Stand Against with you.
巨大な黒塗りの装甲車が、砂埃を上げながら校門の前に停車する。
掲げた旗に大きく刺繍されているのは『帝』の文字。雷門イレブンは見覚えのある光景に目を見開き、それを見たことがない吹雪たちはポカンとして装甲車を見つめた。
「あれって、帝国学園の……」
「あっ」
小さく声を上げた織乃は、ベンチから立ち上がって校門へ駆けていく。
重たそうな扉が開き、中から降りてきたのは佐久間たち帝国イレブンの面々だ。黒い軍服風制服の集団と赤い絨毯が現れるのではないかと身構えていた壁山や栗松は、予想外に普通に登場した帝国イレブンに一旦緊張を緩める。
「──みんな!」
「よう、間に合ったな!」
「織乃さ〜ん! 卒業おめでとうございます!」
織乃が彼らの元に辿り着くと、佐久間は軽く片手を上げて笑顔で応えた。いつもの調子で抱きついてくる成神を片腕で受け止めつつ、ありがと、と織乃ははにかむ。
「源田、佐久間……!」
「お前ら、どうしたんだよ?」
「御鏡から雷門の卒業試合をやるって連絡貰ってさ」
続いて駆け寄ってきた鬼道や円堂に佐久間が答えると、ニコニコしている源田の後ろからひょっこりと見知った人物が顔を出す。
「せっかくだから見に来てやったぜ」
「あっ、不動さんも!」
来てくれたんですね、と嬉しそうな声を上げる虎丸に、不動は満更でもなさそうに鼻を鳴らす。
世界大会終了後、不動は響木を始めとする大人たちの計らいによって帝国学園に編入することになった。
当人は佐久間や源田の大怪我の原因を作った原因としてチームには歓迎はされないだろうとそれを断ろうとしたそうだが、影山が生前遺していた諸々の手続きによって編入は大会が終わる前から決定付けられていたことだったらしい。
当事者である源田や佐久間がもう気にしていないこと、本人たちが許すのならとやかく言うまいと納得した帝国イレブンは彼をサッカー部の一員として迎え、FFでは鬼道に変わる新たなチームの司令塔として活躍した。
「ありがとな! 観客がいないのもちょっと寂しいなって思ってたんだ!」
「……それは良いが、成神。いつまでそうしているつもりだ」
にか、と歯を見せて笑う円堂とは対照的に、眉間に皺を寄せた鬼道は依然織乃にくっついている成神にジト目を向ける。
え〜、と不満げに唇を尖らせながらも成神はひとまず織乃から離れた。
「良いじゃないですか、久々なんだから大目に見てくれても……それとも織乃さんとハグするのに鬼道さんの許可が必要なんですか?」
「……」
そこで鬼道は一瞬口をへの字に曲げてしばし押し黙る。
どしたんですか、と怪訝な顔になる成神や素知らぬ顔をしている佐久間や不動、そしてキョトンとしている織乃が見守る中、鬼道は口を開いた。
「織乃!」
「はいっ!?」
反射的に返事をした織乃の体が跳ね上がる。鬼道はそのまま彼女の手を取って自分の方へ強引に引き寄せると、しっかり指を絡めて成神に見せつけた。
「──こういうわけだから、成神。これからは気安く抱きつかないように」
「え、え……っ、ええええッッ!!??」
愕然とした帝国イレブンたちの絶叫が響く。ついでとばかりに春奈やリカのキャーッという黄色い声も響く。
ふん、としてやった風に鼻を鳴らす鬼道に手を繋がれたまま、織乃は真っ赤な顔でハワワと声とも吐息とも取れる音を漏らし続けていた。鬼道に下の名前を呼ばれるのはこれが初めてだったのだ。
膝から崩れ落ちる成神、まぁいつかはそうなるだろうと思っていたと言う後方で腕組みしていそうな源田や咲山、何を考えているかよく分からない五条、空いた口が塞がらない辺見、ただただ驚いている寺門たちを高みの見物をする佐久間と不動。
