3rd prologue

「えーっと…………こっち、かな?」

青空の広がる日曜日の昼下がり。
織乃は静岡の某所にある無人駅を降りて、近場にあった案内板と手元の地図を見比べていた。
日帰りで東京へ帰るため手荷物は少ないが、彼女の担ぐナップザックには幼友達へ渡す土産のお菓子と、響木から預かった2通の手紙が大事に収められている。

事の始まりは3日前のこと。
円堂たち雷門イレブンが、エイリア学園を倒して2ヶ月が経とうという頃の事だった。




「おひさま園に……ですか?」
「ああ」

部活帰り、雷雷軒に呼び出された織乃は、響木からの『静岡のおひさま園に行って欲しい』と言う頼みに首を傾げた。
響木は食器を洗いながら、カウンターにぽつりと置かれた2枚の封筒を顎でしゃくる。

「そいつを、グランとレーゼ──いや、基山ヒロトと緑川リュウジに、渡してきて欲しい」
「ヒロトくんと、リュウジくんに……」

おひさま園の方は大分騒動の後片付けが済んだらしく、織乃もあれから定期的に手紙なり電話なりで連絡を取っている。
彼らと仲の良い織乃を中継役にしたい、と言うのは分かる。しかし織乃は、何故響木が今になってわざわざその2人を指名するかが分からない。

「何か大事な用が?」
「まぁな。本当は俺が行くつもりで、新幹線のチケットも取っておいたんだが……」

そこで響木は不自然に言葉を切る。
織乃は、何故かその時彼が息苦しそうに息を飲んだ気がした。

「──生憎、外せない用事が出来ちまってな」
「そう、なんですか」

それも見間違いだったのだろう、次の瞬間シンクの蛇口を閉めた響木は軽く腰を伸ばし、骨をばきばきと鳴らして息を吐く。

「私も、近い内におひさま園に顔を見せるつもりでしたから……構いませんよ。お受けします」
「ああ、助かる」




そして物語は冒頭へと繋がり、新幹線と地元のバスと電車を乗り継いで、織乃はおひさま園のある町へようやく辿り着いた。
辿り着いた、のだが。

「うーん、道を覚えてたら良かったんだけど」

案内板はかなり古いものらしく、今手にしている新しい地図とは所々内容が違っている。
だが織乃の地図にはおひさま園の詳しい場所は載っておらず、肝心の案内板も所々すり切れてしまってそれらしい建物は見当たらない。
これは俗に言う迷子なのでは。つう、と彼女の頬を冷たい汗が伝った、その時だ。

「──織乃ちゃん」
「えっ?」

突然後ろから声を掛けられ、織乃は跳び上がりそうになりながらパッとその場で振り返る。
そこには、いつのまにか一時停止したステーションワゴンの運転席の窓から、2ヶ月振りに会う瞳子が顔を覗かせていた。

「ひ、瞳子お姉さん? どうしてここに……」
「響木さんから連絡を受けて、迎えに来たのよ」

さあ乗って、と瞳子は微笑みながら助手席を指さす。
織乃が少しおずおずとしながら助手席に着きシートベルトを締めたのを確認して、瞳子はアクセルを踏み出した。

「どう? 雷門イレブンのみんなは元気かしら」
「ええ、みんな元気いっぱいですよ」

マネージャー業も大変です、と溜息を吐きながら答える織乃に、瞳子はクスクスと笑いながらハンドルを切る。

「(良かった。瞳子お姉さん、ちゃんと笑えてる)」

あんな事件があった後で子供たちの面倒も一手に引き受けたのだ。憔悴しきってやいないだろうかと心配していたが、それも幸いなことに杞憂に終わったらしい。
車はどんどんと山の方へと進み、窓から見える景色も徐々に見覚えのあるものへと変化していった。

「それにしても……ヒロトとリュウジに届け物って、何のことかしらね」
「それが、私も詳しいことは……」

胸に抱えたナップザックを撫でて、織乃は首を傾げる。
雷門イレブンを三度に渡り苦しめたデザームこと砂木沼治でもなく、結託してジェネシスの座を手に入れようとしたバーンやガゼルでもなく、何故ヒロトと緑川なのか。
この3日間何度か理由を考えては見たものの、結局ここに来るまでに答えは見つからなかった。

