1st prologue

──帝国の皆様、お元気ですか。日本ではもう、FFの地区予選も終わった頃でしょうか。余計なお世話かもしれませんが、頑張りすぎてみんなが怪我をしていないか心配です。
私も、相変わらず何とかやっています。問題があるとしたら、週に数回の単位で友達が朝起こしに来ることや、通っている武道教室の先生から師範代に推薦されそうになっていることでしょうか。イタリアで生活するのは大変です。
さて、ここからが本題なのですが、実は近々──




ふと少女は、そこでペンを動かすのをやめた。
キャップをはめ、まだインクの乾き切らない紙面を見つめる。

そしてその続きを綴ることなく、彼女はそれを小さく折り畳んだ。
小さく畳まれた便箋はそばに置いてあった封筒ではなく、綺麗な放物線を描き部屋の隅に置いてあったゴミ箱に入っていく。

そして彼女はゆっくりと立ち上がった。肩にショルダーバックを引っかけ、座っていたせいで皺の寄ったスカートを叩くと、扉を背にしほぼ空っぽになった部屋に一礼する。

階下に降り裏口の扉を開けると、そこには見知った友人たちの顔が並んでいる。一目散に駆け寄ってきたその少年たちに、彼女は笑みを零した。

「キャプテンはやっぱり、今日は来れなかったみたいだ」

「君によろしくって」癖のある赤毛の少年はそう前置きした後、悲しそうに眉を下げる。

「また会えるかい?」
「夏休みには遊びに来ますよ」

だから泣かないで下さい、と少女はべそを掻いている赤毛の彼に苦笑した。
それを優しげな表情で見守っていたディープブルーの瞳をした少年は、少しだけ眉を下げながら茶化すような声で言う。

「日本人は忙しいんだね。君も、キャプテンも」

その皮肉ったような言葉に少女は一瞬目を丸くすると、やがて小さく笑い声を零して答えた。

「文句はあの人に直接言わないと。でしょう?」
「……そうだね」

目を合わせ、くすくすと笑い合った彼らはやがてそれを収めると、どちらからともなくそっと握手を交わす。

「──Arrivederciさようなら

母国語で別れを告げたその少年が、握ったままの手を引いて少女の頬に軽く口付ける。
仄かに両頬を赤くして口をむっと真一文字に結んだ彼女を見て、少年はまた笑った。

「結局、最後までこの挨拶には慣れなかったね」
「はい……」

恥ずかしげに少女が俯く中、家の表の方から家族たちが彼女を呼ぶ声がする。
「出発か?」赤毛の少年が尋ねると、少女は小さく頷いた。

「あーあ、またこれで女っ気のないチームに逆戻りか……」
「お前はそればっかりだな」

赤毛の隣にいた黒髪の少年がさも残念そうに零せば、正面のハニーフェイスは目に見えて呆れた顔になる。
そして名残惜しそうに少女の手を離し、彼は半歩程後退した。

「じゃあ──」
「はい」

少しずつ開いていく距離に、溜まらず赤毛の少年が一歩前に乗り出す。

A prestoまた会おうな!!」

思わずいつもの配慮を忘れてそう叫ぶと、少女は一瞬キョトンとした後、破顔して答えた。

Chiaramenteもちろん!」

少女は少年らに手を振ると、屋内を突っ切り玄関へ出る。
「友達とお別れは済んだの?」車に乗り込んだ途端、そう尋ねてきた母親に彼女は笑顔で頷いた。

ゆっくりと流れていく風景は、この数ヶ月で随分と慣れ親しんだものだ。
それとの別れを惜しむのも程々に、少女は海の向こうにある母国に思いを馳せる。

「(──鬼道さん、みんな)」

目を伏せれば、昨日のことのように思い出すことの出来る、あの別れの日のこと。

──彼らとまた会えるのだ。
期待と喜びに、少女は微かに顔を綻ばせる。

欠けていた歯車は元に戻った。
物語は、再び加速する。
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