Starting legend
ようやく薄暗い廊下から光り差すピッチへ飛び出したマネージャー4人は、目の前に広がる光景に愕然とした。
「そんな……!」
夏未が小さく悲鳴を上げる。
点は依然、0対3のまま。フィールドには先程より傷だらけになった選手達がそこに倒れ、ゴールの円堂もまた、シュートを体に受けてその場に崩れ落ちていた。
「……限界だね」
円堂を見下ろしたアフロディが、静かに口を開く。
「主審」振り返らず背後で選手達を苦い顔で見る審判に一声掛ければ、彼はフィールドを見回し左手を上げた。
「……試合続行不能ということで、この試合! 世宇子中の──」
「ッまだだ……!」
審判の声がピタリと止まる。彼を遮りのろのろと立ち上がった円堂が、しっかとアフロディを睨みつけた。
「まだ……試合は終わってない…!」
「しかし君だけでは──」
「そいつだけじゃない……!」
更に被せて立ち上がったのは豪炎寺だ。それを筆頭に、今まで倒れていた雷門イレブン達が痛みに耐えながら起き上がって行く。
まだ戦える──目に未だ光を宿す彼らを見回した審判は、やがてゆっくりと腕を下ろした。
「──呆然としてる場合じゃない」
フィールドの外、廊下への出入り口手前にて。
足に根が生えたようにその場から動けずにいたマネージャーたちは、織乃が漏らした独り言に肩を揺らした。
彼女の目には、ボロボロになりながらアフロディと対峙する鬼道の背中が映っている。
「みんなはまだ戦ってる──前半はもうすぐ終わります、早くサポートの用意しましょう!」
「っええ、そうね!」
秋は一瞬息を詰めた後、大きく頷いた。
ベンチに辿り着いた瞬間、前半終了のホイッスルが鳴り響く。4点目になるかと思えたゴッドノウズは、寸でのところで不発に終わった。
ふらりと倒れた円堂を助け起こしに行く選手と、近くの仲間を支えながらベンチに戻る選手。皆一様に、相手の執拗ともいえる攻撃に満身創痍の状態だ。
「円堂くんしっかり!」
どさりとその場に座り込む円堂に、秋が氷嚢を片手に駆け寄る。
それぞれにドリンクとタオルを手渡し、ようやく一息吐いたと思しきところで、マネージャー3人と目配せした夏未が険しい表情で口を開いた。
「──みんな、聞いて」
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ちゃぽん、とジャグの中身が水音を立てる。
「神のアクア?」夏未の言葉を反復したのは、やっと体力が回復し始めた円堂だ。夏未は険しい顔付きで小さく頷く。
「ええ……神のアクアが、世宇子の力の源よ」
「──今、鬼瓦さんから連絡が入りました」
携帯を片手に話に加わったのは、一瞬前まで1歩離れて鬼瓦からの電話に応じていた織乃だ。彼女は険しい表情で、言葉を続ける。
「調べた結果、人間の体を変える成分が入っていたって……」
「つまり、体力増強のドリンクと言うことか……!」
歯噛みしながら顔をしかめ、鬼道は得点板の上方──試合開始前、影山の佇んでいた場所を睨む。
「──許せない」円堂はジャグをきつく握り締めながら、震える声で呟いた。
「サッカーを、俺たちの大好きなサッカーをどこまで汚せば気が済むんだ!! 神のアクア……そんなものをサッカーに持ち込むなんて……!」
「円堂くん……」
ふと怒りを露わにする円堂の腕を、夏未が軽く掴む。
──止めさせたい。これ以上、傷ついていくところを見たくない。
口にすることはないが、その目が彼女の気持ちを語っている。
円堂も夏未の苦しげな表情から彼女の言わんとすることを読みとったのか、一瞬言葉に詰まったような顔をしたが、次の瞬間ぱっと笑顔になった。
「──大丈夫! 俺はやれる!」
やらねばならない。世宇子のサッカーが、影山の為すことが間違っていると示さなければ、本当に勝ったことにはならない。
円堂の言葉に、満身創痍のイレブンたちが引き締まった表情で頷いた。
「……警察はいつ動くと?」
「試合終了後──雷門が勝った後≠セそうです。途中で動いて試合が中断されたら、円堂さんたちは納得しないだろうって」