「──ああ、もうすぐ着くわよ」

ドライバーグローブを嵌めた瞳子の手がハンドルを切る。木々の間から見えてきたのは、数年越しにやってきた懐かしい場所だ。

「変わってないなぁ……懐かしい」
「あれから改築も何もしなかったからね」

『おひさま園』の看板が掛かった門の脇に車を留めて、2人は降り立つ。
園内には新しく入居した子供たちがいるのか、幼い声で辺りが溢れかえっていた。

「長旅で疲れたでしょう。お茶を用意するわ、上がって──」
「織乃ーーーーーーッ!!」

玄関の引き戸に手を掛けた瞳子の言葉を掻き消さんばかりの大声がすると同時に、織乃は唐突に側面から突進してきた青い塊に鈍い呻き声を上げる。
突進してきたそれ≠ヘしきりに「待ってたんだよ織乃!」と彼女の胸に顔をぐりぐりと押しつけた。

「突然走り出したと思えば……マキ、織乃が苦しがっている。降りろ」
「! はぁい」

庭の方から悠々と歩いてきた声の主が、青い塊こと皇マキを織乃から引きはがす。
「久しぶり、マキちゃん」と織乃は苦笑しながらマキの頭を一撫でした後、彼女の暴走を止めた少年にそのまま顔を向けた。

「ありがとうございます、治お兄さん。あと、お久しぶりです」
「うむ、元気そうで何よりだ」

エイリア学園事件でデザームと名乗っていた頃と何も変わらない口調で、砂木沼治は満足げに頷く。
マキは先ほどから織乃の服の袖を掴んだまま、放す気配がない。

──今思えば、あの面子の中で真っ先に織乃のことを思い出したのはマキだったのだろう。
イプシロンのマキュアとして初めて織乃と目が合った時、マキは彼女のことを思い出し、それと同時に自分のことを全く覚えていない織乃に心底腹を立てたのだと先日電話越しに滔々と語られたのだ。
そこからマキに釣られるように、他のメンバーたちも徐々に織乃のことを思い出し、彼女が静岡を離れて以降入居した子供以外は全員織乃のことを思い出したらしい。

勿論、玲名のように初めから織乃のことを覚えていた人間もいる。砂木沼もその内の1人だった。

「して、今日は何の用事だ? 昔のようにブランコで遊びに来たわけではあるまい」
「あはは……ちょっと、ヒロトくんとリュウジくんに届け物がてら、一度顔を見せておこうと思って」

「2人は?」尋ねると、マキがそわそわしながら織乃の手を引く。
それに引っ張られながら、織乃は「休憩は後回しね」と瞳子が苦笑交じりに言いながら施設内に入っていくのを視界に入れた。

「──織乃!」

広い庭では、子供たちがサッカーに興じている真っ最中だった。中には幼稚園児程の幼い子供も交じっており、細かいルールも何も無いボール遊びなのだと分かる。
そんな中、それに混じっていた玲名がハッと顔を上げ、マキに引っ張られる織乃を見るや否や大急ぎで走ってきた。

「久し振りだな、また会えて嬉しい」
「うん、私もだよ玲名ちゃん」

織乃の空いた手を握り締めて、玲名は言う通り嬉しそうに頬を紅潮させている。
この歳になって玲名は随分と大人びた雰囲気になったが、こういう時の反応は小さい頃と変わらないのだと思うと、織乃は少し面白い気持ちになった。

「織乃が来るの、昨日だったら良かったのに」

傍らのマキが、転がってきたサッカーボールを見てふいにそんなことを零す。
「昨日は部活があったから……」苦笑交じりで答えた織乃が続けて理由を問うと、マキは頬を膨らませながら言った。

「昨日は、ダイアモンドダストとプロミネンスの連中が来て、私たちと試合したんだ」

答えたのは玲名だった。言うに、それぞれのチームを率いていたガゼルとバーン──もとい、涼野風介と南雲晴也は静岡とはまた違う土地にある施設に入居しており、昨日は久し振りに彼らがここの施設に遊びに来ていたらしい。

「織乃が応援に来てくれてたら、マキたち絶対勝てたのに!!」
「ああ、負けちゃったんだ……」

「くーやーしーいー!!」マキはまたもや織乃の胸に頭をぐりぐり押しつけて叫ぶ。
つい数ヶ月前まで互いにお互いのことを覚えておらず血で血を洗うような戦いを繰り広げていたというのに、マキはそんなことは忘れたとでも言わんばかりに織乃に甘えてくる。それもこれも彼女の末っ子気質と元々の性格がそうさせるのだろう。