円堂は三者三様のリアクションをする彼らを見て、「帝国って結構賑やかなヤツらなんだなぁ」と呟いた。
帝国イレブン一行が落ち着きを取り戻し観客席に着いたのを確認して、夏未はゴホンと咳払いする。
「それでは改めて……卒業試合を始めたいと思います!」
よく響く夏未の声に、グラウンドに心地のいい緊張感が走った。
しかしそれをいの一番に勢い良く破ったのはホイッスルの音でも、雷門イレブンや観客の帝国イレブンの誰でもなく。
「──さあッッ、キックオフです!!」
「うわぁ出た!」
突然手製の実況台を抱えてマネージャー陣の中に割って現れた人物に、目金が悲鳴を上げる。
雷門中学将棋部部長である角間桂太だ。
「雷門の激戦をお伝えすること早2年! この夢の対決を皆様にお届けすることが出来……小生最早涙! 涙でございます!!」
角間は既に滂沱の涙を流しつつ鼻を啜っている。
絶叫する角間にマネージャーたちと目金は引き攣った笑みを浮かべ、それを黙認した。
「よーし、みんな行くぞ!」
「おーっ!」
気を取り直し、円堂の号令に選手たちはチーム関係なく拳を振り上げる。
審判を買って出た古株がホイッスルを高らかに吹き鳴らし、ようやく卒業試合がその幕を上げた。
Aチームのキックオフでゲームが始まり、豪炎寺たちは短いパスを繋いで戦線を上げていく。
その軌道に素早く滑り込むのは、かつて雷門イレブンのDFとして活躍した土門だ。
「あっ、土門さん!」
「わりーな、少林!」
ボールを奪った土門はそのまま向かってきた宍戸を軽く躱して闇野へパスを回したが、そこへ壁山がブロックに入る。
「行かせないッス!」
「よしっ……!」
クリアしたボールを風丸が受け取ろうとするも、寸前に飛び込んだ人影がそれを奪い去った。虎丸だ。
「行け、虎丸!」
「はい!!」
追走してくる鬼道の声に大きく返し、虎丸はゴールへ猛進していく。
「豪炎寺さん、見てて下さいよ!」
「っ、最後まで相変わらずだな!」
視界の隅に自分を追いかけてくる豪炎寺を収め、声を張り上げる虎丸に豪炎寺は思わず笑みを浮かべた。
カットは間に合わない。ならば本人の言う通り、その勇姿を見てやろう。
「”《真》グラディウスアーチ“!!」
虎丸の背後に召喚された8本の剣は、放たれたボールに追随してゴールへ向かっていく。円堂はフ、と短く呼吸を整え身構えた。
「”ゴッドキャッチ《G5》“!!」
ドッ、と力のぶつかり合う大きな音がして、虎丸渾身のシュートが円堂の手の中に収まる。
少しの拮抗した様子も見えなかった。なす術もなく止められたシュートに、あちゃあ、と虎丸は頬を引き攣らせた。
自分のシュートはまだ円堂には届かない。焼き付くような悔しさと同時に越えるべき壁がまだそこにある喜びに、虎丸の目がギラリと輝く。
「良いシュートだ! ……さあ! どんどん打ってこいッ!!」
にっ、と嬉しそうに笑った円堂は、ボールを大きく振りかぶって投げ入れた。
切迫した試合を繰り広げる仲間たちは、皆一様に生き生きとした表情でフィールドを走り回っている。
「(──良いな。こんなゲーム、一度やってみたかったんだ!)」
それを見つめ、円堂は嬉しいような物寂しいような、複雑な気持ちを噛み締めた。
最初はただサッカーがしたいだけだった。それがいつしか勝利を願うようになって、強さを求めてこさえた傷は数知れない。
十人十色の仲間を集め、意見やプレースタイルがぶつかり合ったこともある。身勝手な大人たちに振り回されて傷ついたこともある。
けれどそんな無茶をした日々も、全部無駄じゃなかったと胸を張って言えるのだ。
「”ザ・タイフーン《V3》!!“」
「ここは止めるでヤンス! ”スピニングカット“!!」
パスを繋ぎ放たれた綱海のシュートに、栗松の必殺技が炸裂する。渾身のシュートを止められるとは思わず、綱海は「マジかよ!」と目を丸くした。
