなく、雷門イレブンたちを傷付け、追い詰めていく。痛む体に鞭打った一之瀬がダークトルネードに吹き飛ばされたところで、それまで試合を見守っていたリカがとうとう立ち上がった。

「もう我慢できひん、ウチが出る! ダーリン──!!」
「来るなリカ!!」

駆け寄ろうとした足が、撥ね付けるような声に気圧されたたらを踏む。
ふらつき、立ち上がった一之瀬は、一心にダークエンペラーズを睨み付けながらもリカがフィールドに入ることを拒んでいた。

「俺たちなら大丈夫だ……来るな!」
「ダーリン……」

途中交代は許されない。勿論、この試合にそんなルールは存在しない。
しかし、マネージャーたちは彼がどんな思いで交代を拒んでいるのかがよく分かった。
今まで共に戦い、勝ち抜いてきたかつての仲間たち。いくら自分の体がボロボロになろうと、それを途中で見捨てることはしたくないのだろう。
かつて瞳子は諦めと逃げることは同意義ではないと言ったが、この試合はそんな理屈を持って戦って良いものではないのだ。

「円堂さん!!」

とうとうディフェンスライン最後の砦であった円堂が、フィールドに叩き付けられる。
「もう邪魔する者はいないッ!!」咆哮と共に打ち出されたダークフェニックスに、立向居は後退りしそうになる足を叱咤しムゲン・ザ・ハンドを発動させた。

「くぅう……!!」

シュートを受けた体は、少しずつ少しずつ威力に押されてゴールラインの方へと下がっていく。
弾かれたように起き上がった円堂が、立向居の背中を支えたのはその時だった。

「円堂さん……!」
「うおおおおっ!!」

亀裂の入った部分から、ムゲン・ザ・ハンドが粉々に砕かれていく。
辛くも軌道が逸れたボールはゴールポストへぶつかり、コート外へと弾んでいった。

「どうにか防いだか……」息を荒げながら膝を突いた円堂は、そこで立向居が手を押さえ苦悶の表情を浮かべていることに気付く。

「大丈夫か!?」
「く……は、はい──うぁっ」

一度立向居は小さく頷いて見せたが、痛みに耐えきれなかったのか直ぐさまその場で蹲ってしまった。
「見せてみろ……!」嫌な予感を感じながら、円堂は尻込みする立向居の手をグローブから引き抜く。

そこにあったのは、皮が擦り剥け赤く腫れ上がった肉刺だらけの手。血は既にグローブの内側に付着し、手に残った分は既に乾いて黒ずんでいた。

「まだ、戦えます……!!」
「お前……!」

到底ゴールキーパーの務めを果たせそうもない手を庇いながら頭を振る立向居に、円堂は眉根を寄せる。
こんな状態の立向居にゴールを任せられるわけがない。これ以上のプレーが今後の彼の選手生命を脅かすことは、火を見るよりも明らかだ。

「どうする、円堂。まだ続けるのか」
「何……!?」
「見ろ。あの無様な姿を」

冷徹な迄に冷め切った風丸の言葉に、円堂は改めてフィールドを見回す。
視界に入るのはまばらに転がる選手たち。傷だらけの泥だらけになり、ボロボロの体でフィールドに倒れ伏した仲間たちは既に体力も限界なのか、起き上がる気配がない。

「分かっただろう? 俺たちダークエンペラーズには勝てない。……もう諦めろ」

片側の隠れた侮蔑を含む目を見つめ、円堂は奥歯を食い縛った。
仲間はもう動けない。キーパーの立向居も試合続行はほぼ不可能。ならば、自分のやるべきことは1つしか無いではないか。

「──いいや。諦めない」
「!」

「秋!!」視線は風丸を捉えたまま、突然叫ぶように名前を呼ばれた秋は肩を跳ね上げる。
そしてその横顔に彼の言わんとすることを察した彼女は、数瞬葛藤する素振りを見せて小さく頷いた。

「まだ諦めない──ゴールは俺が守る!!」

キーパーのユニフォームを受け取り、円堂は風丸を指さす。
その答えを待っていた──風丸はそう言わんばかり満面の笑みを浮かべた。

「春奈ちゃん、今の内に立向居くんの応急処置を……」
「はい!」

小声の織乃に、春奈は慌てて救急箱を片手に立向居の元へ走って行く。
「しかし、今更交代しても……」眼鏡を忙しなく押し上げながら、円堂がキーパーユニフォームに着替えるのを見送った目金が落ち着かない様子で呟く。

