Rest day
ナイツオブクイーンとの試合を終えたその日の夜。夕食の時間、選手一同とマネージャーは食堂に集まっていた。
食べる前に少し良いか、と言う響木の一声に、彼らは膝に手を置く。
「初戦の勝利おめでとう。次の試合も、気を引き締めて臨んで欲しい」
「はい!」
口火を切った響木に、選手たちは力強く返事をする。それに続き、隣に並んだ久遠が口を開いた。
「次の対戦相手はアルゼンチンだ。超攻撃型だったナイツオブクイーンとは真逆の、鉄壁の守りが信条のチームだ」
「アルゼンチン……」
円堂がポツリと小さく独り言ちる。イギリスとの親睦会があったその日、円堂はアルゼンチン代表チームのキャプテンであるテレス・トルーエと偶然邂逅していた。
「早速明日から練習と対策を、……と、言いたいところだが」
「……? どうしたんですか、監督。フユッペも……」
久遠はそこで言葉を切り、娘の冬花と視線を交わす。
不思議そうに首を傾げた円堂に、言葉を続けたのは響木だ。
「明日の練習は休みだ。冬花くんから提案があってな」
「えっ?」
一気に集まった周囲の視線に、冬花は気恥ずかしそうに俯く。
「フユッペが提案を?」顔を覗き込んできたの円堂に、彼女は小さく頷いて言った。
「スゴい試合の後だから、1日休んだ方がまた頑張れるかなって……」
「ありがてぇ! 休み欲しかったんだ〜!」
そう言って背伸びした綱海を中心に、方々から休息日を得た喜びの声が上がる。
「良かったですね、冬花さん」ホッとした様子の冬花に、織乃は小さく笑い掛けた。余計な提案だったらどうしよう、と彼女は先程までずっとおろおろしていたのだ。
「いい感じ! マネージャーらしくなってきた!」
「ですよねぇ!」
「そんな、皆さんが親切に教えてくれたからですよ……」
秋と春奈に左右から誉められた冬花は、照れ臭そうに頬を赤らめる。
それでは、と改めて始まった食事の時間は、いつもより一層賑やかなものとなった。
「──御鏡」
夜も更け、合宿所の中も少しずつ静かになり始めた頃。
キッチンで明日の朝食の下拵えをしていた織乃は、入り口から聞こえた声に顔を上げた。
「鬼道さん。どうかしました?」
「少し喉が乾いてな。水でも貰おうと思ってきたんだ」
そう答えた鬼道の額は僅かに湿っている。大方トレーニング室で軽く筋トレでもしていたのだろう。
織乃はコップに並々と水を注いで、カウンターまでやってきた鬼道に差し出した。
「ありがとう。……そう言えば、お前は明日の予定はもう埋まってるのか?」
「はい、春奈ちゃんがマネージャーみんなでショッピングに行きたいって……」
答えた織乃の言葉が尻すぼみになる。そうか、と相槌を打った鬼道が残念そうに苦笑を浮かべたからだ。
「春奈に先を越されてしまったな」
「あ、えっと……」
──鬼道さん、私を誘おうとしてくれてたんだ。
そう考えると、耳がじわじわと熱くなる。申し訳なさと嬉しさが入り交じって、織乃は思わず俯いた。
「ま、また……また、今度のお休みが来たら、わ……私から誘っても、良いですか……?」
俯いたまま絞り出した台詞はどうにか届いたらしい。鬼道は一瞬眉を上げると、嬉しそうに表情を緩めた。
「──ああ、楽しみにしてる」
「それじゃあ、おやすみ」そう告げてコップを一息に呷った鬼道は、マントを翻して食堂から出ていく。その寸前、ちらりと見えた横顔が赤くなっていたのは恐らく織乃の見間違いではないのだろう。
「……こほんっ」
「ハッ!?」
ぼんやりと夢現な気持ちで閉じた扉を見つめていたところに、後ろから聞こえてきたわざとらしい咳払いに織乃は大きく肩を揺らした。
「あ、あああ、秋ちゃん……」
「良いなぁ、織乃ちゃんは次のお休み鬼道くんとデートかぁ」
実のところ最初から織乃と一緒に明日の準備をしていた秋は、真っ赤になった織乃をからかうように目を細める。
鬼道の言葉に舞い上がって、彼女が近くにいることをすっかり忘れていた。あわあわと陸に打ち上げられた魚の如く口を開閉させる織乃に、秋はにっこりと笑う。
「それにしても鬼道くん、織乃ちゃんと一緒の時はあんな風に笑うのね。織乃ちゃんのこと、すごく好きなんだなぁ」
「あ、ああ、秋ちゃ……もうその辺でご勘弁を……」