「さっすが新キャプテンッス!」
「栗松、よくやった!」
後ろからやんやと賞賛の声を上げる壁山と円堂に、栗松は照れ臭そうに鼻の頭を擦ってからサムアップポーズをとる。
ボールを受け取った風丸が戦線を上げて松野にパスを出すと、そこへ好機とばかりに虎丸がスライディングを仕掛けてきた。が、松野はそれを軽々と飛び越えて躱して見せる。
「甘い甘いっ! 先輩には敬意を払わないと、ネッ!」
そう言って松野がパスを繰り出したのは染岡だ。背後から「決めろ染岡!」と豪炎寺の叫びが届き、染岡はそのままシュート体勢に入る。
「轟け……! ”ドラゴンスレイヤー《V3》“!!」
「”魔王・ザ・ハンド《G5》“!!」
それに対し立向居が繰り出すのは自身の中でも不動の強さを持つ必殺技だ。巨大な手に押さえ込まれたシュートはゆっくりと回転を緩めながら腕の中に収まり、立向居は内心ほっと胸を撫で下ろす。
「流石、みんなで作ったキーパー技!」
あれを見ると、綱海や一年生たちを交えて特訓したことを思い出す。春奈は目を輝かせて手を打った。
「良いぞ、立向居! いつかお前のチームと戦ってみたいぜ!」
「はい、円堂さん! 受けて立ちます!!」
出会った頃の緊張振りを欠片も見せず、意気揚々と返した立向居は思い切りボールをフィールドへ蹴り入れる。
「みんな、楽しそう……」
「ええ。このメンバーでのゲームを心から楽しんでいるのが伝わってくる」
笑みを湛え冬花が呟くと、夏未もまた嬉しそうに頷いた。
弾けるような笑顔で声を張り上げている円堂を見ていると、この企画を立ち上げて本当に良かったと思える。
「こっちも楽しくなってきちゃうわね!」
「分かります分かります、もう私もやりたくなっちゃってますもん!」
興奮した面持ちで春奈は目を輝かせている。お兄ちゃんに教えて貰えば良かったかなぁ、と呟く彼女に、織乃は小さく笑った。
「きっと今からでも間に合うよ。鬼道さんも喜んで教えてくれるんじゃないかな」
「いやしかし、その気持ち分かりますよ音無さん。ああも楽しそうなところを見せられるとね……」
カメラを回しながら、感慨深げに言うのは目金だ。それを聞いて、春奈はハテと首を傾げた後あっと声を上げる。
「そう言えば、目金さんも試合出てましたね」
「そう言えばって……」
たった今思い出したといった風な春奈に、目金はガックリと肩を落とした。
まともに出場した試合は少なくとも、選手としての貢献はそれなりだったと自負していたのに、と涙ながらにぼやきながらもカメラを回す手は止めない。記録係としての役割がすっかり板についているのである。
「やったってや、ダーリン!」
「行くぞ!」
試合の流れはBチームに来ている。リカからのパスを受けて攻め上がる一之瀬の走りには一切の迷いもない。久々に見る一之瀬のプレーに、織乃はホッと息を吐いてから隣の秋を見やった。
「カズくん、またああやってサッカーが出来るようになって良かったですね。ね、秋ちゃん」
「うん。……良かった、本当に」
その言葉に、秋はゆっくりと頷いて微かに目を潤ませる。
かつてはもう二度と会えないと思わせておいて数年越しにまた姿を現して、もう大丈夫だと安心していたら今度はサッカーが出来ない体になるどころか命が危ないところまで後遺症を抱え込んでいたり。本当に、思えば彼には振り回されてばかりだ。
そんな彼へ1年間保留にしてきた『答え』を、秋は今日返すつもりでいた。勿論、お互いにとって最良の形で。
ハーフタイムを終え、試合は後半戦に差し掛かる。
こうも全力で戦えば疲れも出てくる頃だろうに、選手たちは全員そんな様子もなく意気揚々とボールを追いかけ、ゲームは更に白熱した展開を見せていた。