「攻撃に回る選手が満身創痍では、もう勝ち目なんて」
「それでも、信じるしかないんです!」

弱気になる目金に、食い気味に織乃は返した。
ここにいる以上、マネージャーである以上、彼女には──彼女たちには、最後まで選手たちを見守り、信じ抜く義務がある。
例え、奇跡よ起これと祈ることしか出来ないとしても。

「そうよ……信じるのが、私たちの1番の仕事なの」

聖女が祈りを捧げるかの如く、円堂のフィールドユニフォームを抱えた秋は組んだ手に額を押しつける。
どうか、神様がこの世に存在するのなら。

「(取り戻させて……円堂くんに、風丸くんたちとの絆を!)」

いつものグローブ、いつものユニフォーム。
キーパーに戻るのは久し振りだと言うのに、その姿でいるのが当たり前のように、ゴールの前に円堂が陣取ることがとても自然なことに思えた。

「もう1点も入れさせない!! 何があっても!!」

吼える円堂に、ダークエンペラーズのスローイングで試合が再開される。
ボールを受け取った風丸は、間を隔てるDFのいないゴール前で円堂と対峙した。

「勝負したかったんだ──キーパーのお前と!!」
「臨むところだ!!」

「行くぞ!!」叫び、助走を付けた風丸のシュートが円堂の正面を捉える。
今までの試合で体力が底を尽き掛けていたこともあるのだろう、その衝撃に円堂の体は容易に後ろへ投げ出されていく。

勝った──そう確信したのも束の間、空中で体勢を立て直した円堂は、ゴールラインを超えるギリギリのところでシュートをセーブした。

「円堂……何故諦めない……!」

ボールを腹に抱え込んで守った円堂に吐き捨てるように呟いたところで、風丸はふと思い出す。

『終わってねえ……まだ、終わってねーぞ!!』

──初めて帝国と戦った時もそうだった。
どんなに苦しい状況でも、勝ち目の見えない試合でも、決して諦めない。
それが、円堂と言う人間なのだ。

「風丸……お前、どうしてエイリア石なんかに」
「!」

ふと、そんな問いに風丸は我に返る。
よろめく円堂は、ただただその目に疑問を浮かべていた。

「──俺は、強くなりたかった。お前のように」

その答えに、円堂は大きく目を見開く。

1番最初にエイリア学園に負けた時点で、風丸の心は常に揺れていた。一度神のアクアさえあれば、と零すくらいには追い詰められていた。
それを現実に引き戻したのは円堂だ。薬の力で強くなるなんて間違っている、今より特訓して強くなればそんなものは必要ないと。
ジェネシスと邂逅し、負けた時にも同じようなことを言ったのだ。

『もっともっと特訓して強くなれば、絶対に勝てる!!』

特訓して、特訓して、特訓して。彼はいつもそうやって強さを身につけてきた。だからエイリア学園との戦いでもそうであると信じていた。
そうしていないと、いつか自分の心も折れてしまいそうな気がして──その思いが、逆に風丸を追い詰めていることにも気付かずに。

「(エイリア学園と戦うことに必死になって、強くならなきゃいけないって……! それが風丸をエイリア石の力に頼らせたんだ──)」

固く瞼を閉じ、円堂は血が滲むほど強く唇を噛み締める。
そして面を上げた彼は、徐にそれまで抱えたままだったボールを風丸の方へと放り投げた。

「! ……何のつもりだ」
「来い。お前の全てを受け止める!!」

両腕を広げた円堂に、風丸は瞠目する。
一瞬戸惑った様子を見せた彼は、次に緩やかにほくそ笑むと、円堂の望んだ通り容赦の無いシュートを打ち込んだ。

「──ゴッドハンド!!」
「何ッ!?」

繰り出されたのは、円堂が1番最初に習得した技。マジン・ザ・ハンドより遙かにセービング力の低いはずのゴッドハンドを発動させた円堂に、風丸は思わず大きく目を見開く。
金色の手は、風を切り唸りを上げるシュートを受け止める。手が痛み、体が痺れる。それでも円堂は、風丸へボールを放り投げた。

