Truth of the oracle

それは壁画に記されているよりも遙か昔、神話の時代の話。

とある穏やかな海域に、小さな島々が連なる諸島があった。のちにライオコット島と呼ばれるその島には守り神が住み、島民たちはその存在を『天と地の王』と呼び慕い、崇め奉っていた。

だがある日、平和な島に突如として地獄から魔王と名乗る邪悪な存在が現れる。
魔王は島を地獄の業火で焼き尽くし、多くの島民の命が失われた。島の守り神は少しでも多くの人間を守るために奮闘するも、魔王は皮肉なことに島民たちの悲しみや怒り、絶望を食らい、力が衰えることはない。

そこで神は島の戦士たちに自身の力の一部を分け与え、邪悪なものと戦う術をを持たせた。戦士たちは神と力を合わせ、犠牲を出しながらも何とか魔王を倒すことに成功する。
力を使い尽くした守り神は島の後事を戦士たちに任せ、人間の前から姿を消すと、長い眠りにつく。やがて神と魔王の戦いは、伝承として島に残るのみとなった。

しかし、魔王を倒したことで取り戻した平和はそう長くは続かない。戦いから約数百年後、島民の中に魔王を崇拝する者たちが現れたのだ。
島を脅かし、神さえ凌駕する強大な力を持った邪悪な存在。その力に魅了され狂信者になったのは、あろうことか神から力を与えられた戦士の子孫たちであった。
彼らはかつて魔王がそうしたように、心の闇の赴くまま自分たちが島を支配しようと目論見を始める。

闇に心を取り込まれたのは11人。『魔界軍団』と名乗り始めた彼らを止めるために立ち上がったのは、残されたもう11人の戦士の子孫だ。
彼らは魔界軍団に対抗して『天空の使徒』を名乗り、戦士たちは激しい争いを始める。
しかし、同じ力を持つ戦士たちの戦いは拮抗した。数年、数十年、数百年──長い時間が経つ内に戦いは激化し、『狂信者を止める為の戦い』はいつしか『島の覇権争い』になっていった。

天と地の王、守り神が長い休息から目を覚ましたのは、彼らが本来の戦いの理由をすっかり忘れてしまった頃である。
自分が眠っている間に戦士たちの子孫が2つの民に別れ、激しい覇権争いを始めていたことを知った神は酷く悲しんだ。そんなことをさせるために、力を分け与えたわけではないのに。
戦いそのものを止めることは簡単だ。争っている者たちを諸共滅ぼせば良い。千年の眠りは一握りの人間を滅ぼす力を取り戻すには十分な時間だった。

だがそんなことは出来なかった。魔王を狂信しようが、与えられた力を私欲に使おうが、神は島に生きる人間をすべからく愛しているのだから。

ならば、戦いを止めるためにはどうするべきか?
神は考え、1つの妙案を思い付く。
──ここ最近、島ではどこぞの国から伝わってきた『サッカー』という遊びが流行っているらしい。見るに、あれなら戦いの勝敗を決められるし、何よりも死人が出ないのではないだろうか。

神は島の巫女を通じ、それぞれの民に『この戦いの勝敗をサッカーで着けよ』と神託を下す。
その神託に、神への信仰心を持ち続けていた天空の民は勿論、魔王を崇拝しても天と地の王を崇拝する心を失ってはいなかった魔界軍団もこれを承諾し、千年にも及ぶ長い戦いはサッカーにより決着した。
サッカーを通じ双方の民はひとまずの和解をしたが、今後同じことが起きぬように神はマグニード山の頂上を天界、地下を魔界と名付け、それぞれの居住区とさせて生活区域を完全に分断した。

それはそれとして、である。
彼らの最後の戦い、もといサッカーを見届けた神は、すっかりサッカーを気に入ってしまった。
サッカー、あれは良いものだ。自分には人間のような体も巡る血もないが、人はあれを血湧き肉躍る、と言うのだろう。他の島民もサッカーをするようだが、やはり戦士たちのそれを比べると些か迫力に欠ける。

──だったら、もう一度戦士たちにサッカーで戦う機会を与えれば良いのでは?
また更に時が経てば、天空の民も魔界の民も、今はまだ心のどこかに残っているだろう敵対心が消えて今回と同じような大きな争いは起きないに違いない──神は人間よりも、かなり楽観的であった。

そうして神は、彼らに新たな神託を下す。
『天界の民と魔界の民は、千年ごとに天と地の王にサッカーの試合を奉納せよ』と。
──これで千年後、またあの楽しい時間を過ごすことが出来る。民たちは互いにサッカーを通じ交流することが出来るし、万々歳ではないか。

神は千年後の試合を楽しみに、再びしばしの眠りにつくのだった。






「(──ここはどこだっけ。あれから何が起きたんだっけ?)」

はっきりとしない頭で、織乃はぼんやりと瞬きをした。記憶が途切れ途切れになっているが、何やら随分と長く、スケールの大きな夢を見ていたような気がする。
少し離れた前方には、あの老人たちが立っていた。

「目覚められましたか、我らが王」
「(……?)」

その言葉は不思議とはっきりとは聞き取れなかった。まるで水の中にいるようだ。
一拍置いて、織乃はゆっくりと脚を組んだ。だが、それは彼女の意思ではない。

「今は……あれからどれほどの時が経った?」
「あなたが最後に神託を下して、丁度千年でございます」
「今日は千年祭を行うには良き日になりそうですぞ」

遠慮なく大欠伸をかました自分の口が勝手に声を発し、それに老人たちは笑みを交えてそう答える。
まるで誰かが自分の体を操っているかのような不思議な感覚に、織乃は首を傾げる。否、傾げようとしたのだが自分の意思で体が動かせないことに気付く。
困惑していると、ふと老人が何か布の束のようなものを彼女に差し出してきた。