そっと響木に尋ねられた織乃は、小さく笑みを浮かべて答える。その顔にはすでに、先程まであった弱々しい様子は見えない。
彼女もまた腹を括ったのだと理解した響木は、少し俯いていた顔を上げて髭を震わせた。
「──よし、行け!!」
「はい!」
自分のバックから、年季の入ったグローブを持って行った円堂の背中を見送り、夏未と秋は顔を見合わせそっと頷き合う。
「大丈夫ですか? 織乃さん」春奈が眉を下げて織乃の袖を引けば、彼女はフィールドを見つめたまま答えた。
「──大丈夫。もう、鬼道さんのくれた言葉を無駄にしたくないの」
そうして始まる後半戦。
前半戦と同じく、メガクエイクに弾き飛ばされる攻撃陣とダッシュストームに吹き飛ばされる守備陣がフィールドに叩きつけられていく。
「みんな!!」ゴール前には、既に円堂とボールを持ったアフロディしかいない。
「残るは君だけだ」
にたりと唇を持ち上げたアフロディが、突き刺さるようなシュートを円堂に放つ。
ゴールすることでなく、キーパーを傷つけることを目的としたシュートは確実に円堂の体力を削り、ボールを弾く度円堂はその場に膝を突いた。
しかし、そのまま倒れるようなことは彼はしない。
「大好きなサッカーを、汚しちゃいけない……!」
一度二度、三度。どれだけボールを食らってもしぶとく起き上がる円堂に、アフロディの表情がここに来て崩れ始める。
「そんなことは──そんなことは、許しちゃいけないんだ!!」
心からの叫びが、スタジアムに大きく響き渡った。その瞬間、ざわりと円堂を中心に、ゴールに異質な空気が溢れ出す。
「……これは」響木が小さく呟き、ベンチから僅かに身を乗り出した。
「──神が恐れを抱くなどっ……そんなことがあるものか!!」
唐突に、目に剣呑な光を宿したアフロディが円堂の言葉を撥ね付けるように叫ぶ。
その細い手足を覆う筋肉が、叫びに呼応したように膨らんだ。
仲間達が円堂の名前を呼ぶ。祈るように──勝ちたいと、願いをぶつけるように。
初めの穏やかで冷たい様子を微塵も感じさせない表情のアフロディは、咆哮を上げて大きく跳躍した。
「神の本気を知るがいい!!」
来る、と悲鳴のような声を上げたのは誰だっただろうか。
一瞬自分の手のひらを見つめた円堂が、大きく左半身を後ろに捻る。
「諦めたか、だが今更遅い──!」
アフロディはハッと口を噤んだ。
円堂の足下から溢れ出る光。不発で終わったあの技を彷彿とさせる光に彼は目尻を釣り上げると、大きく足を振り上げた。
「……ッゴッドノウズ!!」
「ああああああぁぁッ!!」
喉が裂けんばかりの勢いで円堂は叫ぶ。
溢れる光は離散することなく収束し──巨大な魔神の形を成した。
「──あ」
一瞬の静寂がスタジアムを支配する。目を零れんばかりに見開くアフロディ──そしてゴールを守る円堂の手には、彼の打ったボールが、収まっていた。
ベンチの負傷したイレブンたちが歓喜に叫ぶと同時に、どっと湧き上がる歓声。
「行っけえええ!!」喜ぶ間もなく、円堂は初めて守りきったゴールから、大きくボールを投げた。
それを受け取った鬼道が、世宇子陣内へ切り込んでいく。
途中で繰り出されたメガクエイクに中空に投げ飛ばされながらも、ボールは執念のヘディングにより豪炎寺へと渡った。
繰り出されたファイアトルネードは、大きく下へと反っていく。
その通過地点には、思わぬ状況に唖然とするDFを切り抜けた青い背中。織乃は弾かれたように立ち上がり、思い切り声を張り上げた。
「鬼道さん打って!!」
「!!」
その瞬間、マントが翻る。
ファイアトルネードからのツインブーストは、紫の炎を纏い──世宇子のゴールネットに突き刺さった。
「あ、あれぞまさにツインブーストF、げほごほっ!」
「おい無理すんなって」
目金が噎せ返る声とマックスがそれを宥める声、そして上擦った実況の声と激しい歓声が重なる。
織乃は、こちらに向かってよくやったと言うように拳を掲げた鬼道に、頬を上気させながら大きく頷き、同じように拳を作った。
キーパーからボールを受け取ったアフロディが、怒りと焦燥の入り交じった目で円堂を睨む。