「風丸……思い出してくれ」
「ッ黙れぇ!!」

祈るように呟く円堂へ、風丸は再びボールを打ち込む。
その度に、円堂はゴッドハンドでそれを阻んだ。どんな強力なシュートにも、他の技は使わない。

「思い出してくれ……みんな……」

三度、放り投げたボールがトリプルブーストになって返ってくる。それを受け止めながら、円堂はただその思いを叫ぶ。

「俺たちの、サッカーを──思い出せええ!!」

受け止めたボールが、円堂の手からこぼれ落ちた。
「円堂くんッ!!」膝を突き、俯せに倒れた円堂に秋が悲鳴を上げる。
それでも円堂はピクリとも動かない。動揺から乱れた息を整えて、風丸はゴールから背を背けた。

ついに最後の選手だった円堂も伏し、フィールドに立つ雷門イレブンは1人としていなくなる。

「みんな立ちなさい! 立ち上がって!! ……っ」

息を飲み、仲間たちを見回した夏未が厳しい声音で叫んでも、反応する選手はいない。それほどまでに全員が痛めつけられ、疲弊しているのだ。
もう、これでお終いなのだろうか。声を上擦らせた夏未が、俯き掛けたその時だった。

「──雷ー門ッ!! 雷ー門!! 雷ー門!!」

突然、ベンチから立ち上がった秋が、両手をメガホン代わりにして声を上げる。
叫び続ける彼女の目は、依然としてフィールドを見つめていた。

「そうですよ……まだ、諦める時じゃありません!!」
「……っ雷ー門ッ!! 雷ー門!! 雷ー門!! 」

秋から始まり、織乃、春奈、夏未。そしてリカと目金がエールを送り続ける。
それは次第に校門の外にいたギャラリーにも広がっていき、グラウンドに反響する雷門コールは不思議なことに町中から──日本中から聞こえているような、大きなエールになった。

「何だこれはァ……! 煩いっ、黙れ黙れぇ!!」

羽虫を払うような仕草で、耳を塞いだ剣崎は激しく頭を振る。
そして、彼は見た。エールに押されるように、雷門イレブンの選手たちが1人1人立ち上がっていくのを。

「円堂……!」
「円堂っ!!」
「キャプテン!!」

立ち上がった仲間たちが、円堂の名前を呼ぶ。
敵と味方、その視線を浴びながら──ついに、円堂は立ち上がる。あの時と同じように。

「まだ、まだ……終わってねーぞ……っ!!」

その瞬間、風丸の中で何かが切れた。

「──ッうあああああああああ!!」

獣のような雄叫びを上げ、繰り出されたダークフェニックスに対し円堂はもう一度ゴッドハンドを発動させる。
受け止めたボールを抱えて、最後の力を振り絞り、円堂は心の底から祈りを込めて叫んだ。

「思い出せ──みんなぁああああ!!」

──それは魔法のような、不思議な光景だった。
円堂の抱えたボールが淡く緑色の光に輝き始め、音が鳴り響くように波を打って広がっていく。

『一緒にサッカーやろうぜ!』

頭に直接語りかけるように響いたのは、いつか円堂から言われた言葉。記憶の奥底に押し込められた彼らとの思い出の数々。
──どうして、今まで忘れていたのだろう。

「円堂──……」

亀裂の入ったエイリア石が砕け散り、細かい粉になって消えていく。
淡い光に包まれて、ダークエンペラーズの選手たちは柔らかな笑顔を浮かべて意識を失った。




「い……一体、何がどうなったんや?」

しばらく光の眩しさに顔を覆っていたベンチ陣は、目の前に広がる光景に目を瞬く。
フィールドには同じように辺りを見回し、状況の把握しきれていない雷門イレブンの面々、そして先程まで悠々と走り回っていたダークエンペラーズと円堂が倒れているのが見える。

ふいに、その内の1人──風丸が、ゆっくりと起き上がる。
彼はしばらく呆然としていると、数秒してゆっくりと仰向けに倒れた円堂の方へ歩み寄っていった。

「あっ、あいつ、性懲りもなくまた!」
「待ってリカさん! 何だか様子がさっきまでと違う……!」

拳を振り上げ今度こそフィールドに入ろうとしたリカを押し止め、織乃は風丸の横顔をじっと見つめる。
光に包まれ明確にではなかったが、彼女は彼らのエイリア石が砕け散る瞬間を確かにその目で見た。