「いつもの大舞台での試合も良いですけど、今日の試合……私、ずっと見ていたいです」
ふいに、フィールドを見つめながら春奈がそんなことを溢す。
私もそう思うわ、と秋はどこかしんみりとした声音で同調した。仲間たちが揃ってあんなに楽しそうにしている試合を見れる機会はそうないだろう。もしかしたら、これが最後になるかもしれない。そう思うと、どうしても寂しさが胸の内に居座り続けるのだ。
「それで、この頃ずっと思ってることがあるんですよ」
「なぁに?」
不思議そうなマネージャーたちの目が春奈へと集まる。
春奈は今この瞬間を網膜に焼き付けようとしているかのように、瞬きの一つもせずにこう続けた。
「将来は先生になって、サッカー部の顧問になるのも良いなぁって。こういう雰囲気、大好きだから……!」
後ろのベンチに座っていた響木や久遠もまたちらりと春奈の方を見た。
春奈はその視線には気付かず、夢を語る目はキラキラと輝いている。
「ほう、夢は教師ですか」
「良いと思いませんか!?」
「良いですよ、絶対!」
冬花も同じように目を輝かせ、春奈の夢に賛同する。はしゃぐ二人を横目に微笑んだ夏未たちは、将来か、と呟いてフィールドの選手たちへ視線を移した。
「まだ何をやりたいかなんて、考えたことなかったわ」
「でも、高校に入ったらやっぱりサッカー部のマネージャーをやるだろうなぁ」
二人の視線には、仲間たちに向かって声を上げている円堂がいる。積み重ねた時間に違いはあれど、やはり彼は自分たちをここまで導いてきた切欠で光に間違いない。
「織乃ちゃんもそうでしょう? トレーナーの資格取りたいって言ってたものね」
「はい! 大学に進学するまでに、しっかり下積みしておきたいから……」
「それに、その方がお兄ちゃんと一緒にいられますもんね?」
「春奈ちゃんッ!」パッと顔を赤らめた織乃は横から口を挟んできた春奈に慌てた声を上げた。
一方試合の展開は、必殺技がぶつかり合い風が巻き起こり息も吐かせぬ応酬が続いている。
豪炎寺がボールに渡ると、彼は一気にゴールへと距離を詰めた。
「行くぞ立向居!! ”《真》爆熱スクリュー“!!」
「”魔王・ザ・ハンド《G5》“!!」
圧倒的な熱量を持つ炎が魔王を冠する巨人と激突する。ゴールライン際まで体を押し込まれた立向居は、最後の砦までは破らせまいとシュートを渾身の力で抱え込んでそれを押し留めた。
呼吸を整え、豪炎寺は一瞬悔しそうに顔を顰めてから笑みを浮かべた。
「見事だ、その守り! お前が率いる陽花戸中は、雷門にとって怖い存在になるな」
「っありがとうございます! 豪炎寺さんの高校での活躍、楽しみにしてます!」
嬉しそうにはにかむ立向居に、ああ、と豪炎寺は力強く頷く。
一時はドイツへの留学も視野に入れていた彼は、考えた末に結局都内の高校へ進学を決めた。円堂も同じ高校に進学したため、何事もなければ春からはまた同じチームとして戦うことになる。
「おう、そうだそうだ! 高校サッカーで待ってるぜ、みんな!」
「……!」
テンションの上がった綱海が拳を振り上げて言うと、一行はそこでハタと動きを止めてから顔を見合わせた。そう言えば綱海だけはもう高校生なのだった、と今になって思い出したのもある。
「高校かぁ……」
「何だよ、みんなやるだろ? サッカー!」
試合を一時中断し、染み染みと呟く円堂に綱海は周囲の仲間たちを見回して声を掛けた。
勿論だぜ、とすかさず答えた染岡に、綱海は満足そうにうんうんと頷く。
「すっげえぞ、高校サッカーの必殺技は! けど何か物足りねえ感じで……けど今日それが、何なのか分かったぜ」
「え、何?」
「お前らだよ!」
首を傾げて尋ねた吹雪に、綱海は間髪入れず答えた。