どうやら冷蔵庫の影に隠れ、カウンターの奥にいた秋の存在は鬼道には気付かれなかったらしい。と言うよりも、鬼道がやって来た時点で彼女は後の展開を察し、自らそっと冷蔵庫の影に身を潜めていたのだが。
「次のデートに備えて、明日は可愛い服探さなくっちゃね?」
「あ、ううう〜〜……」
トドメとばかりに笑顔を向けられ、返す言葉も見当たらない織乃はトマトのように熟れた顔を両手で覆った。
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翌日、ライオコット島は雲1つない快晴に恵まれた。
太陽に負けず劣らず晴れやかな笑顔で、合宿所から飛び出した春奈がうんと背伸びをする。
「絶好のお買い物日和ですーっ! さあさあ、早く行きましょう!」
「待ってよ、音無さん!」
一目散に駆け出す春奈に、3人は顔を見合わせてそれを追いかける。
余程楽しみなのだろう、時おりこちらを振り向く春奈は今にもスキップを踏みそうな勢いだ。
「セントラルエリアは今日初めてゆっくり回るわけだけど……あそこってどんなお店があるのかしら?」
「観光客が最初に寄るところですから、お土産屋さんが中心みたいです」
疑問を呟く秋に答えるのはガイドブックを捲った冬花だ。端に貼られたいくつもの付箋を見るに、彼女も昨日から相当楽しみにしていたらしい。
「海が近いことだし、水着とかも売ってますかね?」
「水着?」
「持参してきてる人、結構いたみたいなんですよ」
ほら、と春奈が指差したのは合宿所からビーチへ繋がる道だ。
見ると、丁度タイミングよく壁山や栗松に木暮、それに虎丸が海パン姿でビーチへ続く階段を大騒ぎしながら駆け降りていくところだった。
「な、なるほど……」
「水着を売ってるお店もあるみたいですよ。他にも、ビーチボールとか海で遊べるもの、色々並んでるみたい」
「やった〜! 新しいの買っちゃおうっと!」
各エリアとセントラルエリアはそれぞれ徒歩10分程度の距離で繋がっている。
一度自国のエリアを出れば、そこはもう様々な異国情緒の混じり合う島の中心街セントラルエリアだ。
「私は洋服が欲しいかな。私服、あんまり持ってこなかったから……」
「あ、実は私も……仕事のことで頭が一杯で、こうやって島を散歩することなんて考えてなかったから……」
「じゃあ、まずはお洋服から見に行きますか……?」
「賛成!」
軽やかな足取りで街を歩く。ここに夏未さんもいれば良かったのにな、と呟く春奈に、冬花が小首を傾げた。
「夏未さん……雷門イレブンのもう1人のマネージャーさん、ですよね」
「ええ。今は海外留学しているの」
今頃元気にしてるかしら、と空を見上げどこか遠い地にいるだろう夏未へ思いを馳せる秋から、織乃はそっと視線を外す。
結局、彼女は秋にも留学の理由を最後まで伏せていたらしい。織乃もまた何故夏未が海外へ行ったのかは知らずじまいだったが──ただ一つ、彼女が今この島のどこかにいることだけは知っていた。そして、彼女の調べものが大分大詰めのところまで来ていることも。
『内容はまだ教えられないけれど……そう遠くない内に、チームに戻ってこれると思うの。だから、それまでみんなのことよろしくね。御鏡さん』
そんな内容の電話が掛かってきたのは、ライオコット島に到着したその日の晩のことだ。
曰く、自分が島に来ていることを仲間たち全員に知られることは出来るだけ避けたいらしい。ただ1人、円堂とは接触したそうではあるが。
「……あっ、お店発見!」
弾んだ春奈の声に、織乃はハッと我に返る。
ベルの着いた扉を潜っていく3人を追いかけ、織乃は慌ててそれに続いた。
「何て言うか……観光地! て感じのデザインの服が多いですね」
「まぁ、実際観光地だからね……」
「ふ、普通のお洋服も色々あるみたいですよ……!」
雑多に込み合う観光客に混じってそれぞれ服を物色する。
時おり合流しては、これが似合うあちらの色の方が良いと言い合って、お互いに厳選を重ねる。観光地と言えど一介の中学生だ。財布の紐をあまり緩めすぎるわけにはいかない。
「冬花さん、それって久遠監督に……?」
「うん。お父さんもあんまりお洋服持ってきてなかったみたいだから、1枚着やすそうなのを選んでみたの」
「ア、アロハシャツの久遠監督かぁ……」
──そんな一幕もありつつ、少女4人はほくほく顔で衣料品店を後にする。