原理は分からない。だが、遠くでアタッシュケースを開き悲鳴を上げた剣崎にようやく到着した鬼瓦が近付いて行っているところを見ると、エナジーの供給源であるエイリア石も同じように砕け散ったのだろう。

やがて1人、また1人と立ち上がったダークエンペラーズたちは、風丸と同じように円堂に歩み寄って行く。
まるで、憑きものが落ちたような表情で。

「……あ。空が……」

差し込んできた光に顔を上げた春奈が、ポツリと呟いた。
先程まで空を覆っていたぶ厚い雲に切れ目が入り、そこから眩しい太陽の光がグラウンドを照らしていく。

「円堂──」
「風丸……染岡……?」

のろのろと瞼を上げた円堂は、ぼんやりと青空を背景に風丸や染岡が自分が覗き込んでくるのを見た。
ああ──もしかしてこれは夢だろうか。だとしたら、何て幸せで悲しい夢なんだろう。
そこまで考えて、思い出したように痛みを訴え始めた体に円堂はようやっと覚醒した。

「円堂……!」
「っお前たち……!?」

そして気付く。この状況が夢ではないこと、風丸たちの様子が、先程までと一変していることに。

「──効いたよ。お前のゴッドハンド」
「みんな……思い出したんだな!?」

穏やかに微笑んだ風丸に、円堂は彼らが元に戻ったことを確信して表情を輝かせた。
それに気付いた仲間たちも、体が痛むことも忘れて駆け寄ってくる。

「ぃやったあーーーー!!」
「ああ!」
「うおあーーん!! 良かったッスぅ〜!!」

飛び跳ねて喜ぶ円堂、滝のような涙を流す壁山、笑い合う仲間たち。
あの頃と変わらぬ景色に、緊張の糸が切れた目金とリカは崩れるようにベンチに座り込んだ。

「めでたしめでたしですね……!」
「ほんまに、めでたしや!」

「良かった……」僅かに浮かんだ涙を拭い、秋はにっこりと微笑む。
織乃たちもまた、今日1番の笑顔で元通りになった仲間たちを見守っていた。

「──やっと取り戻せたわね。本当のサッカーを」
「こう言うのを、奇跡って言うんですね……!」

あの光の正体が何なのかは分からない。強いて言うなら、あれは円堂が仲間たちを思う心そのものだろう。
心は光となり、邪悪なものを打ち砕き仲間たちを取り戻した。──まるでおとぎ話のような話ではあるが、全て目の前で起きたこと。疑う余地があるわけがない。

「よーし! 試合を続けるぞ!」
「おーっ!!」

「ちょっと、嘘でしょ?」ほんの数分前まで満身創痍だったと言うのに、それが無かったことのように試合を続行した雷門イレブンに夏未がギョッとする。

「本当……キャプテンって何と言うか、底なしのサッカーバカって感じですよねぇ」
「いいえ……それだけじゃ足りないわ。宇宙一よ、円堂くんのサッカーバカは!」

半ば感心したように言った春奈に呆れ返った様子で返した夏未だったが、元気良く声を上げサッカーをする円堂を眺めて小さく噴き出した。

しばらくして、とうとう試合終了のホイッスルが鳴り響く。
スコアボードの数字は3対3。同点だが、最早今の彼らに勝敗は関係ない。終わった試合に互いで喜び合い、健闘を讃え合う。それは正しく、円堂が愛し望んだサッカーの形だった。

「よぉし! 円堂を胴上げだーっ!!」
「おーっ」
「えっ、何で!? ちょっ──」

綱海の思いつきに仲間にもみくちゃにされながら、円堂はあわあわと逃げ道を探す。
「これはお礼だっ」途中、思いついたように塔子が軽く彼の頬にキスすると、一瞬周りの(主に夏未と秋の)空気が固まった。

「ち……ちょっと、胴上げするんじゃなかったんですか?」
「おっ、そうだったな! よーし、そんじゃあ行くぞ!!」
「んぇ!? だからちょっと待っ──わああ!」

我に返った仲間たちに抱え上げられ、円堂の体は中空へと投げ出される。
秋や春奈も万歳をすることでそれに参加し、夏未と織乃は顔を見合わせ微笑み合う。校門には響木と、やっと到着した理事長と財前総理が彼らを見守っている。

空は驚くほど快晴で、降り注ぐ陽光はまるで彼らを祝福しているかのようだった。