「僕は──僕は確かに、神の力を手に入れた筈だ!!」
スタジアムを揺らす叫びと共に、打ち出されるゴッドノウズ。
先程まであれだけ雷門イレブンに恐怖を植え付けたシュートを、マジン・ザ・ハンドは受け止める。
一度スイッチの入った雷門イレブンは止まらない。
今までやられた分、今まで思い続けてきた願いを形にしたような怒濤のプレーで、1点2点と世宇子へ追い詰めていく。
「ど! 同点! 同点ですよ!」
得点板を見上げた春奈が、上擦った声を上げた。
3対3。勝利まであと一歩、残り時間は既に30秒を切っている。
青ざめ、力なくフィールドに膝を突いたアフロディの横を、ゴールから飛び出した円堂が走り抜けた。
「最後の1秒まで、全力で戦う! それが俺たちの──」
「サッカーだ!!」
スタジアムに舞い上がった不死鳥が、豪炎寺のファイアトルネードによりその羽を更に大きく広げる。
激しく燃え上がるシュートがゴールを貫いた次の瞬間、ホイッスルが高く鳴り響いた。
実況の余韻を残し、何度目かになる沈黙。
そして次の瞬間、割れんばかりの歓声がスタジアムを支配する。
「──や、ったああああ!」
疲れも痛みも忘れたフィールドとベンチの選手達とマネージャーが、弾かれたように声を上げた。
フィールドに降り注いでいく紙吹雪と、手を取り合うマネージャーたちに、響木がニッと口角を上げる。
「そら、あいつらをボロボロのまま授賞式に出す気か? 行ってこい!」
「はいっ!」
その言葉に笑顔で頷いたマネージャーたちは、救急箱を片手に観客席に手を振るイレブン達に駆け寄って行った。
ふと──織乃は途中で立ち止まり、その場で振り返る。
視線の先には、力なく項垂れた世宇子イレブンを引き連れたアフロディの姿があった。
「──イオ」
「……アフロディさん」
茫然自失としたように自分を見つめるアフロディに、織乃はそこに佇んだまま口を開く。
ひとつ、訂正させていただきます──と、唐突な言葉に彼は一瞬目をしばたいた。
「私は、絶対的な力を持った神様より──私たち自身の力を、信じます」
「……」
小腰を折った織乃は、そのまま振り返ることなく走り去っていく。
「──全く、適わないな」その背中を見つめたアフロディは小さく笑って呟き、紙吹雪に紛れるように世宇子イレブンは姿を消した。
「──っ鬼道さん!」
やっと輪の中に飛び込んだ織乃が、視界の端に入った青いマントを掴む。
「御鏡」鬼道は一瞬驚いたように振り向いたが、頬を上気させた織乃を見て嬉しそうに笑った。
「勝ったぞ、御鏡」
「はい! ほんと、よかっ……」
「泣く奴があるか」感極まって涙ぐんだ織乃に、鬼道は喉の奥で笑って彼女の細い肩を叩く。
帝国の無念をここまで引き連れて、やっと勝利を手に掴むことが出来たのだ。これほど嬉しいことはない。
織乃は俯きながら芝生に涙の粒を落として、口を開く。
「私──私、役に立てましたか?」
「当たり前だ。あの時もやってくれただろう? お前が叫ばなければ、あの1点は取れなかった」
鬼道は穏やかに言って、気持ちのまま言葉を溢した。
「帝国の時から、ずっと──お前は、最高のマネージャーだ」
「……ありがとうございます……っ」
頬を赤らめた織乃が涙を拭って笑顔になれば、鬼道も釣られたように頬を染める。
「……いや」彼はふと、マントを掴む織乃の手を見下ろして呟いた。彼女はいつも、この小さな手で自分を支えてくれていたのだ。
「礼を言うべきは、俺の方だな」
「え?」
ありがとう、と。
掌に落としたような言葉に、織乃は目をしばたく。
どういたしまして? と疑問符付きで返せば、「何で疑問系なんだ」と鬼道はまた笑った。
「──なれたのかな、俺たち。伝説のイナズマイレブンに!」
紙吹雪を浴びながら、輪の中心で円堂が嬉しそうに呟く。
しかし、答えは否だ。
伝説は、これから始まる。
見上げた空にはいつのまにか、色とりどりの紙吹雪が映える青色が広がっていた。
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