こっそり新しく買ったスカートの入った袋を大事そうに抱える織乃を見やって微笑んだ秋が、さて、と春奈や冬花を振り返った。
「次はどのお店に入る? 時間はまだまだたっぷりあるわよ!」
「あ……じゃあ、そこのお店を見てみてもいいかしら? ガイドブックで見てから気になってて……」
普段引っ込み思案で大人しい冬花も、女子だけでのショッピングと言うこの状況に少しばかりハイになっているのか、いつもよりも声音が明るい。
指差されたのは各国の小物を集めた雑貨店だった。可愛らしいものから奇妙なものまで所狭しと並ぶ店先は、否応なしに観光客の目を引き付けている。
彼女たちは早速店に入ると、独特の雰囲気の店内をしげしげと見回した。
「うわぁ、色々あるわね……この人形何かしら?」
「説明書きありますよ。えーと……ライオコット島の伝説にある天使と悪魔を模した木彫りのお守り、ですって!」
「何でもありだね……あ、茶葉とかコーヒー豆もある。せっかくだから買って行こうかな……」
そう言って、紅茶の茶葉の入った紙袋を吟味していた織乃の手が止まる。
その目線の先には、各国の特色を取り入れた分かりやすく『お土産物です』と言った風なデザインの文具が並ぶ棚があった。
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──翌日の朝、所変わりイタリアエリアの合宿所にて。
「Giorno! マルコ、良いニュースがあるぞ!」
「ふぁ?」
早朝のジョギングから戻ってくるなり上機嫌で肩を叩いてきたフィディオに、マルコは寝癖の目一杯ついた頭を撫でながら欠伸を噛み殺す。
「何だよ、良いニュースって……」
「どうした、今日も朝っぱらから元気だなフィディオ」
「Giorno ジャンルカ! ほら、これさ!」
そう言ってフィディオが眠気眼のマルコと自室から出てきたばかりのジャンルカの目の前に掲げたのは、薄桃色の花が散らされた1通の手紙だった。
「手紙……? 誰から」
「シキノからだよ」
「何だってッ?」
途端、一気に夢心地から覚醒したマルコが手紙に手を伸ばす。
それを華麗にヒョイと避けてから、フィディオは手紙の文面を歌うように読み上げた。
まずはイタリアの代表チームに選ばれたこと、そして無事予選を突破したことへの祝いの言葉。そして、織乃が今彼らと同じように、日本チームのマネージャーとしてこの島に来ていること。
「『次のお休みの日に一度挨拶しに伺います』……だってさ」
「次!? そんなの待たなくて良いさ、今日俺たちから会いに行こう!」
「こらこらこら」
こうしちゃいられないとばかりに外へ飛び出そうとするマルコの首根っこを咄嗟にジャンルカが掴む。
「グエエ」と潰れた蛙のような呻き声を上げたマルコは、尻餅を突きそうになりながら何するんだ、と恨みがましい目でジャンルカを見上げた。
「今日は丸1日練習だって昨日ミーティングで聞いたろ? 日本エリアに行ってシキノに会って、それから帰って来れる程休み時間も長くない」
「ジャンルカの言う通りだ。今日は一旦諦めよう?」
「そんなぁ……」
がっくりと項垂れるマルコに、ジャンルカは呆れた風に大きく肩を竦めフィディオに視線を投げ掛ける。
フィディオは苦笑を返し、落ち込むマルコの肩を慰めるように優しく叩いた。
「そう落ち込むなよ、マルコ。俺たちにだって休日はあるんだ、その日に日本エリアに行って逆にシキノを驚かせるのも悪くはないんじゃないか?」
「!! そうだな!!」
フィディオの提案にたちまち回復したマルコは、「待っててくれよil mio amore!」と鼻唄混じりに食堂へスキップしていく。
それを2人が無言で見送っていると、後ろから扉の開く音がした。振り向くと、丁度自室から出てきたアンジェロが不思議そうに廊下を覗き込んでいる。
「今の声ってマルコ? 随分ご機嫌だったけど」
「ああ……愛しい人から手紙が届いたのさ」
「完全にマルコの一方通行だけどね」
ええ? と首を傾げるアンジェロに、フィディオは桜の描かれた封筒を振りながら苦笑した。
後日、彼らは休日を待たずして思わぬ形で織乃と再会を果たすのだが──それはまた別の話である。
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