「お前らとじゃなきゃ、イマイチ暴れきれねえんだよ」
「暴れるって、お前なぁ……」
風丸の呆れた視線を受けて、「言葉のアヤってやつだよ!」と綱海は慌てて言い訳する。
色濃すぎる中学生活は、綱海の高校生活からありとあらゆる新鮮味を奪ってしまったのだ。夏未の召集にいの一番に承諾したのがその良い証拠だ。円堂たちが高校へ進学すれば、また自分の人生に彩りが戻ってくるだろうと彼は信じてやまない。
「高校行っても、みんなで伝説ってやつを作ってやろうぜ!」
「伝説か。……悪くないな」
顎に手を当て、ニヤリと口角を持ち上げて賛同する鬼道に続き、彼らは各々目配せを交わし頷いた。
「みんな、違う高校に行っても気持ちは1つね!」
「このメンバーなら確かに、新しい伝説を巻き起こしてくれると思うわ」
この先生まれるであろう新たな伝説は、きっと1つや2つではないのだろう。それを想像するとマネージャーたちもまた笑顔になって、来たる未来に想いを馳せた。
会話を切り上げ、試合が再開される。
迫り来るディフェンスを掻い潜った一之瀬からパスを受け、鬼道は一気に敵陣へ攻め上がった。
「円堂、行くぞ!!」
「おうっ!!」
円堂との1対1になると、雷門と帝国の初めての練習試合の光景が──円堂と初めて戦った日のことが脳裏に蘇る。
あの時、円堂の秘めた力を感じ取った自分の勘は正しかった。けれど、当時はまさか慣れ親しんだはずの帝国学園から離れることも、彼と同じチームで戦うことも予想だにしていなかった。
帝国学園の高等部へ進学する鬼道は、高校では円堂とはまた敵同士だ。それはほんの少し寂しいことでもある。だがそれ以上に、胸が躍って仕方がない。今している試合とは少し違う、誇りを掛けた本気の勝負が出来るのだ。
「一之瀬、吹雪! 行くぞ!」
「よしっ!」
「やろう!」
鬼道の声かけに、二人は瞬時に彼のやらんとしていることを察して駆け出した。高らかに吹き鳴らされる指笛に、五羽のペンギンが召喚される。
「”皇帝ペンギン“──」
「”2号“!!」
空を旋回して飛来するシュートの威力は、初めて戦った頃の比ではない。しかしだからこそ、円堂は絶対に『この技で』鬼道のシュートを止めて見せると決めていた。
「”ゴッドハンド“!!」
激しい衝撃波が広がり、砂塵が舞い上がる。
見事シュートを止めてみせた円堂がボールを抱えて笑みを見せると、鬼道もまたニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
そうでなくては面白くない。織乃は鬼道の心の声が聞こえたような気がして、楽しそうに目を細める。
──そこで、鋭いホイッスルの音が空に響き渡った。試合が終わったのだ。
結果は0対0。両チーム共に、得点を許さぬ引き分けである。
「引き分けかぁ……」
ふー、と息を吐き出して、汗を拭いつつ円堂はスッキリとした気持ちで呟いた。
選手たちはそれぞれ満足そうな笑みを浮かべ、手近にいる仲間の肩を叩き握手を交わし、互いの健闘を称え合っている。
「良い試合だったわね……!」
「ええ! みんなとっても輝いてた!」
拍手をしながら称賛する夏未に、秋は目元を拭いながら頷いた。
これが正真正銘、中学校生活最後の試合なのだと思うと涙が滲む。寂しくはあるが、一生の思い出に残る良い試合だったと心の底から思うことが出来た。
「みんな、ありがとう! スッゲー楽しかった!」
「キャプテン! 俺たちこそありがとうでヤンス!」
再び込み上げてきた涙で頬を濡らす栗松の肩を、「また言っちゃってますよ」と小突く虎丸もどことなく鼻声だ。そんな後輩たちの様子に優しく微笑んで、さて、と夏未は改めて円堂へ視線を送る。
「最後に一言、元キャプテンとしてコメントが欲しいわね」