「(──良かった)」

実を言うと、織乃はこうして彼女たちと直接顔を合わせるのは、さっきまで少しだけ怖かったのだ。
そこに彼女たちの意思がなかったとは言え、エイリア学園として日本各地の中学校を破壊したのは事実。織乃も真実を知るまで、エイリア学園は悪だと信じて疑わなかった。
そこから生まれた溝を、果たして埋めることは出来るのか。もう一度友達になれるだろうか、なってくれるだろうかと、不安を感じていたのだ。

そんな溝は、今正にマキや玲名が軽々と跳び越えてしまったわけだが。

「マキ、八神。子供たちが呼んでいる、一度織乃を開放してやれ」

2人の肩を叩き、今まで彼女たちの様子を静観していた砂木沼がふいに口を開く。
彼の視線の先を追うと、織乃が来るまで2人とボールを追い掛けていた子供たちが手を振っていた。

「う〜〜〜。分かった……」
「それじゃ織乃、また後で」
「うん」

2人が走り去った後で、砂木沼は「案内しよう」と再度織乃を玄関の方へ誘導する。
屋内へ足を踏み入れると、畳と木材の懐かしい香りが鼻を擽った。

「瞳子さん、連れてきました」
「ああ、ありがとう砂木沼くん」

通された客間で、瞳子は丁度熱い緑茶を湯飲みに注ぎ終えた所だった。彼女に軽く会釈して、砂木沼はそのまま庭の方へと戻って行く。

「マキったら、一昨日連絡を受けてからあなたが来るのをずっと楽しみにしてたの。さ、座って頂戴」
「あ、はい。ありがとうございます」

薄い座布団に腰を降ろし、織乃はやっとナップザックを肩から下ろすことが出来た。
障子の向こうは、縁側を挟んで庭と直通している。幼い頃、この客間は織乃の父が園長──吉良星次郎に取材をするための部屋だとばかり思い込んでいた。

「瞳子お姉さんは、ここに住み込みで……」
「いいえ、家は別にあるの。昔ならまだしも、ヒロトたちも大きくなったから」

「毎日来てはいるんだけどね」と、瞳子はそんなことを言いながら織乃の向かいの座布団に腰を降ろす。
思い出したように慌てて織乃が取り出した手土産を笑顔で受け取り、さて、と瞳子は腕時計に目を落とした。

「ヒロトたちは今買い物に行っているんだけど……遅いわね、いつもならもう帰ってきても良い頃なのに」
「ただいまー」

そんな矢先、玄関の方から聞き慣れた声が客間まで響いてくる。
ぱたぱたと木張りの廊下を歩く音がして、やがて声の主たちは襖を開けて客間にやって来た。

「姉さん、買い物袋はリビングに置いておいたからね──あっ」
「おかえりなさい。ヒロトくん、リュウジくん」

襖の隙間から顔を覗かせたヒロトと緑川に、織乃は少し微笑んでみせる。
「織乃ちゃん、久し振り!」どこか驚いた表情をして客間に入ったヒロトたちに、瞳子は怪訝そうに首を傾げた。

「あなたたち、まさか織乃ちゃんが来るのを忘れてたんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなことは! ……ただ、てっきり午後に来るものだとばかり」
「私はキチンと、時間帯も教えたつもりだったのだけどね」

呆れた、と溜息を吐いた瞳子に、ヒロトは困ったように頭を掻いている。
そうしているとまるで本物の姉弟のようだ。そんなことを考えて、小さく笑った時だった。

「織乃ちゃん……」
「ん?」

それまで端で立ち竦んでいた緑川が、ふいに重々しい口調で彼女の名前を呼ぶ。
どこか暗い彼の横顔を一瞥し、瞳子は「お茶を注いでくるわ」と静かに立ち上がり客間を後にした。