「さあ、王……お召し替えを」
「あなたはこれより観測者@lとして、祭りを最後まで見届けるのです。それらしいお召し物を着ていただかなければ」

観測者と改めて呼ばれた織乃の体を操る者は、その布の束を受け取ると老人たちに後ろを向かせ、するすると服を着替える。

「……この衣装、少々小さいのではないか?」
「最近の若者は発育がよろしいようで」

ほっほ、と老人は苦言を呈す観測者に軽く笑って返す。よく聞こえなかったが何だかセクハラめいたことを言われたような気がして、織乃は夢現ながらも顔をしかめたくなった。
それで、と彼女は椅子に座り直し老人たちに問いかける。

「私の力を分けた子供たちは今どこに?」
「ああ、王よ。それについては1つお話がありまして……」

そう前置きした老人に観測者は片眉を上げて、「話してみよ」と続きを促した。

「どうも人間たちには、千年という月日は些か長すぎたようで。あなたの下した神託は、少々形が変わり……」
「今や千年祭は『魔王の復活を阻止する為、もしくは目覚めさせるため生贄を捧げる儀式』というものにすり替わっております」
「…………」

観測者は、長い溜息を吐いて額を押さえた。そして彼女はじろりと老人2人に白い目を向ける。

「お前たちには、神託を正しく後世に伝えるという役割を与えていたはずだが?」
「ああ……王よ、お許しください。時の流れは移ろいゆくのが自然の摂理」
「その流れを無理矢理に正すことこそ摂理に反するのではないかと、我々は考えたわけです」

言葉の割りに大して悪びれていなさそうな老人たちに、狸共め、と彼女は小さく鼻を鳴らす。

「ただその結果、生贄を奪われた人間たちが、それぞれの民たちに戦いを挑むようで」
「お陰で中々面白いものが見られそうですぞ」
「……ほう?」

彼女はきらりとオーロラ色の瞳を輝かせる。
けれど、その話もどれもが織乃の耳には曖昧に聞こえていた。
もしかすると、今自分は夢を見ているのかもしれない。そうでなければ、自分の体が何者かに操られているこの状況の説明が付かないのだから──そんなことを考えている間に、観測者は行動を起こしていた。

「さて──では、行くか」

小さく言って、観測者は脚を軽く上げた反動で勢いを付けて椅子から降りた。出口へ向かって歩き出す彼女の後ろから老人たちが恭しく着いてくる。

「どちらから先に向かわれますかな」
「まずは天空の民の元へ。私が見ていることは言うなよ、その方が面白そうだ」
「相変わらずですなぁ」

久々の祭りだ、楽しまなければ。
観測者は織乃の声で楽しそうにそう呟くと、颯爽と聖堂を後にするのだった。




「──と、そこからの顛末はみんなが知っている通りだと思うんですけど……」
「にわかには信じられない……と言いたいところだが」
「あんなことがあった以上、今更な話だな」

宿福に戻る道中、顰め面で仲間たちと別れた後のことを説明する織乃に、鬼道と豪炎寺がそれぞれそう口にする。
とは言え本人にとってはずっと夢の中にいたようなもので、説明しようにも曖昧なことしか話せなかったのだが。

「じゃ、あの時御鏡の体を使って話してたのはやっぱりこの島の神さまってことか?」

神さまもサッカーが好きなんだなぁ、と嬉しそうに笑っている円堂に、不動が呆れた目を向けた。

「危うく俺ら全員地獄行きになりかけたってのに、気楽なもんだな」
「良いじゃないか、こうしてみんな無事に帰れるんだから」

なっ、と円堂は鬼道の肩を叩く。鬼道は溜息を吐いて、それでも小さく頷いた。

「一時はどうなることかと思ったがな……」
「そうですね、春奈ちゃんもリカさんも無事で良かったです」
「せやな! 終わりよければ全て良しってヤツや!」

疲れた顔で相槌を打った織乃の肩にリカが腕を回す。
そのまま彼女は織乃の体をグイッと自分の方へ引き寄せた。

「ところでな、織乃。そこにいるゴーグルマントとのことでちょ〜っっと聞きたいことがあんねんけど」
「は? ゴーグル……鬼道さんと? なん……」

そこで鬼道の方を振り返ると、それまで隣にいたはずの鬼道の姿がない。いつの間にか彼は随分と前方の方へ移動していた。
そこで入れ替わるように織乃に近付いてきたのは春奈である。

「織乃さん、お知らせがあります」
「な、なに?」
「実は試合中に何やかんやあって、織乃さんがお兄ちゃんとお付き合いしてることがあの場にいた全員にバレました」
「何でェ!?」

後ろから響く織乃の絶叫に、鬼道は原因を作った不動をぎろりと睨む。不動は明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。

「帰ったらたぁ……っぷり、その辺の話も聞かせてもらうからな、織乃?」
「や……やだ〜〜ッ!!」

──顔を青くした織乃の悲鳴が夕焼けに溶けていく。
彼女はしばらく観測者に体を貸していた方がいっそ幸せだったのではなかろうか。恐らく今晩は眠れないであろう織乃を憂い、それを傍観していた塔子と春奈は静かに合掌した。
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