「えっ、一言?」
そんな話を振られるとは微塵も思っていなかったのだろう、円堂はギョッとした顔になって夏未を振り返った。
「良いッスね! 俺からもお願いするッス!」
「円堂さん、お願いします!」
口々に名前を呼ぶ後輩たちに、先程までの気勢はどこへ行ったのか、そんなこと急に言われてもと円堂は戸惑った様子で後ずさる。
「円堂、最後の言葉だ。ビシッと決めてやれ!」
「みんな期待しているぞ。言わなきゃ収まらないだろうな」
「……というわけよ」
そこに鬼道と豪炎寺が後押しして、夏未は悪戯っ子のような笑みを浮かべ言った。
どうにも逃げ場はありそうにない。円堂は重たい溜息を吐いて、分かったよ、とついに観念する。
「ええっと、何を言えば良いのかな……ううん……」
選手、マネージャー、監督。そして観客として来てくれた帝国イレブン。全員の視線と期待を受けながらしばし頭を掻きつつ悩んだ円堂は、ハッと顔を上げてこう言った。
「──みんな! これからも、サッカーやろうぜ!」
それは、円堂が今まで繰り返し言ってきたお決まりの台詞。
夏未を始め、一緒に戦ってきた仲間たちは円堂なら最後に──最後もきっとそう言うのだろうと、分かっていた。だからこそ、胸を張り拳を上げ、声を揃えられる。
「おーっ!!」
グラウンドに木霊する声に、響木と久遠は顔を見合わせ小さく微笑した。この子供たちの笑顔と熱意が、曇ることなく未来に続いていくように願って。
「……それじゃあ、もう一試合やろうか!」
「ええーっ!?」
流石にこの流れは誰も予想していなかった。円堂は「だってこのまま終わるなんて勿体無いじゃんか!」と笑顔で言って、続けて呆気に取られている帝国イレブンを振り返る。
「今度は帝国のみんなも一緒にさ!」
「えっ、良いのか?」
「おいおい、知らねえぞ? せっかくの記念試合で俺たちにボロ負けしてもよぉ」
「ふ……言ってくれるじゃないか」
嬉しそうに目を瞬く佐久間を後目に、不動は挑発的に口角を片方持ち上げた。低い声で返す鬼道もまた楽しそうに笑っている。
「よーし、早速第二回戦、開幕だ!」
「少しは休憩を挟んだらどう?」
苦言を呈す夏未の言葉も聞こえないようで、円堂は早々とゴールへと駆け込んでいく。帝国イレブンは「予備のユニフォームあったよな」と軽い足取りで装甲車へ戻って行った。
どうやら一旦時間を置くという選択肢ははなから存在しないらしい。呆れた溜息を吐いて肩を落とす夏未に、マネージャーたちは顔を見合わせて笑った。
§
「結局、あの後ニ試合もやっちゃいましたね」
「今日が最後だと思うと、止め時が分からなくてな……」
流石に幾分か疲れた様子で、苦笑する織乃の隣で鬼道は溜息と共に言った。
日は山間に沈み始め、黄昏時である。
帝国イレブンと別れた後、雷門イレブンは特別に空けてもらった食堂に場所を移し、今日の打ち上げをしていた。
それぞれ高校に進学すれば、またこのメンバーで集まるのは難しくなる。そう思うと、どうしても離れがたい。
そんな気持ちが誰しもにあって、けれど口に出すのは気恥ずかしく、明るく振る舞って誤魔化すしかない。食堂には延々と笑い声が──時折我慢出来なかった嗚咽が響き続けていた。
そんな空気を一旦抜け出して、食休みがてら中庭に出た織乃と鬼道は、階段に腰を下ろしてポツポツと言葉を交わしている。
「それにしても、帝国のみんなの前であんなことするなんてビックリしました。鬼道さんはもっとスマートに打ち明けるものだと思ってたのに……」
「ふふ。成神のあの行動にはそろそろ耐えかねていたからつい、な」
「そろそろ……?」
鬼道は一体いつから自分のことを好いていてくれたのだろうか。突かなくていい薮を突きそうになっている気がして、織乃はその疑問を口に出すのをやめた。