「何かな、リュウジくん」
「……その」

俯いた彼のポニーテールが、頼りなさげに揺れる。
やがて緑川はごくりと唾を飲み、向き直った織乃の前に正座すると、突然彼女に向かって深く頭を下げた。

「君たちの学校を壊して、本当にすいませんでした」

低い位置に見える彼のつむじを、織乃は目をまたたいてしばし見下ろした。
そのままの体勢で、緑川は言葉を続ける。

「ホントは、もっと他の人たちにも頭を下げなきゃならないって分かってるし、謝って済む話じゃないってことも分かってるんだ」
「……うん」

織乃はちらりと向かいに胡座を掻いたヒロトに視線を投げ掛けた。
目の合ったヒロトは、そのまま聞いてやってくれとでも言うような表情で小さく頷いてみせる。

「だからせめて……せめて、父さんや剣崎を止めてくれた雷門イレブンにだけは、織乃ちゃんだけには、謝りたくて」

ごめんなさい、と。
繰り返された謝罪の声は僅かに震えていて、彼が本当に反省しているのだと理解できた。
織乃は数度瞬きを繰り返し、徐に口を開く。

「──顔を上げて? リュウジくん」
「う、うん…………痛ァッ!?」

顔を上げた次の瞬間、額に襲いかかってきた衝撃と痛みに緑川はもんどり打つ羽目になった。
どうってことのないような顔をした織乃の片手は、指で彼の額を弾いた形のまま残っている。ヒロトは見ていた。緑川が顔を上げたのを見計らい、彼女が渾身のデコピンを繰り出したのを。

「これで、私が怒ってた分はなかったことにしてあげる」
「〜〜〜っえ?」
「え?」

驚いた声を上げたのは、緑川だけでなくヒロトも同じだった。
織乃は2人の反応が予想できていたのか、少し苦笑を浮かべながら続ける。

「勿論、始めは学校があんなことになったり、みんながボロボロになったり、どうしてこんなことになっちゃったんだろうって思ってたよ」
「うっ……」
「でも、今の私は──私たちは、真実を知ってしまったから」

全ての元凶はエイリア石だ。あれが地球に落ちたのはただの偶然、天災に過ぎない。
それを切欠に狂気に走った吉良を、瞳子も止めることが出来なかった。ましてや彼を絶対とし慕う子供たちが、それを為すことを出来るはずもないだろう。
愛されたかった、失望させたくなかった。だから、逆らえなかった。その結果がエイリア学園──星の使徒であるなら、織乃もそれを責めることは出来ない。

「多分、雷門のみんなも同じことを言うと思う。円堂さんなら、尚更ね」
「織乃ちゃん……」

彼のことだ。謝ったところで困った顔になって、気にするなと首を振って、そんなことよりサッカーしようぜ──なんて言ってしまうかもしれない。
だが、彼はそれで良い。それが1番、彼らしい。

「謝ってくれてありがとう、リュウジくん。あなたたちがちゃんと反省してるって分かっただけでも、私は安心した」
「……うん……」

額と目元を赤くして、小さく鼻を啜った緑川に織乃もにっこりと顔を綻ばせる。
それまで張り詰めていた客間の緊張が解けたのを見計らい、ほっと息を吐いていたヒロトが「そう言えば」と声を上げた。

「織乃ちゃんは元々、俺たちに用があって来たんだよね?」
「あっ、うん! すっかり忘れてた」

危ない危ない、と織乃は慌ててナップザックにしまい込んでいた手紙を2人に手渡す。

「雷門イレブン監督の、響木さんって分かるかな。その人からの手紙なんだけど」
「その人から俺たちに、手紙が……?」

ヒロトと 緑川は顔を見合わせ、それぞれ便箋の封を切った。
そもそも響木はイナズマキャラバンには不参加だった為、1番最初に遭遇したジェミニストームのレーゼ──緑川はまだしも、ヒロトはまともは面識はない。そんな彼が、何故2人とコンタクトを取ろうとしているのだろうか。

「内容、聞いても良いかな?」
「うん──来月、雷門中学校に来てくれないかって。詳しい事情は追々説明するとか……」
「ヒロトも? 俺も同じ内容だよ」

ほら、と差し出された手紙に目を落とし、ヒロトは頷く。
「でも、何の用事だろう」顎を摘まみ緑川が呟いたが、織乃もそれに答えられるわけがない。

「でも、俺たちに手伝えることがあるなら、喜んで協力するよ」
「ああ。塞翁が馬とも言うし、まずは行ってみないと何があるかも分からないからね!」

何かと付けて諺を引用するのは彼の性格のようだ。
ありがとう、と笑みを滲ませて答える彼女を、障子の向こう側からマキたちが大きな声で呼ぶのが聞こえた。
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