「春からはまた佐久間たちと同じチームか……源田たちとチームメイトになるのは久しぶりだからな、楽しみだ」
「ふふ。その前にレギュラーメンバーに選ばれないといけませんね」
「ああ、必ず夏までにその座を手に入れてみせるさ」
推薦があるとは言え、トントン拍子でレギュラーになれるほど高校サッカーは甘くない。不敵に笑って鬼道は頷く。
そこで織乃はふと視線を宙に投げかけて、あの、と控えめに口を開いた。
「鬼道さん、一つ相談があるんですけど……」
「ん。何だ?」
聞き返すと、織乃はしばし考え言葉を選びつつこう続ける。
「今、訳あってうちで親戚の子を預かってて。四歳になる女の子なんですけど……鬼道さんさえ良ければ、近い内にその子にサッカーを教えてあげて欲しいんです」
「サッカーを……?」
思いも寄らない相談内容に、反芻する声にも困惑が滲んだ。
勿論時間に余裕が出来たタイミングで良いんです、と織乃は慌てて首を振って、視線を足元に落として話す。
「その子、最近色々あってずっと落ち込んでいて……サッカーが好きな子なので、教えてくれる先生がいたら少しは元気が出るんじゃないかと思ったんです」
「……分かった。近い内に時間を作って、お前の家にお邪魔させてもらおう」
「! ありがとうございます、鬼道さん!」
あの子もきっと喜びます、と織乃は安心したように微笑んだ。
教える側に立てば何か自分の経験の糧になるものが見つかるかもしれない。それに、この笑顔を見られるなら先生役とやらをやってみるのも悪くはない──そんなことを考えながら、鬼道は薄紫色に染まる空を見上げる。
「あっ、一番星」
「明日も良い天気になりそうだな……」
織乃が空に輝く星を一つ指差すと、鬼道は呟くように言った。
春休みは長いようで短い。半月後には高校生活が始まる。卒業はしたものの、まだ高校生になるという実感はあまり湧いていない。
「高校生になるって、どんな感じなんでしょう……」
「なったことがないから、こればかりは分からないな。……ただ、当面のやることは決まっている」
そう言って、鬼道は膝に手を置いてぐっと立ち上がった。
織乃が彼を見上げて首を傾げると、鬼道は彼女を振り返って真面目くさった顔で言った。
「レギュラーの座を勝ち取るには、なるべく早くチームのレベルを把握して、今の俺に足りない能力を伸ばさなければならない」
綱海は高校サッカーは物足りないと言っていたが、必ずしも全員そうなるわけではないだろう。特に帝国高等部のサッカーは、全国でも指折りのレベルの高さなのだ。
何はなくとも入学までに少しでも先輩諸兄との差を少しでも縮めておく必要がある。偉そうな口を叩くには、まずはそこをクリアしてからだ。
「その為には、御鏡。お前の力も必要だ。……手伝ってくれるな?」
「……はい! 勿論です!」
目を輝かせ、織乃は眼の前に差し出された手を取り立ち上がる。
この先、理不尽な目に遭って心が折れることもあるかもしれない。
強大な敵に行く手を阻まれ、引くことも進むことも出来なくなることもあるかもしれない。
だけど、彼が隣にいてくれるなら。
彼が一緒に戦ってくれるのなら、きっとどんな困難にも立ち向かっていけると信じている。
織乃は確固たる確信を持って、鬼道の手を握り返した。願わくば、彼がこの先の未来でもこうして手を握り続けてくれるように、祈りを込めて。
太陽が地平線に沈み、夜が来る。優しい月明かりに照らされて、その日一つの物語は幕を下ろす。
そうしていつしか、新しい物語が朝日を浴びて幕を開ける日が来るのだ。
End.
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